第6話 荷物持ち

 ハンスは着崩れたまま部屋を出て、歩きながら服装を正す。


「店長、お会計をお願いします」


 ハンスは受付にやってくる。店長が奥の部屋で眠っているので、声を出して起こした。


「はい、ただいま」


 黒服を着直し、店長は受付にやってくる。


「基本料金、金貨一枚に延長五時間で金貨一枚。計金貨二枚になります」


「はい」


 ハンスは革袋から金貨二枚を取り出し、店長に渡した。


「ハンス様、今日もありがとうございます。いつもいつも助けられております」


「いやいや、俺の方も割安で遊ばせてもらって感謝していますよ。ミルはもう十分商品になります。僕としては心苦しいですけど、お店やミルに取ったら売りに出しても構わないと思います」


「そうですね。ハンス様がそう言うのなら、きっとそうなのでしょう……。ただ、最近はどの店も良い噂を聞かなくてですね、せっかく嬢を育てて売りだしても大して稼げなかったり、酷い目にあわされたりして有力な嬢が壊されてしまうんです」


「獣差別ですか?」


「それもあると思いますが、単純に上からの圧力が掛かっているんですよ。風俗街売り上げ一位の『愛の女神』店の息が掛かり、多くのお店が潰されてきました。私も毎日ヒヤヒヤで……。ミルも我が子のようですし、今の世の中に出すのはどうも気が引けて……」


「そうですか……。店長は『愛の女神』のお店に行った経験は?」


「あります。視察も仕事の内ですからね。とても良い店でした。ですが、辛気臭いといいますか、獣族の感覚からすれば、どうも息苦しいと感じる店でしたね」


「なるほどなるほど、『愛の女神』の店長と会った覚えは?」


「ありません。ただ、良い噂は全く聞きません。裏で奴隷を買いあさり、店で不正労働させているなんて言う噂もあります」


「物的証拠がないと、何とも言えませんね……。俺もちょっと調べてみますね」


「や、止めた方がいいですよ。恨みを買った者が『愛の女神』に手を出そうとしたら、何名も行方不明になっていると聞きました。ハンス様の身に何かあったら……」


「安心してください。俺、逃げ足と体力には自信があるので」


 ハンスは『獣好き屋』の店内から外に出る。朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、体を解した。


 ――今日も調子がいい。やはり女の子と寝るのは最高だな。


「ハンス様。今日も可愛がってねー。私、待ってるからー」


 ブランケットを肩から羽織り、お店の前までハンスを見送りに来た、ミルが手を大きく振りながら言う。


「もちろん、今日もとことん可愛がっちゃうよー。しっかり寝て体力を回復しておいてね」


「はーい、一杯寝まーす!」


 ミルは返事をしながら、満面の笑みを浮かべた。


 ハンスは『獣好き』を後にする。


 ――『愛の女神』店か。何ともゴミ臭い名前だな……。はてさて、どんなゴミが経営しているんだろうか。楽しみだ。って言っても、情報も何もないし、仕事でもないし、まだ気にしなくてもいいか。今日もダンジョンに行って誰かの荷物持ちでもさせてもらおう。なんなら、シトラの荷物持ちをもう一回したいな。


 ハンスは風俗街を抜け、シラウス街の大通りを歩き、門の外に出る。少し走り、炭鉱内に出来た初級ダンジョンにやってきた。

 周りにいるのは冒険者と冒険者に道具を売ったり、素材を買ったりする商人や職人の屋台だ。

 多くの屋台が並び、ダンジョン前は朝から賑わっていた。朝食を売っている屋台もあったが、食事をとる金は無い。と言うのも、そこまでお腹は減っていなかった。


「水分の取りすぎかな……」


 ハンスは辺りを見渡した。すると白に近い煌びやかな銀髪に大きな獣耳、尻尾が左右に振られ、何かを真剣に悩んでいる超絶美少女の姿を見つける。


「むむむ……。朝食は何にしましょうか。黒糖パン、揚げパン、サンドウィッチ、んー、悩みます。麦飯も捨てがたい、あー、全部買っちゃおうかな……」


「さすがにそれは太ると思うよ……」


 ハンスは美少女の耳元で囁いた。


「きゃっ! って、ハンスさん! いきなり何をするんですか。脅かさないでください!」


 シトラは拳を握り、ハンスに殴りかかろうとする。


「ごめん、ごめん。シトラを見つけたから、声を掛けただけなんだけど、そんなに驚かれるとは思わなくて」


「もう、獣族は耳が敏感なんですよ。あんな近くで、声を出されたらびっくりしちゃうに決まってるじゃないですか。全く」


 シトラは赤面し、大きな耳を両手でヘたらせ、頬を膨らませる。


「はは……。そうだよね。ちょっと悪戯したくなっちゃったんだよ。ごめん」


「まあ、わかってくれたのならいいです。あ、おじさん。黒糖パンと揚げパン、サンドウィッチを二個ずつお願いします」


「はいよ。銀貨三枚だ」


 シトラは銀貨三枚をおじさんに渡した。おじさんは黒糖パンと揚げパンは紙袋に、サンドウィッチは紙で包み、シトラに渡す。


「ありがとうございました」


 シトラはパンを受け取り、黒糖パンを早速食す。


「二個ずつ買ったってことは俺にも……」


「あげませんよ。これは全部私が食べるんです」


 シトラはハンスに背を向ける。


「…………太るよ」


「よ、よけいなお世話です! 今日は沢山動く予定なので、体力を付けるために、たくさん食べて活力を補充しているんですよ!」


「なるほどなるほど。たくさん動くということは沢山魔物を倒すということだよね。じゃあ、荷物持ちはいりませんか?」


「どうせそんなこったろうと思いました。別に良いですよ、荷物持ちとしてしっかりと働いてください」


「よしっ! ありがとう、シトラ。恩に着るよ」


「ま、私の方も荷物持ちがいてもらえると助かるので、友好関係を結びましょうか」


 シトラは左腕でパンが入った紙袋を抱えながら、右手を差し出してきた。


「あら、シトラって見かけによらず案外積極的?」


「か、勘違いしないでください。これはいたって普通の挨拶ですよ」


「はは、そうだね。じゃあ、シトラ。今日もよろしく」


 ハンスはシトラの手を握る。するとビリビリっとした電撃が身を走った。シトラも同じように手をパッと放す。


「す、すみません。静電気が溜まってたみたいですね」


「ほんと、びっくりしたよ。でも、痛みに驚くシトラの顔、凄く可愛かった」


「ば、馬鹿なんですか。そんなこと言わなくてもいいんですよ。ほら、行きますよ」


 シトラはハンスにサンドウィッチを押し付け、先にダンジョン入口まで歩いていく。


「やば、めっちゃ好きになりそう」


 ハンスはサンドウィッチを食した。世界一美味い。


 ハンスとシトラはダンジョンに入り、第一階層を順調に進む。


「はああああああっ!」


 シトラの岩をも穿つ蹴りが、巨大なトロールの顔に打ち込まれる。


「グオオオオオオッ!」


 トロールは叫びながら頭が吹っ飛び、昨日と同じ光景が広がった。


「ふー、今日もトロールに出会うなんて運が良いですね。私一人だと魔物に全然出くわさなくて困っていたんです。お金儲けができるようになってやっと冒険者って感じがします」


 シトラはトロールの胸にナイフを刺し、縦に切り裂く。そのまま傷口を開いた。


「シトラが強すぎるから魔物が嫌がって逃げているんじゃないの?」


「魔物にそんな感覚があるわけないじゃないですか。私は単純に運が悪いんですよ。ハンスさんと会うまで、悪運続きだったのに、一緒に行動し始めたら、運がいいことばかり。なんででしょうね」


「さあ、俺にもわからない。でも運が悪いより良い方が良いに決まってる。もうトロール三体を倒したから金貨九枚だ。まだダンジョンに入って一時間くらいしか経ってないよ」


「まだまだ時間はあります。調子が良いですし、二階層まで行きますか?」


「一階層でも十分稼げるし、わざわざ危険を冒す必要はないんじゃない?」


「まあ、ハンスさんの戦闘力がほぼゼロなので、二階層に下がるのは危険ですかね」


「はは……、お役に立てなくてすみません」


 ハンスはトロールの魔石を取り出し、シトラに渡す。


 シトラは魔石を乾いた布で綺麗に拭き、ウエストポーチにしまった。トロールの目玉も回収し、先に進む。

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