第26話 アクション映画
必死で走った。
人通りもあるから撃っては来ないだろうと思いながら走る。
パンパンと音がして信号機の支柱で大きな金属の弾ける様な音がした。
――撃ちやがった。こんな街中で……
焦って角を曲がった。ずっとダッシュだ。
タクシーに乗り込む余裕もない。
敵は鍛えているだろうヤクザだ。このまま走ってたら捕まる……
突然誰かにタックルされ歩道に転がった。
「うわっ!」転がりながらそいつを見ると、ヤクザだ!
足を抱えられた。
蹴ろうとするががっちりと抱えられて上手く蹴れない。
――くっそー……しゃーない……
仕方なく銃を懐から出して引き金を引いた。
そいつの頭を狙ったが太ももに当たった。
「ギャーッ」絶叫してヤクザが太ももの千切れたところを両手で押さえて歩道の上をのた打ちまわる。血が辺りに飛び散っている。
車に撥ねられた猫の断末魔のようだ。
周りにいた人たちが驚いて悲鳴を上げて逃げ惑う。
――どうする? 忠人! どうする? ……ビルに入っても出口を押さえられたら出られなくなる……
――そうだ。地下街だ。そこなら広いから出口は沢山あるしビルにも通じている……
考えているうちに前方からも後方からも追手が続々と走ってくる。
逃げ場を失ってしまった。
銃を構えている。
――やばっ撃たれる……加奈子。こんなとこで死んじゃうかも……
――車道を渡れ! 加奈子の叫び声が……錯覚か? ……
そうだ、車道へ逃げるんだ! 自分に言い聞かせて、一か八か……
交通量の多い車道にいきなり飛び出した。
急ブレーキの音。怒鳴り声。
ジャンパーがミラーに擦る。
反対車線へ向かって走る。
ドン!
乗用車に撥ね上げられボンネットに乗せられたまま少し走って振り落とされた。
――ハードなアクション映画のワンシーンみたいだな。ふふっ……いや笑ってる場合じゃない!……痛ててて……
傷を見る暇もなく立ち上がって走る。
ヤクザも渡ろうとして銃を運転手に向けて無理矢理車を止めている。
――あぁ自分もあーすれば良かった……
渡り切ると丁度駅の入口あった。
駆け下り走る。
地下街をしばらく走って複数の商店や銀行、オフィスの入っている複合ビルの地下入口があった。
そこに飛び込んだ。
一階に昇って玄関近くから外を見る。
走っている人間はいない。正面に客待ちのタクシー。
思い切ってタクシーまで歩いてゆく。
――落ち着け忠人! 走れば目立つ。ゆっくり行けば人混みに紛れて分からない……はず……
「ゆっくり……」自分に言い聞かせながら近づくとドアを開けてくれた。
ゆっくり乗って……。一息ついた。
「お客さん! どちらへ行きますか?」
行先を言わない客に怪訝な顔を向ける運転手が言った。
――行き先など考えていない……
「あっごめん言うの忘れてた」といいながら必死に考え
「熱海の温泉街」と言ってしまった。
「あ~良いですねぇ温泉。旅館はどちら?」
「……熱海温泉ホテル」と答えた。
――そんなホテルあるのかなぁ……無いって言われたらどうする? ……
不安を抱えながら運転手の返事を待っていると
「あぁ分かります。私もそこに泊まったことあるけど部屋も綺麗だし、なんてったて温泉が良い……」
それからしばらくは運転手の温泉談義が続く。
「運転手さんの出身は?」
「へへへ熱海なんですよ」
「あぁそれで詳しいんだ」
「まぁ最近じゃ熱海も衰退気味でね。広く知られてるんだけど、あまりに知られ過ぎて行ってもないのに飽きられたと言うか……お客さんも、お土産に熱海のプリンとかチーズケーキっていうのよりハワイのチョコの方が嬉しいでしょ?」
「えっ、ま、まぁね」
――ハワイのチョコももういらないけどな……
「塩化物温泉が多いんだけど、神経痛とか切り傷なんかにも良いんだよ。硫酸塩温泉とかもあって、まあゆっくり浸かって下さい」
「えぇありがとうございます。で、どの位掛かります?」
「百キロはあるからホテルまで二時間半ってとこかな。料金はそうねぇ四万は越えるけど、サービスして四万円にしとくよ」
「そうですか、ありがとうございます」
――命の代償が四万円なら安いもんだ……
「そうだ、友達が急に来れなくなって、ホテルに連絡しなきゃいけないんだった」
そう言ってメモを探す振りをして
「メモ無くしたな……」わざと運転手に聞こえるように独りごちる。
ケータイでそのホテルを探して、電話する。
相手はすぐ出てくれたが、予約もしてないので話は中々かみ合わなかったが、最後には「一部屋空いてるから予約しておきます」と言ってくれた。
時間はとっくに過ぎてるけど夕食も簡単なもので良ければと用意してくれることになった。
「やっと話がついた。……あっ着替え置いてきちゃった」
わざとに大きめの声で言った。
「戻ります? 財布は?」
――あぁそっちが心配かい……
訊かれてポケットから財布を取り出し運転手を安心させてから
「財布は有るんだけど着替えが無い」
困った風に眉を下げて言う。
「いや、ホテルに売店があってお土産だけじゃなくって下着とかシャツやズボン、靴下まで売ってるから大丈夫ですよ」
「そう、ありがとう」良いタクシーに乗ったもんだと苦笑い。
「まだ一時間以上あるから、ちょっと寝てて良いかい?」
運転手に話しかけられないように釘を刺してから目を閉じた。
翌朝、ひとっ風呂浴びて食事を終え、伊東温泉ホテルに電話予約した。
追跡を逃れるためには長居は禁物だと、以前映画で観た記憶があった。
タクシーで伊東温泉までは、四十分ほどで七千円足らずだった。
部屋に入り叔父さんに電話を入れる。
「叔父さん、昨日向島で会ったあとすぐにヤクザに追われて危うく殺されるとこだった」
「それは大変だったな。怪我はしてないのか?」
「あぁなんとか、だけど叔父さんヤクザとにこやかに話してたけどどういう関係なんだ?」
強く咎めるような口調で糺した。
「いや、ヤクザかどうかは知らないが学生時代の友人に会ったもんだからさ」
言訳にしか聞こえない。……いや、自分が追い込まれてるからそう思えちゃうのかな? ……
「へぇ何て言う人? 二十代くらいの人に見えたけど」
「いや、あいつは昔から若見えなのさ、それより今どこにいるんだ。そこは大丈夫なのか?」
――如何にも心配している風に言いやがって……この野郎……
「ん、誰にも言わないでよ、また襲われたらやばいから」
「勿論だ。かみさんにも言わないよ」
「千葉市の駅前のビジネスホテルなんだ」
「そっかぁ、東京を出たんだ。まぁその方が安全かもな」
忠人はここで大きく深呼吸してから本題に入った。
「うん、それで訊きたいんだけど、叔父さん、十年前どうして親父を殺してくれって、野田福慶に頼んだの?」
電話の向こうで息を詰まらせる気配を感じた。
「な、何言ってんの、叔父さんがそんな殺しを頼むなんてするはず無いだろう!」
――何言ってんだ! 強く訴えたって俺は既に曽根崎と行岡からその話を聞いてんだよ……
「叔父さん、もう嘘は良いよ。曽根崎ら本人たちを脅して白状させたんだから、だから理由を言って!」
「……ま、待ってくれ、今自宅でこれから工場へ行かなくちゃ行けなくって……」
「工場ったって家の隣だろう。いいから言訳早く言って。叔父さんをどうこうしようってんじゃないんだ。理由を知りたいだけなんだ」
「……ちょっと金を使い過ぎて、専務の給料じゃ払いきれなくって、それで会社の金で……」
「使い込みしたってこと? それがばれて殺したのか?」
「当たらずとも遠からず」
「バカなこと言ってんじゃねぇ! 当たってんだろうがっ!」つい怒鳴ってしまった。
「済まん。でも沙耶さんと明希葉ちゃんを殺せなんて、誓っても言ってないから……」
叔父さんが泣き出した。
「泣くな! もう一つ、叔父さんと飲んだ時保険の話してたよね。俺、保険入ってるって言った」
「そうだったか? 酔ってたから良く覚えてないけど、それがどうかしたのか?」
「どうかした、じゃない! その金欲しくて叔父さんがヤクザに俺を殺させようとしたんだろう? もう違うなんて言わせない。あれからだからヤクザが俺を狙って来たのは」
「いや、そうはっきり頼んじゃいない」
「はっきりは言わずにどう言ったんだ?」
「いや、死んだら保険が俺に入ることになるんだと……」
「そうヤクザに言ったんだな!」
「……そ」
「酷いな。身内の保険を取るために殺人を依頼するなんて、鬼! お前は鬼だ! 人の心を持たない、非道な鬼だ!」
「いまさら言訳する気は無いが、本当に殺す気は無かった。ただ、死んだらって思っただけなんだ……」
「もう良いよ。頼んだとか頼まないとかどうでも良いんだ! 俺の両親と妹が殺されたことに変わりはないんだから、もう生き返らないんだから……だから、責任取ってよ」
「えっ責任って?」
「そんなことまで言わないと分かんないの? 良い、俺、叔母さんに全部喋る!」
「えっちょっ、ちょっと待って。それは困る」
「俺、叔母さんから、叔父さんから何か言われたら自分に電話してくれって、自分が叔父さんに言い聞かせるからって言われてるんだ。だから、叔父さんが何と言おうが叔母さんに話すからね!」
電話を切った。
――悲しいなぁ……父さん、母さん、明希葉……叔父さんが本当の犯人だったなんて……
「殺すか? ……」独りごちる。
頭の中で叔母さんの優しい笑顔が急に涙一杯の悲痛な顔に変わる。
――工場もやって行けなくなるよなぁ、働いているおじさん、おにいさん、良い人ばっかりだった。随分とお世話になった……あの人たちどうなっちゃうのかなぁ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます