第2話 「聖女(仮)」の存在意義 1
アリアを囲んでいた近衛騎士のうちの二人が、大きな扉を左右同時に開いた。
シャンデリアの光が目に刺さる。
(まぶしっ!)
目が慣れてから、室内を見渡すときらびやかな装飾、派手過ぎないが地味ではない壁紙。そして、玉座まで伸びるレッドカーペット。その側に並んでいるのは王宮に勤める貴族やお偉方、有識者といったところだろうか。
アリアは従者に促され、玉座の近くまで
現代人、一般家庭で育っているならば、片足を下げて挨拶をするカーテシーはまずしない。
その代わりに両手を前で揃えて、背筋を伸ばしたまま軽く頭を下げた。少し良いホテルの従業員などがするタイプのお辞儀に近い。おそらく、これでも礼を失することにはならないはずだ。
顔を上げて、ようやくじっくりと国王と王太子の顔を見た。あまり、ジロジロと観察するのは失礼だろうが、アリアは勝手に連れてこられた立場だ。視線や表情から真意を読み取るくらいは良いだろう。
「ようこそ、おいでくださった。聖女殿
(出たよ、『カッコ
威厳のある声で言われると尚更おかしく聞こえ、思わず笑いそうになってしまう。
「
「アリア殿。叙情的で美しいお名前だ」
「ありがとうございます」
「
アリア自身も音の響きは気に入っているが、やはりキラキラネームだと笑われることもあった。そして、字画が多い。テストの時や書類を書く際は少しイラッとする。
しかし、海外や異世界では馴染みやすい名前のようで、そこは良い点なのかもしれない。
玉座に座る国王を見上げたアリアは、『あぁ、国王陛下だな』と至極当たり前の感想が浮かんだ。
緩やかにウェーブしたブロンドの髪に青い瞳。下品ではない口髭。メタボではないが、恰幅の良い体型。そして、人当たりの良さそうな表情だが、腹の底が読めないタイプだ。
(歳は……、アラフィフくらい?)
国王の隣には、二十代前半くらいの男性が立っている。こちらもまさしく王子様、という出で立ちだ。そしてテンプレから外れることなく、やはりイケメン。
国王と同じ色の髪と瞳。しかし、癖のないストレートの短髪。こちらは母親譲りなのだろうか。
そして、鍛え上げられた体躯に腰に下げたサーベル。体幹が強そうな立ち姿を見たところ、おそらく剣の腕前も優れているのだろう。物語ではよくある『騎士団のメンバーと仲が良い王太子殿下』といったところか。
しかし、仏頂面というわけではないが、国王よりも少し固い表情をしている。
(性格なのか、場数の違いか……)
「あの、不躾ですが、質問してもよろしいでしょうか?」
「何でしょう? 聖女殿
そう答えた国王は、興味深げに微笑んだ。
(いい加減、腹が立つんですけど、その呼び方。そっちも面倒くさくないの? さっきみたいに『アリア殿』で良いじゃない)
「その『聖女(仮)』いう呼び方は、どういう意味なのでしょうか? やはり、聖女の力があるかどうかを確認してから正式に、ということですか? 正直に申し上げると、(仮)と呼ばれるのは、あまり良い気分ではありません」
すると、落ち着いて、とでも言うように王太子が小さく片手を上げた。
「その点については、
「では、なぜ『聖女(仮)』と?」
「実は……、この国には、すでに聖女様がおられるのです」
「……はぁ」
思いもよらぬ答えに疑問形を通り越して、溜め息のような相づちとなった。
「聖女が二人って……。同時に二人が召喚されて、どちらか一人が聖女の力を持っている……、というものではないのですか?」
「たしかに、この世界の歴史上、そのようなケースもあったようです。しかし、今回は少し事情が異なりまして……」
すでに聖女は存在した。
しかし、王太子はアリアに対して敬語を使っている。(仮)と呼ばれても、少なからず、敬われているということだろう。
(二人目の聖女が必要になった? この国はそんなに荒れてるの……?)
アリアが思案していると、王太子が言いづらそうに言葉を続けた。
「先の聖女様は、一年前にいらっしゃいました。服装も容姿もアリア様に似ているため、おそらく同じ国の方かと思います」
(やっぱり日本人なんだ)
「聖女様のお力は、それは素晴らしいものでした。瘴気を浄化し、国全体に結界を張り、疫病にかかった者を治療し、そして予防する。国民が健康になり、農作物の収穫量も増えました。そのうえ、聖女様が作るポーションの効果は、一般的な物とは桁違いに優れています。そして、魔獣との闘いにより身体の一部が欠損した者を元通りに治癒なさったのです」
(なるほど。チート系ってことね)
「しかし……」
「しかし?」
「召喚から一年が経った現在、『聖女の役目に飽きた』とのことで……」
「……はぁ」
王太子の説明に対して、アリアの口から
そして、王太子も現状を口にしたことで、改めて現実を噛みしめるように深い溜め息をついた。
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