第3話 超絶可愛い女の子

 ハンスの後方から何かが物凄い勢いで飛び蹴りを繰り出し、トロールの顔面に直撃する。大型のトロールは顔面が潰れ、背後から地面に倒れた。頭が蹴り飛ばされ、岩の壁に血を飛び散らせながら埋まっている。胴体の方は首から黒い血液を地面に垂れ流していた。


「な、何が……。いったい誰が助けてくれたんだ……」


「ふぅー、危なかったですね」


 ハンスの目の前に現れたのは大きな獣耳に人の顔。お尻と腰の境目当たりからモフモフの尻尾が生えた正しく獣族の少女だった……。推定年齢は一〇歳。

 そう思える理由は一四〇センチメートルほどしかない低い身長とぺったんこな胸、小さなお尻……。四肢は短く、胴体はとても細かった。

 服装は新米冒険者と言うのが一番しっくりくる綿製の長袖と動きやすさ重視のショートパンツ。革製の胸当てと肘当て。重りでも入っているのかと言うほど厚底のブーツ。それでも身長が低いのだから、もしかしたら年齢は一桁代だったりして……。

 武器は右腰に付けた短剣のみ。剣が買えないのか、はたまた獣族得意の肉弾戦に自信があるのだろうか。なんせ、巨大なトロールの首を引きちびるほどの蹴りを有しているのだ。人間の頭を蹴ったら頭部が飛ぶのは間違いない。


 顔は……、ドチャ糞可愛い。

 子供なので手だしはしないが、大きくなったらさぞかし綺麗になるだろう。白っぽい髪のおかげか清楚な気品があふれ出ている。肩までギリギリ届かないくらいの長さだ。

 琥珀色の大きな瞳と白く長いまつげ、すっと通った鼻筋、愛らしい口もとが小さな顔の中に綺麗に納まっていた。もう、芸術と言ってもいいくらいだ。

 歩き方や動き方も、貴族のように優美だった。


「えっと……。ありがとうございます。死ぬところでした。俺、ダンジョンに来るのが初めてであんな魔物がいるなんて思わなくて……、驚きすぎてしまいましたよ」


「ちびっちゃうくらいですからね」


 少女はププっと笑い、小ばかにして来た。まあ、笑われても仕方がない。


「初めまして。ハンス・バレンシュタインと言います。八月八日生まれの一八歳です」


 ハンスは自ら自己紹介した。紳士たるもの女性に対して自ら挨拶するのが基本だ。


「初めまして。シトラ・ドラグニティと言います。七月七日産まれの一五歳です」


「ふへ? 一五歳?」


 ハンスは耳を疑った。どう考えても成人している見かけではない。


「えっと……。助けてもらってなんですけど、普通に喋っても良いですか?」


「構いませんよ。ハンスさんの方が年上ですし、敬語は必要ありません」


「あ、ありがとう。その……、シトラはどう考えても成人に見えないんだけど……」


「いきなり失礼な方ですね。私のどこが成人していないように見えるんですか?」


 シトラは自身のぺったんこな胸に手を当て、胸を張りながら堂々と言った。


 ――うう、伝えにくい。何もかもが子供に見えると言いたいが、言ったら怒りそうだな。


「身分証明書とか見せてもらえる?」


「ギルドカードでいいなら」


 シトラは腰に付けたウエストポーチから一枚のカードを取り出す。カードの裏面には年齢と名前、生年月日が書かれていた。年齢の部分を見ると確かに一五歳と記載がある。


「ほ、本当に一五歳なんだ……。ええ……」


 ハンスはギルドカードとシトラの顔を見回し、年齢と姿がかけ離れていると心の中で叫ぶ。


 ――ミルちゃんですら一五歳なのに、同じ年とは思えない。見かけがあまりにも違う。


「カードを返すよ。疑ってごめん」


 ハンスはシトラにギルドカードを返した。


「別にいいです。いつものことなので。それよりもトロールの魔石と目玉を採取します。手伝ってください」


 シトラは右腰に付けられたナイフの柄を持ち、鞘から引き抜いた。地面に倒れているトロールの胸にナイフを突き刺し、縦に切り裂く。


「ハンスさん、私が切り口を開いておくので、体の中央辺りにある魔石を取り除いてください。あなたの方が、腕が長いので取りやすいはずです」


「わ、わかった」


 シトラは切り口を広げ、ハンスはトロールの胸に上り、服の裾を腕まくりして肉の中に腕を突っ込む。まだ生暖かく、腕に張り付いてくる感触があまりにも気持ち悪い。

 腕を目一杯伸ばすと、ガラス質の結晶に手が当たった。両手でしっかりと掴み、無理やり引っこ抜く。大きさはリンゴくらいだ。


 ――巨大な体にしては魔石が小さいんだな。


「はぁ、はぁ、はぁ……。取れた」


「お疲れ様です。では貰いますねー」


 シトラはハンスの手に乗っていた黒っぽい魔石を手に取り、布巾で綺麗に拭いてから、ウエストポーチに入れる。


 ――俺が最後に取ったのに……。ま、まあ、命を救われたんだ。感謝しないとな。


 シトラは壁に埋まっているトロールの顔に近づき、大きな目をくりぬく。ウエストポーチから麻袋を取り出し、眼玉を入れたのち、ハンスに手渡した。


「えっと……、なに?」


「見たところ、ダンジョンに適当に入って迷っているところですよね?」


「お、お察しの通り……。完全に迷っているところだよ……」


「じゃあ、私が出口まで案内してあげるので、ハンスさんは私の荷物持ちをしてください」


「は、はい……」


 ハンスはシトラについて行かなければこの初級ダンジョンでさまよい、餓死して死ぬと直感した。そのため、子供のような女性の言いなりになり、荷物持ちを引き受ける。


「トロールに出くわしたのは運がよかったです。これで、金貨三枚は確定しました」


「えええっ! 金貨三枚……。いや、まて。あのトロールを倒して金貨三枚は安いのか? 高いのか? どっちなんだ」


 過去、ハンスは土木工事などをして日給約金貨一枚を稼いでいた。トロール一体で金貨三枚は死と隣り合わせで手に入れた金額だ。何とも言えない金額に、苦虫を噛み潰したような顔をする。あまりにも渋い値段に、ダンジョンは強者だけが楽をできる世界だと知る。


「この初級ダンジョンでトロールと出会えたら運がいいです。あんな巨体なのに、狭い通路に出現してくれるんですから、的でしかありません。大きな棍棒を持っていても振りかぶれないですし、動きがトロイですから、首をサクッと攻撃すれば勝てます」


「へえ……。シトラは慣れているんだね」


「まあ、昔から狩りをしていたので、戦闘には自信があるんですよ」


 シトラは腰に手を当て、鼻高々に言った。子供が過大評価しているようにも聞こえる。


「さ、ハンスさん。今から出口に向かう間に出会った魔物は全部倒していきますよ!」


「俺は戦えないから戦闘はシトラに任せるよ……」


「情けないですね。その使いこまれた剣を持っているところから推測して、ハンスさんは戦えるはずです。魔物は、見た目が怖いですけど、案外脆いですよ。必要以上に怖がる必要ありません」


「いや、その……。剣が抜けなくて……。普段使う時は抜けるんだけど……」


 ハンスはシトラに質素な剣を見せる。


「いつもは使えるのに剣が抜けない? それは手入れ不足なんじゃないですか?」


 シトラはハンスから剣を受け取り、柄と鞘の繋がりを見る。スンスンと匂いを嗅ぎ、首をかしげる。そのまま柄を持ち、引っ張ってみるもやはり抜けなかった。


「血が固まっているわけでもなさそうですし、錆びた臭いもしませんね……」


「でしょ。僕もてっきり使えると思っていたんだけど、魔物相手に使えなくて死にかけたんだよ。ほんと、助けてくれてありがとう」


「べ、別に気にしないでください。困っている方を助けるのは私のもっとうですから」


 シトラは腕を組み、頬を赤らめながら尻尾を動かす。超絶可愛い子が照れているようにしか見えなかった。彼女はハンスに剣を返し、スタスタと歩く。歩く足が速く、小走りと同じくらいだった。


「ちょ、待ってよ、シトラ」


 ハンスは白髪の狼族っぽい少女の後ろを追って走る。

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