第2話 初級ダンジョン

 ハンスは遠足気分でダンジョンに潜っていた。


 迷路のようになっているダンジョン内に質素な剣一本で入り、魔物を倒しに向かう。だが……一時間後。


「……迷った」


 ハンスはダンジョン内で遭難した。

 水や食料は持っておらず、祖父の形見のペンダントと質素な剣のみ。

 すれ違う冒険者はおらず、今、自分がどこにいるのか、すらわからなくなっていた。

 水や食料を探すも、見つかるのは回復薬が入っていたと思われる木製の容器のみ。


「ああ……、これがダンジョン。どっかの誰かが初心者用って言うから簡単にお金が得られる場所だと思っていたのに。見当違いだったか。と言うか、魔物が全然見当たらないし、どこに行ったら会えるんだろう」


 ハンスは当てもなくさまよう。ダンジョンの中であくびをしながら歩いていると全体が緑色で耳と鼻が長く、気持ちが悪い生き物が三体辺りを見渡していた。


「あ、ゴブリン……」


「ギャギャギャギャギャッ!」


 三体のゴブリンはハンスに気づき、三手に分かれ、手に持っている錆びたナイフや斧を振りかざしてきた。


「はっや! これが魔物の動きっ! うわっ!」


 ハンスはへっぴり腰になりながら飛び込んできたゴブリンが持つナイフを回避する。そのまま右足を引きながら質素な剣の柄を握る。


「おらああっ! あれ?」


 ハンスは質素な剣を抜こうとしたが、なぜか抜けなかった。


「嘘嘘っ! 何で抜けないの!」


 ハンスは焦る。いつもは抜けているはずの剣が今日は抜けなかったのだ。


「ギャギャギャッツ!」


 壁を走り飛び込んで攻撃してきたゴブリンが持つ斧がハンスの頭に迫る。


「くっ! やばいやばいやばいっ!」


 ハンスは頭を下げ、斧を躱した。


 斧は岩壁に突っ込み、バキッと言う大きな音を鳴らしながら岩壁が破損。


 岩の破片がハンスの後頭部を襲う。だが致命傷にならず、拳骨を食らったくらいの痛さを得た。


「ギャギャギャッツ!」


 ハンスが下を向いていた時、足下に移動していた三体目のゴブリンが、棍棒を持って顔に打ち込んできた。

 ハンスは剣を鞘ごとベルトから外し、左腕と重ねるようにして顏を守る。


「ぐはっ!」


 ハンスは子供程度の身長しかない魔物に棍棒でぶたれ、八メートル跳ねとんだ。


 ――ゴブリンって力がこんなに強いのかよ。こんな魔物がいて初級? 冒険者ってすげえんだな。俺とは住んでいる世界が違う……。


 ハンスは苦笑いをしながら、背中から上手く着地。転がるように力を流し、後方に向かう力を利用して体勢を立て直した。


「ギャギャギャッツ!」


 三体のゴブリンは口角を釣り上げるようにして笑い、自分達よりも弱い獲物を見つけ、高揚していた。


「どうやって倒したらいいんだ……。このままじゃ、お金を稼ぐどころか、普通に初級ダンジョンに住むゴブリンの腹の中に永久就職してしまう……」


 ハンスは鞘に収まったままの質素な剣の柄を持ち、構える。鞘が付いている分重く、相手を殴るくらいしか機能しない。


「逃げるか……」


 ハンスは後方に向って走る。


「ギャギャギャッツ!」


 正面にいたゴブリンとは別個体の三体のゴブリンがいた。


「嘘っ! こっちにも! 何でこんないきなり、鉢合わせるんだ!」


 ハンスが逃げた先に三体のゴブリンが辺りを見渡しており、十字路に差し掛かるところだった。だが、ハンスがいる位置は両面が硬い岩に覆われた一本道。

 後方にゴブリンが三体、前方にもゴブリンが三体。完全に挟み撃ちにされた。


 ゴブリン同士が仲間かどうかはわからないが、ゴブリン達が目を合わせると、息を吸うように動きだす。どうやら意思疎通が完了したようだった。


 ――目を合わせただけで意思疎通ができるなんて……。仲良しかよ。


「ギャギャギャッツ!」


 六体のゴブリンはハンスを挟み撃ちにする。


 ハンスはダンジョンの恐ろしさを身をもって知り、今にも死にそうな状態に陥っている。逃げた先にもゴブリン、後方にもゴブリン。攻撃できる武器は鞘が抜けない剣と熊のような肉体が欲しかった細身の四肢。


 ――成人男性を八メートルも吹っ飛ばす筋力を持ち合わせたゴブリンを俺の体で倒せるとは到底思えない。なんなら、剣の打撃で攻撃が通るのだろうか。わからないが、何もしなければ死ぬだけだ。


「ここで死んだら、情けないよな……。誰か来るまで耐え続けるしかない」


 ハンスは体力に自信があった。腕っぷしは無いが、八時間以上、ベッドの上で動いていられるだけの体力がある。その間に誰か通りかかるのを待つと言う作戦を思いつき、決行した。


「誰かーっ! 助けてくださいっ! 誰かーっ!」


 ハンスは六体のゴブリンの攻撃を受けながし、掻い潜りながら、助けを呼ぶ。


 ゴブリンの連撃がハンスを襲い続けること、二時間……。


「ギャ……、ギャ……、ギャ……、ギャ……、ギャ……、ギャ……」


 六体のゴブリンは息を荒げ、中央に立っている人間を殺そうと目をぎらつかせていた。


「誰かーっ、助けてくださいっ!」


 ハンスは未だに助けを求めていた。体は疲れていないが、喉が疲れ始めた。


「ギャギャギャッツ!」


 六体のゴブリンは一斉攻撃を繰り出す。ハンスの体目掛けて刃物や鈍器で逃げ場を無くすように散らばり、卓越された攻撃だった。


 ――一斉攻撃。どこかに抜け道は無いか。通り抜けられる場所があれば逃げられるのに。


 ハンスはゴブリンに囲まれ、逃げ出せる箇所を探す。


 ――ゴブリンの頭上を飛び出すしかないか。


 ハンスはゴブリンの身長が低いと言う点を利用し、逃げ一辺倒の作戦を考える。考えた時間は一秒も無かったが、ウエストポーチに入っていたローブで剣の鞘を結び、穂先を地面に叩きつけ、杭のように地面に差し込んだ。岩ではなく土製の地面だったため、剣は刺さり、直立する。


「ギャギャギャッツ!」


 ハンスは六体のゴブリンが一斉攻撃してきた瞬間を見計らい、剣の尻に足裏を当て、跳躍。ゴブリンの頭上を飛び越えると、縄を引っ張り、剣を回収。思いっきり逃げた。


「はははっ! 危ない! これで何とか生き残ったぞ!」


 ハンスは大きな声を出しながら、後方にいるゴブリンを見て笑う。六体のゴブリンはハンスを追わず、なぜか反対方向に逃げて行ったのだ。


「諦めたのかな。なら、好都合……。って、あ、あれー?」


 ハンスが前を向くと、通路を塞ぐようにして歩いてくる大きな大きな魔物が歩いてきていた。

 ゴブリンと同じように緑色の体に大きな棍棒。

 恥ずかしいのか下半身は何かの皮で作られたスカートで隠されていた。見かけからして男だが、案外乙女? いや、魔物の性別とかどうでもいい。

 

 ――六体のゴブリンが逃げ出す魔物だ、確実に強い。見かけからしてトロールだが、三.五メートルはある高さの天井に脳天がすれすれだ。


 ハンスは巨体の魔物を見てあまりの威圧感に、ちびりそうになる。


「こ、こんな魔物が初級ダンジョンにいてもいいの……。えっとえっと、俺、ダンジョン初めてなんですー。どうか見逃してくれませんかー」


 ハンスはガクガクと震える脚のせいで逃げられないため、出来る限りの可愛らしい声を出し、トロールに伝える。


 だが、頭がつるつるで肩幅がハンスの二倍以上あり、腕が人の胴体ほどある化け物は人の言葉などわかるわけもなく、へっぴり腰になっているハンスを見つめる。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


「ふぎゃああああああああああああああっ!」


 ハンスはちびりそうになりながら、叫ぶ。なんなら、半分くらいちびっていた。


「おんどりゃああああああああああああっ!」


 ハンスの後方から何かが物凄い勢いで飛び蹴りを繰り出し、トロールの顔面に直撃する。大型のトロールは顔面が潰れ、背後から地面に倒れた。頭が蹴り飛ばされ、岩の壁に血を飛び散らせながら埋まっている。胴体の方は首から黒い血液を地面に垂れ流していた。

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