第4話 正式な聖女様は…… 1
「申し訳ありません、アリア様。先ほどは正体も明かさずに話を進めてしまいました。私は先の代の国王、アルフォンスと申します。現在は大公爵などと大層に呼ばれていますが、隠居した爺さんとでも思ってください」
そう言った先王が、召喚された直後のようにアリアの両手を優しく握った。
「いえ、そういうわけには……」
(たしかに、お
「では、アルフォンスと気軽にお呼びください」
それも、どうだろう……、とアリアは逡巡したが、おそらく埒が明かないため頷いた。
「息子のリカードと、孫のアーヴィンが大変失礼いたしました。アリア様のご意見は至極当然。しかし、この国では、その感覚を得るのはまだ難しいということも事実なのです。――まずは、先の聖女様にお会いになられますかな? 話はそれからのほうが良いでしょう」
そして、アルフォンスは、玉座にいる国王と王太子に鋭い視線で目配せをしてから、アリアに向かって優しく微笑んだ。
「さぁ、参りましょうか。私がご案内いたします」
長く静かな廊下を歩きながら、アルフォンスは世間話でもするようにアリアに語りかける。
「息子と孫が頼りないのはご覧になった通りなのですが、少しだけ弁明させていただけるならば、『過重労働』というものが私達の日常なのですよ」
「え?」
「のんびり暮らしている王族や貴族も、たしかに存在しますよ。しかし、国民の生活を守ろうと思えば、寝る間を惜しむことも多い。特に最近、この国は他国に比べて瘴気が濃く、決して平和とは言えません。そのため、息子や孫は執務時間の限度も、休息を取ることの一般的な基準が分からないのです。……情けないことですが、私がそうさせてしまった部分も大きい」
(国王と王太子の生活も、ブラックだったということか……)
「孫のアーヴィンは魔力に恵まれず、国全体に結界を張っても三時間と保たず、その後は一週間は寝込んでしまう。そのため、自分たちが成し得ないことができる聖女様への期待がどうしても大きくなり、人間離れした存在だと思ってしまうのでしょう」
(王太子は、すでに寝込むほど試してたんだ……。悪いこと言っちゃったな。次に会うときに謝らないと。それに国全体への結界って、かなりの規模なんじゃ……?)
そして、その大規模に易々と結界を張ることができるのであれば、聖女はやはりチート級の能力者だろう。
「ただ、貴女がおっしゃっる通り、聖女様も生身の人間であることを私達も再認識しなければなりませんね。さぁ、着きました。こちらが、聖女様のお部屋です。――スズ様、少しよろしいかな?」
アルフォンスが軽くノックをすると、幼い顔立ちの女性が顔をのぞかせた。小首を傾げると、綺麗な長い黒髪がさらりと流れる。
「アルフォンス様? どうされま――、あなた、もしかして日本人……?」
スズと呼ばれる聖女は、アリアの顔を見ると扉にもたれかかるようにして一瞬固まった。
「……えっと、とりあえず中にどうぞ?」
「おや、スズ様。本日も絵画を描かれておいででしたか」
「うわぁ! 見ちゃダメです!」
自分の体で絵を覆い隠そうとしたスズが、上目遣いでアリアに視線を向ける。
「見た?」
「……はい」
スズが隠した紙には、戦国武将が出てくるゲームのキャラクターが描かれていた。
絵画というよりも、イケメン武将たちが組んずほぐれつの耽美なイラスト。しかも、同人誌として販売できるほどのクオリティだ。
『黒髪で色白で、とても美しい方』
たしかに、それは間違っていなかった。
ただひとつ付け加えるとすれば、崇高な存在というだけではなく、親しみやすそうなオタクのお姉さんだった、ということだ。
『異世界に召喚された聖女様は、実は腐女子でした。』
アリアの頭の中で、異世界作品のタイトルがいくつも浮かんでしまう。
(この聖女様、話せば気が合うかも……)
この世界に召喚されてから、どんなイケメンに出会うよりもアリアの胸は高鳴った。
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