第20話 極秘会議

 忠人は釼崎灯台の事件から二週間は真面目に仕事をし加奈子とデートもした。

加奈子は何も言わないがすべてを理解しているようだ。

「来週、最後の仕上げする」

忠人がそう伝えると

「分かった」加奈子は悲し気に忠人を見詰め「気を付けて」とだけ言った。

翌日、仕事が終わってから探偵に捜査状況を知りたくて電話を入れてみた。

「テレビで、調査をお願いした曽根崎真二が殺害されたって言ってたけど?」

「どうしてだろうねぇ、田中さんが調べてと言った相手が三人中二人も殺害されるなんて……田中さん何か知らないの?」

逆に質問されてしまった。

「いえ、分からないので探偵さんに訊いてみようと思ったんです」

「そう、そう言えば被害者が持ってたナイフの血が十年前の強盗殺人事件の被害者の血だったそうだよ。そしてそのナイフに付いてた指紋が野田福慶のだったみたいだよ。これでその事件は解決なんだろうが死んじゃ逮捕もできない。確かその事件は三人組らしいからそいつが仲間割れでもして殺ったのかな」

「なるほど、探偵さんありがとう。また電話します」

忠人はそう言って切った。

翌日の夕方、行岡治澄が自分の車に乗るのを待った。

飲みに出るときはタクシーを呼ぶからその日は忠人は帰る事にしている。三、四日に一度くらいは夕方買い物とか用足しで車に乗っていたのだが、いざとなるとなかなか乗らない。

――まあそんなもんだ……

十日間無駄に新横浜と浅草の往復をしていた。

十一日目、昼からやっと車で出かけてくれた。

警察の尾行車を注視しながら後について走った。

新宿のデパートの立体駐車場の中に入って行くので後ろに続いて車を停める場所を確認する。

丁度その近くの車が出ていったのですかさずそこへバックで入れる。

そして銃を用意して帰りを待つ。

警察が何処で待機しているのか、車を降りて尾行しているのか分からない。

ただ、忠人の停めた同じ時刻に入ってきた車はなかった。

――チャンスはある。……緊張で汗が滲む……

待つこと二時間。行岡が買い物袋を下げて一人で戻ってくる。尾行はいないようだ。

警察は先に出口で待機してるのだろう。

背後からそっと近づき行岡が車のドアに手を伸ばしたところで銃を背中に当て

「大人しくこっちへ来い!」

背中を銃で突いた。

眉間に皺を寄せてこっちを睨み、銃に目を向けて悪人面をちょっと歪めてゆっくり歩き出した。

忠人の車の前まで来た時、「こっちを向け!」

怒鳴るとびくっとして振向いた瞬間、睡眠スプレーを顔に吹きかける。

行岡はろくな抵抗もできずにあっけなくその場に倒れた。

引きずってトランクに身体を押し込み、結束バンドで手足を拘束した。

行岡の身体を点検しズボンのポケットに入れてあった携帯の電源を切って忠人のポケットにしまう。

トランクを閉め、サングラスを掛けキャップを被ってジャンパーの上にさらに赤いジャンパーを羽織って車を出した。

ゆっくり道路に出る。

一時停止もきっちり停まる。近くに二台スーツ姿の男が乗った車が見えた。

道路を走り出してもその車はついて来ない。

奥多摩を目指す。

高速道路にはカメラがあるので下の道を走る。百キロ近い距離があるので二時間は掛かるだろう。

駐車場を出たのは五時前だった。

安全運転を心がけた。つまらないところで警察に止められたら計画がおしゃかだ。

事前に調べてある奥多摩の処刑場を目指し森の中の道を走る。

目印になるようなものが無い場所を選んだので多少迷って苦笑いする。

着いたのは八時だった。

トランクを開けると行岡はすでに気が付いていた。

「てめぇ、何しやがる。俺を誰だと思ってるんだ」勢いが良いまるでヤクザだ。

「あんた行岡治澄だろう。これからお前を殺すんだよ」

忠人は務めて平常心で答えた。

それで行岡は顔色を変え黙った。

行岡は歩けないから重たい行岡の襟を後ろから掴んでを引きずった。太い幹に寄掛からせて質問を始める。

――ここが処刑場だ……やっと着いた、これで終わる……

「十年前の強盗殺人事件のことだ。曽根崎や野田のようになりたくなかったら言え!」

行岡の顔から血の気が引いて真っ青になり、そして引きつっている。

「どうした。言わないで死ぬか? どっちでもいいぞ」

死をまじかに感じ始めその恐怖心が頭の片隅から全体に膨らんできたのだろう顔がブルブルと震えてきた。

「言わないようだな、じゃ」そう言って銃を行岡の頭に当てる。五、四、……」

カウントダウンを始めると、

「待て、強盗は認めるが殺したのは俺じゃない」

まだ脅しの一発目も撃ってないのに股間に染みが広がり臭って来た。

――ビビりのくせに他人にはでかい口を叩いて……

「先の二人も同じ事言ってた。そんな事より何故あの家を狙った?」

「それは、野田が頼まれて、……」

「誰に?」

「植松作次郎とかいうそこの社長の弟らしい」

「ふーん、金貰ってか?」

「一人百万だった」

「たった?」

「後は従業員の給料が工場の金庫にあると言われた」

「あったの?」

「それが無くて、頭にきて……」

「それで殺したんだな。三人でか?」

「あ~押入ったのはな」

「ん~他にもいたのか?」

「あ~見張り兼車の運転手で野田の後輩の中茶屋俊介ってのがいた」

「ほ~それは知らなかった。ありがとうよ教えてくれて」

「お前が中茶屋に振り込んだ二百五十万円は何の金だ?」

「……あれは強盗事件とは関係ない」

「だから、なんの金だと訊いてる。足を吹き飛ばされないと言えないのか!」

行岡はぷいと顔を逸らす。

忠人は黙って引き金を引いた。

股間のすぐ傍で土が勢いよく弾ける音がして穴が空く。

「わかった。助けてくれ! 金なら一千万払っても良い……」

――またちびりやがった……

「だったら、訊いたことに答えろ!」

「わ、わかった。あれは古市を殺すかわりに払った金」

「なんで古市をお前ら三人が殺さなきゃならないんだ?」

「十年前の強盗事件で中茶屋は見張りで現場にいたんだ。逃走用の車の運転もした。それをあいつに脅されて……」

「どうしてばれたんだ?」

「野田が血の付いたシャツを車中で着替えて、脱いだシャツを座席の下に隠したんだ。それをそのまま忘れてて、たまたま古市を乗せた時に気付かれて、それで……」

「で、そのシャツは?」

「中茶屋がそのまま持ってるんじゃないかな。野田らに殺られそうになったら、強盗の証拠を残してるから俺を殺ったら道連れにしてやると言ってたらしいから」

「ほー、じゃ一千万払ってもらうか、お前の親父は金持ちだからな。それにしてもお前ら三人、レイプし過ぎだろう」

「あれは、野田がやろうって、……」

「お前も喜んで女を何人も何人も犯ったんだろう! ひとのせいにすんな。おまけにヤクの売人までやって……そういや、お前の親父もヤクに絡んで、暴力団と警察署長と悪だくみしてんだろう?」

「……」

「ほー黙秘か? ここは警察じゃないからそんな手は通用しないんだよ」

忠人は引き金を引いた。

行岡の頭の上の木がバキバキッと大きな音を立てて折れた。

行岡の左肩をかすめた。多少肉を削ったのかもしれない行岡が悲鳴をあげた。

服が破れて血が流れ、着ているものが赤に染まって行く。

「うわーっ痛てー、 救急車呼んでくれっ! 頼む! 何でも言う事を訊くから、頼むぅ……」

涙をぼろぼろ流して頭を地面に擦り付けて叫んでいる。

「お前は、相手がどんなに嫌がっても許してと言っても犯ったし、ナイフで刺したんだ。相手の気持ちを思い知れっ!」

忠人は五歩下がって引き金を引いた。

ブシャッ!

頭が爆発し消滅した。忠人の足元近くまで血が飛び散った。

行岡のケータイを何度も足で踏みつけ粉々にした。

 

 車に戻って缶コーヒーを口に含んだ。

泣けた。コーヒーを飲み込んで、声を出して泣いた。

「明希葉ーっ! 父さん、母さん、やったよ。仇討ちやったよ!」

車を走らせながらも泣いた。

タイヤ痕から捕まるかも知れなかったが、もう良いと思った。

 

 

 行岡治澄が姿を消したデパートには車が置きっぱなしになっていた。

捜査課は殺人者に誘拐されたと考えたが、どこを探せば良いのか分からない。

二週間が過ぎたが事態は動かなかった。

市森は岡引探偵が情報を提供してくれた凶器について捜査会議で報告した。

「凶器について爆弾の可能性は破片が発見されておらず少ないと思います。極超短波銃或いはレーザー銃による可能性が高いと思います。専門家の文献によれば発射音や照射音は無く、照射部分は高温に熱せられ頭部のような周りが固い場合内部が蒸発して一気に破裂することはあるそうです。

それで、横浜の強盗殺人事件の直後米軍基地で窃盗事件が発生し、犯人は検挙されたものの銃が一丁未発見のままとのことであります。その銃がレーザー銃であれば、今回使用された可能性があると考えられます」

報告の信ぴょう性に一抹の不安はあったが事件が降着している以上、何か突破口が欲しくて敢えて言ってみた。

――もう課長に怒られても良い! なんとか先へ進まなければ……でも課長怒らないで! ……

「市森、米軍には本庁を通じて照会してみよう」

課長が怒らずに前向きに捉えてくれた。

――やったぁ~流石、課長だぁ……

「ありがとうございます。それと二人を殺害した犯人なんですけど、浅草の岡引探偵の事務所に田中芳次郎という人物が、写真を持参してその身元を調べて欲しいと依頼し、調査の結果、それが野田福慶、曽根崎真二、行岡治澄の三名だったと分かりました。行方不明の行岡を含め何らかの関係があると思われ聞き取りしたいと考えています」

「それは容疑者という意味か?」と、課長。

「その可能性もあると考えます」

「よし、柴井、一緒に捜査に当たれ!」

捜査会議では、野田署長、灰塚晃成会、行岡布市社長の関係についてはテーマに上がらないが、会議終了後、課長に市森、柴井ほか三名の刑事が会議室に残された。

課長がこれまでの各捜査員の話を纏める。

「……結局な、ヤクの仕入れと販売を灰塚、署長はそれを見逃す、代金は行岡に渡り、それを代議士に渡す。見返りは建設業の仕事が割り当てられ利益が出る。その一部が署長にも渡る。そんなとこかな?」

「ちょっと署長の役割が薄くないですか? もう少し重要なことを担当してるような気がするんですが……」と、柴井。

「なら、そこを調べろ。極秘でな。このメンバー以外には他言無用な!」

力強く全員が返事をして会議を終えた。

 

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