第5話 正式な聖女様は…… 2
「初めまして。私は
部屋に通されたアリアは、自己紹介をしてから軽くお辞儀をした。
「オシャレな名前ー! 私は
テンプレあるあるの話をしながら二人で笑っていると、アルフォンスがホッとした表情を見せた。
(まぁ、呼び出した側としては、メンタルのケアは大事だよね。国王や王太子は、そのあたりまったく頭になかったみたいだけど)
アリアは、自分がこちらの世界に来た経緯をスズにざっくりと説明した。
「え!? 私がお役目放棄したから呼ばれたの? それは、ほんとゴメン!」
(軽いな)
「一年間、熱心にお役目を果たされていたと伺ったのですが、どうして急に放棄を? やっぱり、疲れましたか?」
「いやぁ。頑張れば、元の世界に戻れるかな……って最初は思ってたんだけどね」
(スズさんも同じこと考えてたんだ……)
「最初の頃はさ。聖女のお役目、わりと楽しかっんだよね。感謝されたり、チヤホヤされるのがアイドルの握手会みたいで。……あ、今ちょっと引いたね?」
アリアの顔色を読んだスズは、即座に指摘した。
「だってさ。二十六歳にもなると終電まで残業して周りの仕事手伝ったり、後輩のミスを肩代わりして謝ったりするのよ。別にね、それは良いのよ。皆、通る道だしね。でも、少しくらい感謝されても良くないっ!? 形だけでも『ありがとうございます』くらい言えると思わない!?」
「あー。『ありがとうございます』や『すみません』の礼儀は大事ですね」
「そうでしょ? 大学生、ううん、幼稚園児でも知ってることよ」
会社員も大変だ。同僚に恵まれていないと特に。アリアは社会人になることが、一気に憂鬱になった。
(就活も就職も、現実世界に帰れたら……、の話だけど)
「じゃあなおさら、どうして放棄したんですか? 感謝されるのに……」
「あー、それね。贅沢な話なんだけどさ。あんまり有難がられるのも疲れたというか、飽きちゃって。正直なところ、体力的にもかなり辛いし。割に合わないとか思うようになっちゃったんだよね……」
(本当に飽きてた……。ますます王太子に悪いことしたかも。でも、やっぱり身体的にも辛いなら五分五分か)
「そしたらさ、急に元の世界が恋しくなったり、未練がたくさん浮かんできてね」
「未練?」
「だって! 2.5次元のライブイベントのチケットが当たってたのに! それに一年間、夏も冬も有明の即売会祭に参加できてないし! 同人誌だって、あとは印刷所に持っていくだけだったのに……っ!」
(ガッツリ沼にはまってる人だった……。そして、やっぱり出店者側だったか)
「元の世界に帰る方法って、やっぱり無いんですか?」
「あー、絶対無いとは言えないみたいだけど、今のところは見つかってないんだよね。スマホが使えることが唯一の救いというか……」
「スマホ!?」
「あれ? 試してないの? 使えるんだよー。ご都合主義っていうのかな。主に検索とか娯楽のみで向こうと連絡は取れないんだけど……」
「さっき召喚されたばかりで、荷物の確認もまだなんです。それに、スマホの電池も使い切った状態だったので……」
「そうだったんだ。私も完全にお役目を放棄したんじゃなくて、少し休憩しながらイラスト描いて、精神的に浮上したら聖女のお役目に戻るつもりだったのよ。陛下にも、そう説明しておいたのになぁ。なんか国王陛下って聖女の話になると、急に頼りなくなるんだよね……。本当にごめんなさい。私の勝手な行動で巻き込んじゃって……」
「いえ、スズさんだって被害者側でしょう?」
「そう言ってくれると助かる。あ、でもね、私は召喚されたわけじゃないのよ」
「え!?」
「気づいたらこのお城の中にいて、『聖女様だー!』って騒がれて今に至ります。でも、異世界から人が来るのは、国が大変な時だけなんだって。だから、この世界に転移できるのは、多かれ少なかれ生まれつき聖女の力を持ってる人だけらしいよ」
「そう、なんですか……」
スズはアンティークのような引き出しから、USBコード一体型のモバイルバッテリーとACアダプターを取り出すとアリアに手渡した。
「これ、良かったら使って? お詫びには全然足りないけど……」
「え、良いんですか?」
「私は別の充電器持ってるから大丈夫。アルフォンス様、アリアちゃんのお部屋にもコンセントあるよね?」
「もちろんですよ。日本からいらっしゃった方に快適にお過ごしいただけるよう、ある程度の物は揃えてあります」
ありがとうございます、とスズからモバイルバッテリーを受け取ったアリアは違和感を覚えた。
(「異世界」じゃなくて「日本」って認識してるんだ。アルフォンス様は国王や王太子に比べて、どうして日本人の気質や感覚、生活に詳しいんだろ? 年の功?)
アリアの考えを見透かしたように、アルフォンスは微笑みながら尋ねてきた。
「今の日本はどのような状況ですか? 私が持っている知識は、バブルが崩壊した頃のものがほとんどなのです。近頃はスズ様とお話をさせていただいて、少し情報がアップデートされましたが。先ほど、過重労働、ブラックとの言葉が出ましたが、労働基準法はどうなっているのです?」
(日本の情報がアップデート……。異世界の人が何かすごいこと言い出した……)
「……アルフォンス様は、バブル崩壊をご存知なんですか?」
「えぇ」
「それ、私も初耳なんですけど」
「申し訳ありません。外に漏らしてはいけない話なもので」
「でも、『バブル崩壊』の言葉を出されたということは、私たちにその話の内容を開示しても良いとご判断なさったのですよね?」
アリアは、まっすぐにアルフォンスの瞳を見つめた。
「はい。お話しするべきだと判断いたしました」
アリアとスズは、顔を見合わせて頷いた。
「スズさんの前の聖女様は、バブル崩壊後の日本から来た方なんですか?」
「その通りです」
「その方は、今どこに?」
「現在は、この王都で人気のベーカリーで女将をしておられます。新鮮な果物とミルクを使ったミックスジュースというものが、とても好評のようですよ。ただ、容姿は転移してきた時のものとは異なっています」
「年齢を重ねて、という意味ではないですよね?」
「はい。この国に馴染む姿に変えている、ということです。これは、現国王と王太子も知らないことです」
「え? バブルが崩壊したのは約三十年前です。今の陛下はその頃には成人されていたのでは……?」
アルフォンスが話す内容をアリアは
「はい、その通りです。しかし、現国王……、私の息子のリカードにはその時の記憶は一切ありません」
「どういう、ことですか……?」
王家の秘密に聖女の秘密。
アリアとスズは神妙な面持ちで、アルフォンスの答えを待った。
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