第30話 最後の仕事

 忠人は手当した後、目黒の灰塚晃成会の事務所に向かった。

ビルが立ち並ぶ一角で四階建てのビルに灰塚晃成会の事務所や配下の企業が入居している。

今は周囲にパトカーが数台停まっていて、組のだろう車が頻繁に出入りしている。

交差点のはす向かいの角から五軒目にビジネスホテルがある。非常階段が道路から上がれるような位置に設置されている。そこから灰塚ビルを狙える。

部屋の窓が開けばベストだ。

四階の角の部屋が空いていた。

部屋に入って電灯を消して灰塚ビルの方向を覗き見る。

窓は「横滑り出し窓」と呼ばれる多少開けることが出来るタイプだ。

カーテンを閉め、窓を開けて銃口を窓枠ぎりぎりまで出してスコープを覗く。

大丈夫だ。一階から四階まで確り見える。

時計は午前二時になった。

コーヒーを啜りながらコンビニで買ったパンをかじり、シャワーで汗を流す。

バンソコは濡れたので剥がしたが痛みはもう無い。

午前三時半になると東の空がぼんやり明るさを増してきた。もう一度スコープを覗く。

パトカーはいなくなった。ビルの電灯は全ての階で皓々と点いている。ブラインドが下りていて室内は窺い知れない。

先ず、レーザーの強さを最強にして一階の玄関に照準を合わせ引き金を引く。

ホテルまで聞こえるほど大きな音をたて玄関のガラス戸を粉砕し、その奥の壁も崩して炎で包み玄関ホールは火の海と化してゆく。

階段を駆け下りてくる奴や事務所の中にいた奴など何人もの男が様子を見にロビーに出てきた。消火器を手にしている男もいる。

その男らに向けて繰り返し引き金を引く。頭が爆発したり胸や腹に穴が空いたりした。……あっというまに一階で動く人影は見えなくなった。

ここまで一分も経っていない。

次に二階の窓を狙って撃つ。

窓ガラスが粉砕し誰もいない歩道に撒き散らされた。

ブラインドが吹き飛ばされ、奥の壁が崩れ一面を業火が埋め尽くした。

三階も同じように撃った。

四階も……。

人影をスコープを通して探す。

三階の窓枠に足を掛け飛び降りようとする男がいた。すかさず狙って頭を爆破した。

それでもどこに隠れていたのか数人が玄関や窓から外へ飛び出してきた。

完全にパニクってるのがひと目で分かる。狙って頭を爆発させる。走り出す男を撃つ。……残ったひとりはホテルの方向へ走ってくる。

逃げてるつもりなのだろう可笑しくなって笑ってしまった。

引き金を引くのと同時に頭が爆発した。

――殺せば殺すほど憎しみが減るどころか大きくなって増えてゆく。何故だ? 不思議だ? ……

目撃した人がいたのだろう悲鳴が響く。

 次は、ビルを潰してやろうと思った。それで一階の角の柱を狙った。

――加奈子を誘拐し怖い目に合わせたんだ。当然の報いだ! ……

鉄筋コンクリート造りの壁が大きく崩れ、鉄骨が丸出しになった。

そしてもう一発鉄骨に向けて撃った。鉄骨がひしゃげたが建物が崩れることはなかった。

もう一度同じ場所に照準を合わせて撃った。

鉄骨がさらにひしゃげて奇妙な形に曲がった。そして重みで二階の床がゆっくりと下がり始めた。

それでも鉄骨は折れることはなく、ビル全体を崩すのは無理だと思い止めた。

――できなくはないだろうが時間が掛かり過ぎる。……悔しいがここまでだな……

それに黒煙がもうもうと立ち上がりビルがをすっかり包み込んでしまって、視界が遮られ狙いが定まらなくなってしまっている。

炎も負けじとビルの高さを遥かに超えて夜空を赤く染めている。

――もう事務所で生きてる組員はいないだろう……加奈子を誘拐した罰だ……

これでもう二度と加奈子を誘拐しようなんて思わないだろう……。

その頃になって遅ればせながら消防のサイレンが聞こえてきた。

ここまで五分とかかっていない。

――レーザー銃の威力は大したもんだ。……これがなかったら復讐なんて全然無理だったよなぁ……

忠人は窓を閉め一人祝杯を挙げた。

ベッドで横になり目を閉じると、あっというまに睡魔に意識を吸い取られてしまった。

 

 九時半目覚ましが鳴る。

変装道具を使って別人になって、浅草に向かって車を走らせた。

――恐らく、これが最後の復讐になる……加奈子を誘拐した事に対する復讐……

途中、灰塚ビルでは消防と警察が大勢集まって現場検証をしているのだろう。

まるでテレビで見たミサイル攻撃を受けたビルのように滅茶苦茶に破壊され焼き尽くされていた。

――夕べ見た以上に惨憺たる光景だな。……

それを横目に信号を曲がった。

 浅草の灰塚森重の邸宅は一階の屋根ほどの高さの塀が周りを囲っていて中を見ることは出来ない。

しかし、邸宅の正門は丁度T字路の突き当りに位置し、その信号から邸宅を背に交差点を二つ過ぎた角に十階建てのホテルがある。その最上階で灰塚邸の見える部屋を予約していて、そこからは左方向に邸宅が塀越に見える。

距離は建物まで三百はあるだろうが十分射程距離内だし、このホテルも「横滑り出し窓」なので室内から狙えるので狙撃にはまったく問題ない。

邸宅は瓦屋根の一部二階建てだ。母屋と離れがあるようだ。

今はカーテンやブラインドをしていないでのソコープを通すと室内がはっきり見える。階段の位置を確認しておく。

そこにも組員が二十名はいるようだ。

森重は外出しているのか姿が見えない。

離れに昼食だろう割烹着姿の女性が食事を運んでいるようだ。動けない誰かが住んでいるのか?

若い連中は二階にも姿を表す。住み込みなんだろう。

玄関前では運転手が車を洗っている。

――あれ? 車があるのに森重がいない? どういうことだ? ……警察にでも捕まったか? ……

外部との出入りは見ている限りはない。

忠人は窓を閉じて焼肉定食とおにぎりとお茶をデリバリーした。

四十分ほどして内線電話が入ってフロントに食事が届けられたらしい、運んでもらう。

 腹を満たし、シャワーに入ってひと寝する。

夜、八時に電灯を消してカーテンをし、窓を押し開けてカーテンとの間に身体を収めてスコープで邸宅を覗く。

カーテンが閉められて室内は見えない。

しばらく覗いていると茶の間の電灯が消えた。時計は午後九時を告げている。

若い奴らは二階へ行ったのだろう皓々と電灯が点いている。

一階は離れに薄く灯りが見える。

年寄りがいるのかなと思った。

――ばあちゃんが生きてた時、布団に入っても電灯を小さく点けていたっけ……

森重の在宅を確認できていないので迷ったが、こっちの身が危ないので待ってる余裕はない、仕掛けようと決心した。

威力が最強のままになっているのを確認する。

二階に照準を合わせる。

先ずは昼間のうちに確認した階段の降り口の位置にあった窓を狙って撃つ。

ガラスの割れる音と壁が壊れる轟音が響き、爆発的に燃えだす。

――これで一階へは逃げられない……

続けて四つある部屋の窓を順に撃つ。

ガラスの割れる音などに混じって断末魔のだろう悲鳴が聞こえた気がした。

それから一階の玄関に向けて撃つ。

炎が母屋を包んでゆく。離れは十メートル以上距離がありそうだから大丈夫だろう。

しばらくスコープを覗いていたが離れから車椅子に乗った人と押す人以外、生きている人間の姿は見つけられない。

――誰も表に出てこないから、ひょっとして裏口でもあったか? ……まぁいいや……

ただ、灰塚森重の在宅を確認できなかったことに未練が残る。

ここまで一分も掛かっていない。

消防車のサイレンが聞こえだした。

 

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