第19話 相手の気持ち
七月三十日に忠人は動き出した。
「お前が野田福慶と行岡治澄とで横浜の強盗殺人をやったのは野田から聞いて知ってんだ。野田から凶器のナイフを預かってくれって言われて未だに持ってるからな。最近お前のとこに警察が行ってんだろ。ついでだからこのナイフ警察に届けるかなぁ……それが嫌なら一千万で買ってくれないかなぁ。ふふっ俺金なくってよ」
忠人は声を作ってヤクザっぽく喋った積りだった。相手がどうでるか賭けだった。
「何の話だ? 俺、殺人なんか知らん!」
「ほーそっかぁ。じゃ切るわ。悪かったな間違い電話。これからナイフを警察に届ける。善良な市民の義務だからな。じゃ」
そう言って電話を切ろうとすると
「待って、待てよ」
曽根崎は言った後沈黙している。
「何か用事か? お前に関係ないんだろう。俺、こんな血の付いたナイフいつまでも持っていたくないんだ。野田が死んだから、もう関係ないから……」
そう言って少し反応を待ってみる。
「分かった。買う。買うが今金が無い。ひと月待ってくれ!」
「ばーか、そんなに待てるか。待っても二日だ。金なかったらまた強盗でもやれば良いじゃん」
相手を追詰めた積りだ。
「ご、強盗なんて、できるかよ」曽根崎の声が震えている。
動揺しているんだと思うと可笑しい。強盗のくせに……。
「やれや、仲間の行岡にでも頼んだら、奴も仲間だって野田が言ってたぞ」
「あ、あぁそうだな、あいつも犯罪ばれると思ったら金出すかもな……」
曽根崎は忠人の誘導尋問に乗せられ行岡に金を出させれば良いんだということに気付いたようだ。
「じゃ明日の夜電話するからその時までに金をどうするのか決めとけ、良いな」
「分かった。一千万円だな」
「そ」
忠人はそれだけ言って電話を切った。
何か上手くいき過ぎて可笑しくなって笑ってしまった。
――ほんとに映画俳優にでもなった気分だ。……楽しい……
翌日の夕方、曽根崎に電話を入れた。
「どうなった?」
「金は用意した。どうすれば良い」
「ほー流石金持ち、一千万くらいどって事ないんだな。それなのに何故強盗なんかしたんだ?」
「それは、……野田が誰かに頼まれて、断れなくって俺と行岡に声をかけてきたんだ」
「誰から頼まれたんだ?」
「そ、それは言えない。関係ないだろう」
「ま、良いわ。今五時だから。……じゃ、七時になったら金持ってタクシーでスカイツリー駅まで来い。その時警察の尾行がついてるだろうから、一旦雷門前で降りて仲見世通りに入って、真ん中辺にある田崎土産店の表から入ってすぐ裏玄関からでて、走って馬道通りへ出たらタクシーが大体客待ちしてるから乗ってスカイツリー駅まで来い。
そこの正面から入って店の中を少し歩いて尾行の無いことを確認して裏からでてこい、車が停まってるからその助手席に乗れ」
「わかった」
忠人は支度をして五時半に新横浜の家を出てスカイツリー駅の駐車場に向かった。
七時を十五分ほど過ぎたところで、スカイツリー駅の公衆電話から曽根崎に電話を入れた。
「どうだ?」
「あぁ、尾行はいたが仲見世で振り切った。あと五分で付ける」
「わかった。シルバーの小型車だ。目印で窓に白い紙貼っとく」
それから五分が過ぎたが来ない。
……待たされる。
十分近くなってから助手席のドアが開いて曽根崎が乗ってきた。
「金は?」
黒いバッグのチャックを開けて帯付のついた十個の札束を忠人の方に向ける。
「後ろの座席に置いてくれ」
曽根崎がバッグで殴りかかって来ないか心配で身構える。
バッグが後部座席に置かれるのを待って
「シートベルトして。少し遠回りして家の近くまで送る」と言って忠人は車を走らせる。
曽根崎はシートベルトを締めて「ナイフは?」と訊いてくる。
「ダッシュボード」
手を伸ばすがシートベルトでそこまで届かない。
「心配すんな。着いてからで良いだろうが」
曽根崎は不満そうに忠人を横目で見ながらシートベルトに手をかけた。
目がシートベルトに向いた瞬間を捉え忠人は睡眠スプレーを曽根崎の顔に吹きかけた。
もがいたが短時間で大人しくなった。
頭を窓側に押し付けて眠らせておく。
目的地までの距離はおよそ百キロ、一時間半ほどかかる。そこが曽根崎の死に場所になる。
ひとり殺していると思いのほか落ち着いていられるものだと自分に驚く。
釼崎の灯台の灯りが見えてきた。
道が悪くかなり揺れたが曽根崎は眠ったままだ。
灯台まで百メートルほどの距離を革手袋をはめて曽根崎の襟を掴んで引きずった。それでも起きない。
灯台の壁に曽根崎を寄りかからせ、靴を脱がせ放り投げ、結束バンドで後ろ手に拘束する。
頬を力を入れて二度、三度と叩く。五メートルほど離れて様子を窺っていると、目覚めたようだがすっきりしないのだろう、かぶりを振っている。
「おはよう」
声を掛けると忠人に気付いてビクッとして今にも泣き出しそうな顔をする。完全にびびっている。
「誰だ? 何でこんなことする。金はやったんだからナイフを返せよ」
「ナイフはお前のジャケットの中に入れてある」
曽根崎はジャケットの内側を確認しようと首を折って覗き込む。柄が見えたのだろう。
「本物か?」
「あぁ野田が庭に埋めてた奴を掘り出したんだから……そんなことはどうでも良い……さあ言って貰おうか」
「何をだ?」
「十年前の強盗殺人事件についてだ! 誰に頼まれたんだ?」
「お前に何の関係がある?」
「ふふふ、俺はその生き残りだ」
曽根崎の顔が引きつった。
忠人はレーザー銃を向けて「野田の頭を吹き飛ばしたのは俺だ」
そう言って引き金を引いた。
ビシッと曽根崎の頭のすぐ横のコンクリートの壁がソフトボール大に抉れる。破片が曽根崎の顔に勢いよくぶつかり傷を付ける。
幾筋かの小さな血の川ができる。
「ひゃーっ」叫んでズボンの股に染みが広がってゆく。
「ははは、強盗殺人犯がなにちびってんのよ」大声で笑ってやった。
「ジュニアがちじこまって見えないんじゃないか」また思いっきり笑う。
「どうだ、殺されてゆく人間の感想は? 怖いか?」
「ゆ、許して……俺は野田に無理矢理にやらされたんだ。それに、刺したのは野田と行岡で俺は止めようとしたんだ……」可愛そうなくらい涙を流して言訳をする。
「誰かの依頼で強盗に入ったんだろう?」
「……」
引き金を引いた。
今度は開いて投げ出している曽根崎の足のつけ根近くで、土がはじけ飛んで水球のボール大の穴が空いて曽根崎に降りかかる。
「うわーっ」悲鳴をあげて身体を捩りそこから逃げようとする。
「動くなよ。腹にその大きさの穴を空けて欲しいのか」
怒鳴ると曽根崎は動きを止めてまたちびっている。
「で、名前は?」
「植松作次郎って奴だ。そこの社長の弟らしい。会社でいつも命令されるのが嫌で乗っ取りたかったらしい」
「なにっ! 嘘つくな。叔父さんが、そんなことで……何故母さんや妹まで殺したんだ!」
思いも寄らない名前が曽根崎の口から飛び出して、忠人は衝撃で頭が真っ白になった。
恐らく忠人の表情が鬼の形相に見えただろう。曽根崎は恐怖に怯えるように震えながら言葉を付け足した。
「言われたのは社長だけだった。あとは金庫の金を盗んで良いと言われてたけど、そこに金が無くて腹立ってたところへお前の母親が悲鳴をあげて騒ぐから思わず刺した……」
「妹は関係ないだろうがっ!」
「俺は二階へは行かなかったから本当のところは見てないけど、野田が騒いだから刺したと言ってた」
「そもそも二階へ何故行った?」
「金目の物が欲しかったから……」
「子供部屋に金なんか有る訳ないだろうがっ!」
そう言って引き金を引いた。
曽根崎の頭のすぐ上の壁が抉れ頭に傷を作った。
また血の川が増えた。
「もう止めてくれ! 頼む。金ならもっとやる。殺さないで……」
曽根崎は泣いている。強烈な異臭がしてきた。
「良い大人が恥ずかしいな。しっこちびって、クソたれて、声出して泣いて……どうして殺せって言わないのよ!」
「……止めてくれ! 殺さないで」
「お前、担任クラスの女子生徒をレイプしたろ? その娘は次の日自殺してしまった。プラス、生徒の母親に内申書がどうのと言って身体を求めたろう……それにヤクの売人やったり。お前に生きてる価値は無い。違うか?」
「わ、わかった。もうしない。もうしないから……」
レーザーが曽根崎の言葉を遮った。
右腕が途中で千切れて先の部分が血をまき散らせながら数メートル飛んだ。
「ぎゃーっ」悲鳴をあげて気を失った。
また頬を力一杯叩いて起す。
苦痛に歪んだ顔は別人と紛うようだ。
銃口を曽根崎にじりじりと近づける。
「止めろ」、「止めろ」、……
忠人が一歩進むたびに曽根崎は力なくその言葉を繰返した。
二メートル手前で足を止め「言い残すことはないか?」
「済まなかった。謝る。救急車呼んで。助けて。……」
そこまで言わせて忠人は最後の引き金を引いた。
ブシャッ!
頭が爆発して血や脳漿が忠人の足元近くまで飛び散った。
それから盗撮カメラと盗聴器のスイッチを切った。
悲しかった。叔父さんが、あの優しかった叔父さん。子供のころにはよく遊んでくれた。
何故、小さな町工場に強盗が入ったのか、両親と明希葉が殺されたのか、やっと分かった。
怖かっただろうと思うとまた涙が止まらなくなった。
叔父さんも殺すか……。
でも、叔母さんが悲しむし、工場を止めることになったら従業員のおじさん達が困るだろうし……
車を走らせながらずっと考えていた。
加奈子に言ったら何て言うだろう? ……だが、もう加奈子に近づくと、……共犯にされかねない。
次は行岡を殺す。
叔父さんの事はそれから考えようと思った。
*
雷門署に曽根崎真二の遺体を発見したと報告があったのは死亡推定時刻の翌日の昼過ぎだった。
カップルが景色を見に来て発見した。女性の方はその場で気を失って倒れたらしい。
頭部が爆発したように無くなっていた。腕も無くなっている。
神奈川の南下浦警察の捜査員がズボンのポケットにあった財布に免許証を見つけて身元が分かったのだった。
併せてジャケットの内ポケットに黒ずんだ血液らしきものが付着したサバイバルナイフを発見した。
住所が浅草だったことから雷門署に連絡がきて、課長が捜査中の参考人であることを告げ合同で捜査することになった。
捜査本部は連続殺人として捜査を開始した。
市森と柴井が曽根崎の教員住宅を捜索し引き出しに覚せい剤らしきものを発見した。
女子生徒を盗撮した写真も大量に出てきた。
トイレや更衣室。それにレイプされて自殺した生徒のレイプされている現場の写真もあった。
市森は怒りに震えた。
その生徒以外にもレイプされた生徒が何人も写されている。
「柴井! こいつも野田とおんなじ鬼畜だな。殺されて当然だ」
「こら、市森、……俺も同感だ」
市森は柴井に怒られるのを覚悟で言ったのだが……。
警官だって人の子だ、笑うし、泣くし、怒る。仕事時にはそれを理性で押さえているだけだ。
柴井が同じ気持なのを知ってちょっと嬉しかった。
夕方からは小高操の尾行についた。
三日後、南下浦警察署からナイフには指紋と血液が付着していて、指紋は殺害された野田福慶のものと特定され、血液はDNA鑑定に回したので一週間ほど見て欲しいといってきた。
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