第25話 パチンコ屋『銀の星』
昼間忠人はタクシーで北道大学へ行って卒業者名簿を調べた。
行岡が「野田の後輩の中茶屋俊介」と言ったのを思い出したのだった。
十年前の名簿から順に追った。
そして六年前の名簿にその名前を見つけて住所、電話を控え、その年の卒業アルバムを見せて貰って写真に収めることが出来た。
西浅草の小学校裏の小路にあるアパートの二階の一番奥とメモに書いた。
先ず、そこへ行ってみた。
近くに高級車が停まっていてスーツ姿の男が二人乗っている。アパートの方へ視線が向いている。
「警察か、奴は不在だな」
そう判断して向島へ行くことにした。
向島の言問通りの三叉路の角にあるビルの二階にカフェバーを見つけた。
信号近くの席からは三方向を見渡せる。
ちょっと遠目だがヤクザに出会う心配も無いし、中茶屋が通る可能性は低いかも知れないが情報不足は否めないから焦ってもしょうがないと半ば開き直っていた。
ハイボールの二杯目を飲んでいる時だった。
信号待ちしてる中年男をよく見ると叔父さんだ。
慌てて金を払って追いかけた。
「叔父さ~ん」
叫ぶと、男が振返った。
「おー忠人じゃないか。飲みに来てるのか?」
「いや、人探しで歩いてた」
「そう、彼女か?」叔父さんはそう言ってにやにやする。
「いやいや、そんなんじゃないんだ。叔父さんは飲み会?」
「あ、あぁ、業界の連中の付き合いさ、この先の料理屋でな」
「そっか、じゃ話してる暇ないね。行くわ」
「おー早く帰れよ」叔父さんはそう言って手を振って行った。
その後ろ姿を見送って忠人は反対側へ歩き出した。バーのある信号を曲がって小梅通りに入った。
適当に酔ってる奴らが大声で意味不明な会話をしながらぞろぞろ歩いている。
カップルも多い。ちょっと場所を変えるとこんなに人出が違うもんかと驚いた。
突然後ろから「じゃまだどけ!」
怒鳴り散らしながら走ってくる男の群れが見えた。
ヤクザだ!
近くにあった居酒屋の暖簾を潜って様子を窺う。
「いらっしゃーい」
後ろから元気の良い声を掛けられた。
ほぼ同時に男らが駆け抜けていった。
銃はバッグの中だがこんなところでは出せない。見つかったら最後だ。
でも、何であんなに大勢で探してんだ?
数分待って店員に「友達来れないみたいだから、ごめん、また来る」
そう言って、男らとは逆方向に走った。
客待ちをしているタクシーに飛び乗って「銀座四丁目。急いで」
運転手にそう言った。
走り出してすぐ運転手から見えないようにレーザー銃を組み立ててバッグに戻しておく。
信号待ちしてると、隣に停まった車の運転手がちらっとこっちを見た。
忠人が視線を向けると目を逸らせたが、中茶屋だ!
「運転手さん申しわけない、隣の車を尾けてくれないかい」
「銀座は?」
「その後で良い。ちょっと用事を思い出したんだ、隣の車の男に」
「あぁ友達ですか?」
「仕事上の付き合いがあるんだ。だから気付かれないように頼むわ、別に金払うから」
「へへへ、そう言う事なら張り切って」運転手の顔は見えないが舌なめずりでもしてそうな感じで言う。
忠人は学生名簿に書かれていた中茶屋のケータイ番号にダイヤルしてみる。
「はい?」相手が出た。
「中茶屋俊介ですね?」と訊く。
「あぁ」相手が分からないから不安げな声だ。
「田中芳次郎と言います。野田福慶さんの後輩です」
「あぁ、で、何の用?」
つっけんどんな言いようだ。
「預かりものがあって、渡してくれって亡くなる直前に頼まれて、何でも古市とか言う人と中茶屋さんのやったことを証明するものだって話なんで、渡してしまいたいんですけど」
「今、何処?」
「銀座に向かうタクシーの中です」
「ふ~ん、じゃ銀座の歌舞伎座の前で今からだと一時間後に待ち合わせで良いか?」
「えぇ大丈夫です。俺は中茶屋さんの顔分かりますから声かけます。……ということで、済みません銀座の歌舞伎座までお願いします」
「はいよ、ちょっと遠回りになったけど三十分くらいかかるかな」
「はい、お願いします」
着くまでの間、何故ヤクザがあんなに集まったのか考えた。やはり叔父さんが呼んだのだろうか?
父親だけでなく俺まで殺す気なのか?
忠人は叔父さんを疑った。
――それに康之もヤクザに繋がりがあるんだろうなぁ……やばい、加奈子の事を康之に喋っちゃった……
――いや……まさか……
タクシーを降り不安な気持ちを抱えながら歌舞伎座の前に立っていた。
時間よりやや早めに目の前に停まった車の運転席を覗くと中茶屋だ。
助手席の窓をコンコンと叩くと、ウイーンという音とともに窓が開きこちらを覗く顔が見えた。
「中茶屋さん、田中です」腰を屈めて顔を見せる。
中茶屋は怪訝な表情を崩さずに忠人を睨んでいる。
「十年前の強盗事件にあなたが関わったという証拠らしいよ。ここじゃ見せられないから、カラオケの個室にでも行きませんか?」
「いや、俺車だから車で話そう」
「あぁいいですよ」
「失礼します」忠人は助手席に座るとすぐバッグを開けてパソコンを起動して「これ聞いて」
行岡を殺った時の会話を聞かせた。……
「どう、あんたが四人目の強盗犯で証拠のシャツを持ってるって言ってたよね」
中茶屋は顔を引きつらせている。
そして歌舞伎座の駐車場に車を停めた。
「あんたのアパートの前で警察が張ってるよ。もう帰れないよ。ふふっ、どうする?」
忠人は助手席から一旦降りて後部座席の下を覗き込む。
「あれぇまだここに隠したまんまなんだ、ははは、どうして燃やしちゃわないの?」
「始めは、誰かが裏切ったら警察へ送ってやろうと思ってた。野田が死んでその必要も無くなったんだけど、何処でどうやって燃やしたらばれないのか考えているうちにそのままになっちまったんだ」
「ふーん、じゃ俺貰ってあげるよ。綺麗に処分したげる」
「なんであんたがそんなことするんだ?」
「まだ気付かないの。鈍いねぇ……」
忠人は助手席に座り直して、バッグから銃を出して中茶屋に向ける。
「これ強力なレーザー銃でね、人の頭吹き飛ばすくらい簡単なんだ。ふふふ、もう十人以上殺ったかな。野田も曽根崎も行岡も俺が殺った。それ以外に俺を追いかけ回したヤクザを十人くらいは殺ったかな……お前も死にたい?」
「なんでお前が?」
「バカじゃないの。俺はお前らが十年前にやった強盗の被害者の生き残りだからに決まってんじゃん!」
忠人は銃身を中茶屋の腹にめり込ませる。
「ぐぐっ」呻いて身を捩る。
「お、俺は外に居て殺しなんて知らなかったんだ」そう言ってもう泣いている。
――こいつも男のくせにすぐ泣くし……腹立つ……
「そんなことはどうでも良いんだ。俺は復讐してんだ! 十歳の妹をなんの躊躇もなく刺し殺したんだ、お前たちは!」思いっきり腹に力を入れて怒鳴りつけた。
「済まない。反省してるんだ。許してくれっ!」涙を流して謝る中茶屋の頭をグリップで思いっきり殴った。
「ぎゃっ」叫んで押さえた手の平に血がべっとりと付いている。
「なぁ中茶屋、殺されるのは怖いか?」
「怖い、助けて……」ぷーんと小便の臭いが漂って来た。
「くせー、ちびるな!」もう一発殴った。
「ぎゃっ」叫んでまた血の川が新たにできた。
「何で、横浜の小さな町工場を選んだんだ?」
「何でも、そこの社長の弟から一人百万合計四百万円で頼まれたんだ」
「家族を殺せと言われたのか?」
「いや、言われたのは社長だけ、あとは成り行きだって聞いた」
「古市を殺したのは誰だ?」
「俺」
「名前をちゃんと言え」
「中茶屋俊介が古市藤生をバットで殴り殺した」
「そのバットは?」
「この車のトランクに入れたまま」
「そっちの凶器も捨ててないのか?」忠人は半ば呆れて嘲笑った。
「怖くて捨てられなかった」
「……もう良いわ。お前この車を俺にくれ。良いな!」
忠人は中茶屋が頷くのを待って「じゃ、車を降りろ。そして一生懸命に走れ! 十数えたらこのレーザー銃で撃つ。射程は一キロあるから、それとスコープついてるから必死に逃げないと頭なくなるぞ! 行けっ!」
中茶屋はビビり過ぎて車から降りれないでもたもたしている。
「テン、ナイン、エイト、……」
忠人は中茶屋を睨みつけながらゆっくりとカウントダウンを続ける。
「うわーっ」
ドアも締めずに駆けだす中茶屋の後ろ姿を見て、忠人は大笑いをしてやった。
運転席に座り直して、中茶屋に向けてレーザーを照射する。
中茶屋がもんどりうって転がっている。
足下のアスファルトを狙ったのだが、破片が足に当たったのだろう。
「ぎゃーっ」
悲鳴を上げて転んだ。そして立ち上がってダッシュする。
それを見て忠人はまた笑った。人殺しが命を惜しんで必死で逃げるさまが可笑しかった。
中茶屋の姿が、十年前強盗犯にビビッてちびったあの時の自分の姿に被る。
前を見てハンドルを握りバックミラーを眺めながら、録音器を止めて車を出した。
車道に出ると、突然前方に車が二台現れた。二車線の道を塞ぐように、一台は反対車線を、もう一台は忠人の車の真正面をゆっくり近づいて来る。
今度はこっちがビビる番らしい。
ライトを上向きにしても道を空ける様子は無い。ヤクザだ。
窓を開けて銃を対向車に向けて撃つ。
たまたまレーザーがタイヤに命中したようでいきなり真正面の車の方へ向きを変え衝突した。
弾みで正面が空いた。
思い切って突っ込んだ。
パンパンと音が聞こえた。
すれ違いざまに相手を見ると拳銃を構えている。
――やばっ――
アクセルを思いっきり踏んだ。
リアガラスが音を立てて崩れ落ちた。
ギンギンっと弾丸が車体に当たっているのだろう滅茶苦茶音がする。
角を曲がって建物の陰に入って静になった。
ジグザグに曲がって……しばらく走ると前方に客待ちのタクシーが停まっているのが目に入った。
手前の角を曲がって停まり、走ってタクシーに飛び乗った。
「銀の星」というパチンコ屋の前だった。店内の酷い騒音がそのままの外まで届いて騒がしい。
「品川駅前のホテルワイズ」
たまたま見かけたホテルの名前だった。
――空きがあるかは分からない……当たって砕けろ! ……
浅く座り直し背もたれに寄掛かって身体を低くした。
しばらく走ってから後ろを覗いたが尾行車はいないようだ。
目的地に着いて車を降りると、後ろに停まる車があって……ヤクザだ!
――やばい、いつの間に……こんどこそ殺られる……
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