第16話 私の為に

 そこへ浅草署の丘頭警部から電話が入った。

一緒に岡引探偵事務所へ遊びに行こうというお誘いだった。

久しぶりに探偵の娘の美紗に会えるかと思ってもろ手を挙げて行くと言った。

仲見世通りで串団子を買って浅草署へ行き警部を乗せて探偵事務所に向かった。

階段を昇ってガラス戸を開けるとすでに勢揃いしていた。

美紗もこっちを見て微笑んでいる。

お土産だと言って串団子を応接テーブルに置くと、同時に四方から手が伸びて……、同時に静の淹れたお茶がテーブルに並べられた。

岡引探偵から雷門警察署の野田洋署長が灰塚晃成会の灰塚森重会長と行岡建設(株)の行岡布市社長と向島のすし屋で密会をし、どうやら覚せい剤とその売買代金についての話をしていたらしい、と聞かされた。

数枚の写真がそれを示し、会話を録音した媒体を渡され、後で聞いてと言われた。

 野田署長の悪い噂を聞いたことはあるがここまで明確に言われると、迷った。

その気持が顔に現れてしまったのだろう。

「市森、何迷ってる。やっることは決まってんだろう」

例によって男言葉の美紗だ。言い方がきつい。

「あんたを呼んだのは事前に知らせるためさ、野田の息子は犯罪に関わってる。しかし、署長はまた捜査を妨害するだろう? だから本庁にお出ましを願う。所謂、監察だ。他言無用よ!」

丘頭警部の厳しい眼差しを向けられて市森は頷く以外何も出来なかった。

「私と一心とで本庁の応援を得て、その三者を洗う。覚せい剤は数年前に灰塚晃成会が海外から仕入れたらしいことは掴んでいたが押収には至らなかった。しかし、それだけでは何年もその売買は出来ないはずだ。そこで気付いたのは、警察が押収したヤクの転売」

警部が市森の顔をキッと睨んだ。

市森は自分の顔が引きつっているのが分かった。

「それは署長が保管庫から盗んだということでしょうか?」

「そうかもしれないし違うかもしれない」と警部。

「えっ……」市森はどう反応して良いのか分からず全員を見回した。

「だから、盗んだんじゃなかったら、廃棄物を横流ししたしかないだろう」

そう言ったのは数馬だった。

「あぁなるほど。で、自分は何を協力すれば良いでしょう?」

「ふふふ、署長に変な動き有ったら私に一報入れて欲しい。それ以外は何もしないで今まで通りにしてて。ほかの誰にも言わないでよ。署内の誰が署長の仲間か分からないんだからね。わかるしょ」

警部の笑顔がこれほど恐ろしいと思ったのは初めてだった。

「で、あんたから何か情報無いの?」と、探偵。

「……ん~、言って良いのかなぁ?」

「市森くん、この場は信頼関係のある人間だけの集まりよ。拙いことを言ったらみんな忘れるから心配しないで」

警部はそう言うし、岡引一家は全員市森を睨んでいる……もちろん大好きな美紗も。

――これじゃ、話さないと殺される……と、冷や汗を掻く。

「じゃ、古市藤生殺害事件に関連して、こちらにも関りの有る野田福慶、曽根崎真二、行岡治澄なんですが、大学時代に三人は犯罪に絡んで共犯関係にありました。三人が一緒にいた居酒屋などの従業員の証言もあります。いま古市がその三人を脅した結果、三人が金でネットで実行犯を雇ったか知合いに頼んだかしたんじゃないかという線で捜査を始めたところです。知合いの中に緑陽一郎、今福冬二、中茶屋俊介という三人が浮かんでいます。この中の誰かに金が入っていないかを自分が捜査し、アリバイを別の捜査員が確認をしている所なんです」

「じゃ、三人の住所分かってんだったら教えて、名前と住所で個人を特定して、銀行口座をハッキングして取引明細を調べてあげる」美紗が当たり前の事のように言う。

「えっそんなこと出来るの?」

「でも、内緒だよ。警察にばれたら捕まるし」美紗が笑う……可愛いと市森は思う。

「頼みます手間が省ける。住所はあります」

市森は捜査資料を出して。そのページを開いて見せる。

美紗はそれを写真に撮って「二、三日待ってね」

何故か美紗が優しい言い方をした。

 

 市森は署に戻ったが何かドキドキして落ち着かない。

署長が覚せい剤……なんてこった。息子が息子なら親も親だ。

  

 二日ほどして探偵から電話が入った。取引を調べたと言う。

銀行も多くあるのにあまりの早さに驚く。自分がやったらひと月で終われるかどうか……。

探偵事務所に行くと野田ら三人と古市とその知人三名の過去三年間の取引だと言う。

何枚か付箋が貼ってある。

「その付箋の所は百万以上の取引あったやつな」

四、 五枚ある。

順に見ていくと中茶屋俊介の口座に野田、曽根崎、行岡から夫々二百五十万円振り込まれている。

しかし、それを出金した形跡がない。

細々十万単位に引出されこの一年で大方を使い切っている。

 

 署に戻って柴井にそれを見せた。

「どういう事でしょう?」

柴井は腕組みをして考え込む。

「わからんが、本来は中茶屋も二百五十万出して、一千万円を古市に払うはずが金が無かったので、中茶屋は古市を殺害した。或いは、その金で三人から古市殺害を頼まれたか……いずれにしても中茶屋が古市を殺したことになるな……本人に話を訊くしかないな」

二人は腰をあげて浅草の中茶屋のアパートへ向かった。

 

 

 土曜日、忠人が探偵に電話すると野田、曽根崎、行岡と繋がりが分かったと言うので

早速出かけた。

 探偵からは大学生時代に三人はつるんで悪事を働いていたことや一緒にいたたまり場などの話を聞いた。更に、野田警察署長と一緒にすし屋に居たのは灰塚晃成会という暴力団の会長と行岡建設(株)の社長で、覚せい剤とその売上金の受け渡しの話だと説明された。

現在、警察が捜査を続けているという。

忠人はすっきりした気持ちで探偵事務所を後にした。

 昼には加奈子を部屋に呼んでその報告をした。

「そう、もう全部分かったのね」

「あぁ、警察が捜査を続けてるらしいからいずれ明らかになる。何かすっきりした」

「いよいよなの?」

「うん、ごめん」

「止まれないのね」

こんな悲しそうな加奈子を見たことは無かった。

悲し過ぎて涙もでない、そういう顔を、表情をしている。

「自分が自分を押さえられない。……俺は鬼になっちゃう」

「ダメ! 人の心失わないで……自分の為に、私の為に、お願いよ!」

加奈子の言葉に返事が出来なかった。

「加奈子に会えて良かったとつくづく思うよ」

「私も忠人に会えて本当に良かった」

忠人は加奈子をそっと抱きしめた。

加奈子の腕が忠人の背中に回って、力が籠る。

唇を合わせた。

時を忘れて愛し合った。

 

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