第27話 鏡の中の自分

「忠人、お前は叔父さんを殺せるのか? 身内だぞ、それも極々親しい」

忠人は洗面所の鏡の前で、鏡の中の忠人に向かって指を差し声を出して質す。

鏡の中の忠人が泣いている。

「何が悲しくて泣いてるんだ?」

《分かんない。分かんないけど悲しい、お前は悲しくないのか?》

鏡の中の忠人が問いかけてくる。

「俺は悲しくなんかない。叔父さんを殺すか生かしておくか考えてるだけだ」そう答えた。

また鏡の中の忠人が、忠人に問いかけてくる。

《お前は何人殺した? ヤクザにだって家族はいる。強盗犯の三人にだって家族はいるんだぞ! お前叔父さんに、鬼! 鬼って何回も言ってたけどよ、お前こそ鬼じゃないのか? 殺された奴の家族に何の罪があったんだ。それに何故中茶屋を殺さなかった?》

「ヤクザなんて、やばいことばっかやって、いつ殺されるか分かんないってことを家族は知ってるし、暴力振るわれて別れたいけど怖いから一緒にいる家族だっているんじゃないか?」

《そんなの一般家庭の中にもいるだろうっさ。でもな、だからって全部の家族がそうだって言い切れるのか?》

「……ま、まぁ家族のことを持ち出されたら言訳はできないな。それと中茶屋は押入っては来なかった。一緒に入って来てたら誰かを刺したのかもしれないが、奴は運転手だった」忠人が答える。

《だろう、忠人! ここでお前が叔父さんとか中茶屋とかを殺したら、鬼どころか悪魔だ! もう仇討ちは終わったんだ。後は自分をどうするかなんだ?》鏡の中の忠人が訴える。

「えっ自分……を?」

《誰かが言っただろう、仇討ちが終わったら奉行所に報告するって、そうしないとただの人殺しになっちゃうって》鏡の中の忠人が言って、少し間をとってさらに《だから……》と続けた。

《だから、警察に出頭して、中茶屋の喋った言葉も伝えて、血の付いたシャツも提出して、すべてを話す。それがお前のすべきことじゃないのか?》

「……」忠人には鏡の中の詰問者に返す言葉が見つけられなかった。

「……わかった。仇討ちは終わりだ。すべて警察へ、だな」

忠人の中で吹っ切れた気がした。鏡の中の忠人も笑って頷いてくれた。

 

 もう一度風呂に入り顔をゴシゴシ洗ってから加奈子に電話を入れた。

「加奈子、全部終わった。結局、家に強盗入ったのは叔父さんが金で唆かしたからだった。四人目の強盗犯を捕まえたんだけど、哀れになって殺せなかった。考えてもう人殺しは止めた。そして、加奈子が言ったように警察へ出頭することにしたよ」

忠人は死刑でも良いと思い始めていた。彼女と暮らせなかったのが心残りだが人殺しにそんな贅沢は許されるはずはない、そう思うことにした。

「そう、決心してくれたんだ。ありがとう。その前に会いたいな」

「……俺も。……だけど、ヤクザに追われててアパートにも帰れないし、加奈子が俺と付き合ってるってばれたら加奈子に何かされたら大変だから無理なんだ。ごめん」

「そうよね。分かったわ我慢する」

「うん、警察にもヤクザの情報流したから警察の手が入って、俺どころの話じゃなくなると思うんだ。そしたら会えるけど、でもその時にはもう刑務所かな、ははは。上手くいかないね」

――そうだ。血の付いたシャツを車に置きっぱなしで来ちゃった……

「加奈子、また電話する。用事思い出しちゃった」

「うん、待ってる」

すぐ探偵に電話を入れた。

若い声が出た。

「あの~探偵さんお願いします」

そう言うと返事はせずに遠くへ「いっし~ん」と叫ぶ声が聞こえる。

探偵さんは確か、岡引一心だったと思い出した。

「はい、岡引です」

聞き覚えのある声が出てくれた。

「あの、田中芳次郎です」と答えた。

「ふふっ」探偵は一瞬笑って「失礼。どうしました?」と訊く。

「あの~突然で申しわけないんですが、銀座の歌舞伎座の南側に『銀の星』というパチンコ屋があって、そこの手前の角を左に曲がるとシルバーの車が停まってると思うんだ。もしかすると駐車違反の貼り紙有るかも知れない……」ここまで一息で喋って一呼吸おいてから続ける。

「血塗りのシャツとバットが車内にあるから警察へ届けて……」とお願いした。

「まず行ってみます。早い方が良いね」

「あぁ車番は……で、所有者は中茶屋俊介という警察が追ってる奴だから、そいつが喋った内容を録音して探偵さんに送ったんで、警察へ渡して下さい。じゃお願いします」

探偵が何か喋ったが切った。

車がまだあることを祈った。

もう一度加奈子に電話をして最後の会話を楽しんだ。

 

 

 一心は数馬に運転させて銀座へと急いだ。パチンコ屋「銀の星」をナビに登録しその指示に従った。

三十分でパチンコ屋付近に着く。

店周をひと回りすると該当車があった。駐車違反のステッカーがフロントガラスに貼られている。

リアガラスは砕け散っている。手袋をして探す。後部座席の下を覗く。何か有るようだが、一心では手が届かない。

「数馬、変わって。手が届かん」

「ちびだからな親父。ふふ」

「親をバカにするボンズ、五センチも変わらんくせに、……届くか?」

ごそごそやってようやく届いたようだ。

数馬が手を引いて掴んだものを引っ張りだす。

黒ずんだ染みのついた恐らく元は白いシャツだ。ビニール袋に入れる。

残りはトランクの中だ。

開けるとこっちも黒ずんだ染みの付いたバットが寝ころんでいる。それもビニールに入れてその場から浅草署の丘頭警部に電話を入れ事情を説明した。

待っててと言われて三十分。

時計を見たタイミングでけたたましくサイレンを鳴らしてパトカーが複数台やってきた。

「大袈裟だなぁ」警部に言うと、「雷門署からも来てるの」と言う。

もう一度と言われ田中芳次郎から電話が来たところから説明をした。

「一心、その田中芳次郎は、十年前の横浜で起きた強盗殺人事件の被害者の生き残りの長男植松忠人よ」

「あぁやっぱり偽名だったか。中茶屋の喋りを録音したメディアは未だ着いてないんだ。来たら署へ持ってくな」

「えぇ頼むわ」

「で、バットは誰を殺した凶器なんだ?」

「恐らく古市藤生。で、シャツは野田ら三人の強盗の誰かのもので血は被害者の誰かのね、みんなの血が混じってるかもしれない」

「そうすると二つの事件が一気に解決って訳か」

「そうなんだけど、最近、うちと目黒署と練馬署管内で起きてる灰塚晃成会の組員連続殺害事件はまったく未解決。もう二十人近く死んでる。頭爆死が八人。あとは車の事故や撃たれて死んだ」

「ほーテレビでも随分騒いでるよな。抗争か?」

「組長もはっきり言わないのよ。ただ、頭爆って野田、曽根崎と同じでしょ。きっと同一犯」

「そう言えば悪仲間の行岡なんとかいう奴は見つかったのか?」

丘頭警部は悲しそうにかぶりを振った。

「悪人でもさ、死んでるのなら早く発見してあげたいんだけどねぇ……」

「それで植松忠人は確保したのか?」

「それが行方不明なの。新横浜のアパートにも帰って無いし、仕事も休みっぱなしなのよ。事件に関係があることは間違いないんだけど、素人の男一人でヤクザを相手に二十人も殺せるとも思えないし、まだ分からないことが多いのよ」

「中茶屋は確保できた?」

「今日の午前中にボロボロになって署に来たのよ。助けてくれって」

「はっ誰から追われてるんだ?」

「それが話が支離滅裂でヤクザに追われて田中に撃たれて逃げたっていうのよ……」

「なんだそれ? ヤクザに田中ってのがいるってことか?」

「違うらしいの、この車をその田中に奪われたってさ」

一心にはどういう話なのかさっぱり分からなかった。

「じゃ、残りはヤクザを殺している犯人と行岡の行方だな」

 

 一週間後、一心のもとへ丘頭警部からバットから古市の血液と中茶屋の指紋がでて逮捕に繋がったと報告があった。

そして古市がそのシャツが強盗殺人事件の証拠だと睨んで中茶屋を脅し、それを中茶屋が野田らに話したら三人から金が振り込まれてきて、古市を殺せと言われたという事のようだ。

そのシャツからは被害者のDNAのほかに野田の汗が染みついていたので、前に押収したナイフと併せて強盗は野田、曽根崎、行岡、中茶屋の四人と確定し起訴したという。

ただ内二人は死亡一人は行方不明だ。

 

 その報告があった翌日。

殺害された社長植松太一の弟作次郎が妻の壮子に付き添われて浅草署に自首してきた。

金で野田ら四人に太一だけの殺害を依頼したが三人も殺すことになって罪悪感から自首することにしたと言う。

が、その自首の前に一心の元に田中芳次郎の名前で封書が届き、中のメディアを確認すると生き残った忠人と作次郎の会話が録音されていて、既に真実は分かっていたのだった。

作次郎はたった一人生き残った忠人に掛けられた保険金を受け取ろうとして、灰塚晃成会に金を払って殺害を依頼していたのだった。

浅草署でそれを作次郎に聞かせると頷いてすべてを認めた。

丘頭警部は晃成会の組員にその裏も取っていたのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る