第4話 女の敵

 シトラは腕を組み、頬を赤らめながら尻尾を動かす。超絶可愛い子が照れているようにしか見えなかった。彼女はハンスに剣を返し、スタスタと歩く。歩く足が速く、小走りと同じくらいだった。


「ちょ、待ってよ、シトラ」


 ハンスは白髪の狼族っぽい少女の後ろを追って走る。



 ハンスがシトラと出会って三時間……。


「はああああああっ! 吹っ飛べええええええええええええ!」


 シトラの蹴りがゴブリンの頭をゴム玉の如く蹴り飛ばす。これですでに四〇体のゴブリンを討伐していた。ハンスが持つ麻袋にトロールの目玉一個、ゴブリンの魔石が四〇個入っている。

 一個が小さな魔石でも数が増えれば重くなり、ハンスは土木工事で土を運んでいたころを思い出す。今は少女のような獣族に良いように使われているのだが、ダンジョンで死ぬわけにはいかなかったので言うことを潔く聞いている。


「ふー、そろそろいい具合ですね。帰りましょう」


 シトラは気分がやっと落ち着いたのか、額の汗をぬぐいながらハンスに言う。


「わかった」


 ハンスは地面に倒れているゴブリンの胸をシトラが持っていたナイフを使って裂き、魔石を取り出し終わる。


 シトラについて行くと、本当にダンジョンの出口が見えて来た。久しぶりの光りに感謝し、微笑みがこぼれた。


「ハンスさん、頑張ってくれたので一つ有力な情報を教えてあげます」


「え?」


「攻略済みのダンジョンで迷った時は魔石の照明がつけられていない壁を触りながら歩いていると出口か先に進む階段が現れますから、十字路に差し掛かっても照明の付いていない壁を触りながら歩いてください」


「はは……。そんな簡単な脱出方法があったんだ。教えてくれてありがとう。これで、ダンジョンで迷って死ぬことはなさそうだよ」


「ここは初級ダンジョンなので、今教えた方法で出られますけど、大きなダンジョンになったら、広すぎて普通に行き倒れますから、またダンジョンに挑戦するときは下準備をするようにしてください」


「は、はい!」


 ハンスは自分よりも年下の女性にダンジョンのことを教えてもらい、素直に受け入れる。


 ハンスとシトラは共にシラウス街にある冒険者ギルドへと足を運んだ。


「うわ、始めて来た……。なんか、大きいな……」


 冒険者ギルドは他の建物と大きさがまるで違い、人の出入りも多かった。レンガ造りの建物で、昔から立っていそうな古びた風貌。所々レンガが割れており、年期が感じられる。入口近くにシラウス冒険者ギルドと書かれており、名前の単純さに笑いそうになった。


「さ、ハンスさん。入りますよ」


 シトラは回りの人間と比較しても普通に小さい。冒険者になる女性なら身長がもう少し高くないと、と言われそうなくらいだ。

 冒険者の獣族は決して珍しくはなく、辺りを見渡せば露出度が高い冒険者服を着た獣族の方が見られる。

 だが、皆、気が強そうで、触ったら噛みつかれそうだ。顔や体に傷が入っているのは当たり前。腹筋もバキバキに割れており、女性らしさの一つも感じられたものではないが、俺は、それはそれでいいと思える人間だ。


「げ……、ハンス。なんで冒険者ギルドにいるの」


「うわ、ほんとだ。女の敵。ローブで体を隠さないと触られちゃう」


 冒険者の獣族女性からハンスの名が出た。


 ――あの二人、俺の名前を覚えている。俺のことが好きなのかな? はは、なわけないか。


「ハンスさんは悪い人なんですか?」


 シトラはハンスの方を向き、目を細めながら聞く。


「悪いことなんて何もしてないよ。あの可愛い子ちゃんたちが、勝手に言ってるだけ」


「可愛い子ちゃん……。あの方達に可愛いと言う感情を抱ける人族は珍しいですね」


「そうかな? 物凄く可愛いでしょ。凛々しい顏に傷だらけの体、引き締まった肉体の中に残った柔らかい部分。嫌う部分が一個も無いよ」


「気持ち悪いような良い方のような……、変な人間ですね」


 シトラは身を抱えるように縮め、ハンスから距離を取った。


「えっと、シトラは子供っぽ過ぎて何も思わないから安心して」


「なんか、逆に傷ついたんですけど……。って、まあ、言われ慣れてますし気にしていられません。さっさと報酬を受け取りに行きましょう」


 シトラは素材を受け付けの女性にギルドカードと一緒に渡す。受付は素材を鑑定し、報酬を黒い板の上に置き、差し出した。


「今回の報酬はトロールの魔石一個金貨二枚、眼玉一個金貨一枚、ゴブリンの魔石四〇個金貨二枚。計金貨五枚になります」


「ありがとうございます」


 シトラは受付から金貨五枚を受け取り、嬉しそうに微笑みながら尻尾を振っていた。やはり子供っぽい……。


 ――にしても、金貨六枚。俺が汗水たらして一日働いた金額の五倍……。なかなか儲かるんだな。これで半月は何不自由なく普通に暮らせるわけだ。でも、ダンジョンにはお宝が眠ってる可能性があるわけだし、夢がある職業だな。さて、今日の宿代をどうしようか。


 ハンスは荷物を運び終えたので、冒険者ギルドから立ち去ろうとしていた。


「ハンスさん、お疲れ様でした。今回の荷物持ちの報酬です」


 シトラはハンスのもとに走ってきて金貨二枚を手渡した。


「え? 貰っていいの……」


「はい。自分で荷物を持って移動していたら、こんなに儲けられませんでした。ハンスさんのおかげでトロールにも遭遇出来ましたし、受け取ってください」


 ハンスから見て、シトラはケモミミの天使が笑っているように見えた。


「ありがとう、シトラ! 物凄く助かったよ! これで今日も風俗に行けそうだ!」


 ハンスはシトラの手を握り、盛大に喜んだ。周りの男は頷き、女は目を細めながらさげすむ。案の定、シトラもハンスをさげすんだ。


「なるほど、そう言うことですか。だから、女の敵……。まあ、ハンスさんの勝手なので気にしませんが、性病にだけは気を付けてくださいね」


 シトラはハンスの手を振り払い、冒険者ギルドから立ち去っていく。


「はあ、あのさげすんだ瞳、何とも言えないなー。でも、最後まで優しく接してくれたしやっぱり良い子なんだ。守ってあげたくなる可愛さをしているよ。ま、今日は完全に守られてたんだけどな……」


 ハンスはダンジョン内でシトラに助けられた光景をありありと思い出す。彼女を守る必要が有るのかと新しい疑問が生まれるだけだった。


「よし、気を取り直してパンと水が買えるだけの仕事をするか」


 ハンスは繁華街にやってきた。大きな時計台を見るに、現在の時刻は午後三時。まだ十分仕事ができる時間だ。


「ふふん、ふふん、何か落ちてないかなー」


 ハンスは居酒屋が並ぶ通りを歩いていた。この辺りは酔っ払いがよく通る。銅貨の一枚や二枚落ちている場合がよくあるのだ。


 通路の端をよく見ながら歩いていると、ゲロ塗れの銀貨を一枚見つけた。何と運がいい。


 ハンスは何の躊躇もなく銀貨を踏みつけ、辺りの土でゲロをこそぎ落とす。


「よし、これでパンと水が買える。こんなあっけなく見つかるとは今日はついてるな」


 ハンスは銀貨を拾い上げ、ウエストポーチに入れた。


「もう少し探せば明日の分の食事が見つかるかもしれないし、回るか」


 ハンスはルンルン気分で、街を歩き、お金を探す。そう簡単には見つからず、普通に働いたほうが儲けられるのではないかと考え始めたころ……、裏路地をふと覗いた時。


「おらっ!」


 柄が悪そうな男性が握り拳を作り、獣族の男性をぶん殴っていた。


「ぐふっ!」


 獣族の男性は男二名に取り押さえられ、暴行を受けていた。


 ――またやってるよ。獣族いじめ。獣族の方が、力が強いはずなのに、なんでやられっぱなし何だろうな。悪いことでもしたのだろうか。


 ハンスは裏路地に入り、暴行の現場に乱入する。


「あのー、なんで獣族の男性を殴っているんですか?」


 ハンスは人族の男に聞いた。


「なんでだと? こいつの顔がムカついてな。殴りたいから殴っているだけだ」


「なんて潔い回答……。じゃあ、なんで殴られているんですか? やり返せばいいのに」


「殴ったら、その倍で返される……。暴力はしちゃいけないと教わった……」


 殴られている獣族の男性は呟いた。

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