第24話 裏切り
唯一思い当たったのは、行岡を誘拐したときだ。
あの駐車場の監視カメラで出てきた車を調べて、車番から持ち主を割り出し、免許証の写真と田中の顔が一致したので警察が田中は植松忠人だと断定する。そして雷門署の署長が灰塚に漏らす。
であれば、素性がばれたことが腑に落ちる。
もう、アパートには帰れない。
どうする? ……考えているうちに車はいつのまにか練馬に入っていた。
……その「練馬」の文字を見て思い出した。
確か練馬の高野台に中学からの親友だった下平康之(しもひら・やすゆき)がいたはずだ。遊びにも行ったから近所まで行けば分かるはず……。
高野台という看板を見つけてからは道路の記憶を辿りながら進んだ。
ケータイを見たが登録していなかった。
一戸建ての二階屋で結構高い塀が周りを囲っていたはずだった。
一時間近く探してやっと見覚えのある変わった家を見つけた。三階建てで外壁が六角形をしている家。その角を曲がって三軒目くらいだったはず。
……見つけた。表札に「下平」とある。
車を近くの「売地」と掛かれた看板の有る更地に停めてインターホンを押した。
バッグにはパソコンとばらしたレーザー銃を忍ばせていた。
室内灯が点いて「誰?」康之の声だ。
「夜分わるい植松です」
「えっ中学校から一緒だった?」
「そう、遅くにごめん」
ドアが開いた。
「まぁよく来た。場所わかったか?」
「いや、ちょっと探した」
「で、どうしたんだ?」
「中に入れて貰える?」
「あぁごめん気付かなくって」
リビングに入ると感じが大分変わっていた。高級そうな絵画や鹿の角、サイドボードには高そうなウイスキーかブランデー。足下の柔らかいのはカーペットではなく絨毯という奴だろう。
「実はちょっとヤクザに追われててさ、家に帰れないんだ」
「えっじゃ警察呼ぼうか?」
「いや、それはまだダメなんだ」
「ふ~ん、何か事情がありそうだな」
「うん、細かい話は出来ないけど、両親と妹が殺されてるだろう。それで大人になってその犯人を見かけちゃって……」
「それがヤクザだった?」
「ま、まぁそういうことだ。で、周辺を調べてたら、ばれて逆に追われてる」
「で、どうするんだ? ここにいるうちは大丈夫だろうが、いつまでもって訳にはいかないんだろう?」
「ちょっと考える時間欲しいんだ。二、三日ここに居させてくれないか? その後はホテルとかに泊まる。最悪一晩でも良いんだ。今からじゃホテルにも泊まれないし」
「あぁ良いよ。俺一人暮らしだから。けど、一応彼女いるから休みの日には来てあれこれ世話してもらってるんだよ。それまで三日あるからそれまでなら良いよ」
「突然で悪いな」
忠人は財布から万札を数枚テーブルに置いた。
「飯とか食わせて欲しいからその分」
康之はにこりと微笑んで「分かった。じゃ部屋は二階のひと部屋空いてるからそこ使って、ベッドもある」
冷蔵庫から缶ビールを出して、「再開を祝して乾杯でもしようや」
缶をぶつけてから互いに近況を話したりした。
加奈子という恋人がいることも話した。
康之はさくらと大学三年生まで付き合っていて別れたと言った。今の彼女は、尾木ひまり(おぎ・ひまり)というすらっとしたショートカットの良く似合う可愛い娘だと惚気た。
康之は明日も仕事だと言うので日付が替わる前にはベッドに入った。
朝、起きると康之は既に出勤したあとのようだった。
加奈子に電話を入れ夕べの話をした。
「危険だから、俺のアパートには近づくな」と釘を刺しておいた。
そして「お父さんとお母さんに、世話になった。もう出勤できないから工場を辞める。電話で済まないと言って」と頼んだ。
彼女の事を知られると何をされるか、それが一番怖かった。相手はヤクザだ『何でもあり』と考えていた方が良いだろう。
ただ中茶屋俊介という男をどうするか決めかねていた。
あっと言う間に夕方になって康之が帰ってきた。
弁当を食べてビールを飲んだ。
十一時になって寝ることになってベッドにもぐりこんだ。
いつの間にか寝てしまったようだったが、人の声で目が覚めた。
ドキッとしてカーテンの隙間から外を覗くと何人もの男が向かってくる。
「何っ! どうしてここが?」
と、思ったが、理由ははっきりしている。
急いで銃を組み立ててベルトに差しバッグを持ったまま窓を開けて下の屋根にそっと立つ。
腰を低くして屋根の端に一旦ぶら下がってから飛び降りた。
ジャリっと音がして、「あっちだ! 飛び降りた」
叫び声が静かな住宅街に木霊した。
忠人は歩道を走った。
「いたっ! 追えっ!」
幾つもの足音が追いかけてくるようだ。
銃を脇の間から後ろへ向けて撃った。
どこへ照射したのか後ろの足音は変わらなかった。
――やばい、その辺の住宅に撃ち込んだら大変だ……
「やはり構えないと当たらないか」
ひとり言を放って、振向いて腰の位置で銃口を水平にして引き金を引いた。
ブシャッ!
頭を爆破されもんどりうってひっくり返った。
「撃ってきたぞ。撃てっ!」
パンパンパン……ヤクザが撃ってきた。
一メートルほどの側溝に飛び降りて反撃する。
三人倒した。
残った二人は怖気づいたのか足が止まった。
忠人は頭を狙って撃った。
ブシャッ!
頭が無くなった。
「ギャー」悲鳴をあげて残った一人が逆方向へ走ってゆく。
ゆっくり狙ってそいつの頭も爆発させた。
それからまた走った。小路へ入って走った。
たまたまタクシーが客を降ろしたところに出くわした。
降りた客は足元がおぼつかない様子でふらふらと門の間に姿を消した。
顔を見られないようにその場を離れまた幅広の通りにでた。
遠くから車が三台連なって近づいてくる。
側溝に身を潜めやり過ごす。
少し離れた場所に停まって十人くらい降りてきた。皆銃を持っている。
さらに二台が細い道にも入って探し始めた。
何時までもここには居られないと覚悟を決める。
表通りを走り過ぎた車のタイヤを狙って撃つ。
タイヤがバーストして電柱に激突する。
よたよたと男が三人出てきた。レーザーを絞って狙撃する。
頭をぶち抜いた。
近くに足音がするので振返ると男がこっちを睨んでいる。
銃を向けて撃ってくる。
左腕に激痛が走る。撃ち返す。スコープを使う余裕がないので相手の太ももを掠る。
男は何発も打ちながら走り寄ってくる。
足元で跳弾する。
負けじと銃口を横に払うようにして引き金を引く。
男の太ももから血が真一文字に吹き出した。
胴体から切り取られた足はバランスを失ってごろんごろんと道路を転がって忠人の目の前まで転がってきた。
足を失った胴体や頭部は何が起きたのか信じられない風な形相の顔面を伴って、勢いをそのままに地球の重力に加速度的に引き寄せられて顔から舗装道路に突っ込んだ。
側溝から這い出ようとしたとき、一瞬男が顔を上げた。
忠人はその顔を見て恐怖が体中を駆け巡り動けなくなった。
――ゾンビだぁ! ……
顔が道路に激しく擦り付けられ皮膚を剥がされ血まみれの肉の塊となった顔。その口と思しき場所が大きく開いて何かを言いたそうに手を伸ばしかけてドサッと崩れそれっきり動かなくなった。
誰かが大声で叫んで仲間を呼んでいる。
その声で忠人は我に返り側溝を抜け出し自分が裸足なのに気付いて死んだ男の靴を履いた。
前から近づく車が見えた。レーザー光のパワーを最強にして車を撃つ。そして走った。
車が爆発して数メートルの高さまで跳ねあがり、破片は四方へ飛び散る。近くの民家にも破片が飛んでガラスの割れる音が響いた。
本来なら車の行き来も少なく静かなのだろう。
かなり大きな残響が他の音に消されること無くしごくゆっくりとボリュームを絞ってゆく。
パトカーのサイレンが微かに聞こえてきた。誰かが騒ぎを聞きつけて通報したのだろう。
車は置いたままにしてきた。もうどうしようもない。
映画の中のワンシーンに取込まれたような錯覚さえ覚える。
奴らの車はまだ残っている。男達の怒鳴り声が聞こえている。声が響いて距離や方角が分からない。
橋に出た。橋の下に潜る。銃をバッグに入れて水に付けないよう持って橋の真下を対岸まで泳いだ、とは言っても殆どの場所は浅くて足がつくので歩いた。川の流れはけっこう速い場所もあったが流されずに渡り切れた。
夏でなければこうはいかなかった。パトカーが次々とやってきて橋の上を通り過ぎて行く。事故車と爆発した車の後処理や死傷者の確認など大変な作業が待っているはずだ。救急車も三台橋の上を通過していった。
ケータイをズボンのポケットに入れたままにしていて水に濡れてしまい使えなくなった。
今更後悔しても仕方がないので河岸を下流に向いて歩き始める。
わりと近くに公衆電話を見つけた。
加奈子に状況を説明し居場所を教えて、着替えを頼んだ。
道路わきにしゃがんで辺りを警戒しながら待った。三十分程で空色の軽自動車が停まった。
礼をいって車内で身体を拭いて着替えた。
撃たれた左腕の弾丸は貫通していた。縛っているが血は止まっていない。
加奈子に医者に連れて行くと言われ、仕方なく「シカゴ」のちかママに電話して医者を紹介して貰った。
お水の女たちがおろすのによく使うと言う医者だ。秘密は守られると言っていた。
「骨には達していから大丈夫。止血したしすぐ良くなる」
医者に言われ忠人より加奈子の方が安心したようだった。
そのまま加奈子に品川のビジネスホテルまで送ってもらった。
途中、何カ所かでキャッシュカードを渡し暗唱番号を教えて二百万円を下ろして貰い「残ったお金は加奈子が使って」と言ってカードをそのまま預けた。
握り飯とお茶を買い、ホテルに入る前に黒子と髭と眼鏡で変装した。
そこで加奈子と軽くキスをして別れた。
ホテルでは高所恐怖症だと言ってなるべく下の階をお願いした。
二階の非常階段のすぐ傍の部屋のカードをくれた。願ったり叶ったりだ。
逃亡者なので宿泊カードに田中ではない偽名を書いた。効果は分からない。
部屋に入るとすぐベッドに倒れ込んだ。体力的にも精神的にも限界を感じていたのであっという間に気絶した。
……死んだように寝ていたのだろう。目が覚めた時は陽が高く時計は十一時を示している。
それまで気づかずにいた。
二泊にしていて良かったと思った。
その日は外出せずにテレビを見ていた。
前夜の銃撃戦が報じられ暴力団の抗争事件だとキャスターは説明していた。
死傷者は十数名に上ると告げている。
翌日、昼過ぎに加奈子が百万円と彼女名義で新たに契約したケータイを渡してくれた。
ホテルのレストランでトンカツ定食を一緒に食べコーヒーを啜った。
加奈子は事件の事を一切聞かないし話さなかった。気遣いが嬉しい。
部屋に一緒に戻って最後になるだろう愛を確かめ合った。
夕方、加奈子が帰ると寂しさに心が占領され、「心にぽっかり穴が開く」という言葉がぴったりだと思った。
中茶屋の事は無理だと思い始めていた。
その次の日からは都内二十三区のビジネスホテルやカプセルホテル、スパ、漫画喫茶などを点々と移動した。
その中で中茶屋のことに決着をつけないとどうしても復讐を終われないと思い、もう一度だけ浅草へ探しに行こうと決心した。
見つかれば命が危ういことは百も承知だ。
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