第14話 悪の結びつき

 壮子叔母さんから電話のあった一週間後、叔父さんが飲みにでも行こうと誘って来た。

忠人はまた金の話かと思い行きたくなかったが、

「こないだは悪かったな」

電話口の向こうで謝るので強く言えずにいると、

「仕事は何とかなりそうなんだ、でな、忠人が大人になってから一緒に酒飲んだことも無かったなぁって思ってよ、一度くらい良いかなって、どうだ今夜は金曜日だから街も賑わうし叔父さんがご馳走するから……できたら嫁さんも連れて出て来いよ。浅草の雷門で待ち合わせてその通りの居酒屋でも行こうや」

そう言われて頷いたが「彼女は訊いてみないといけるか分かんないよ」

「あぁ来れたらでいいから、七時ならいいだろう?」

そう言われて七時に浅草の雷門前で待ち合わせすることになってしまった。

加奈子には一応電話をいれたが、行ってくると伝え誘いはしなかった。

 

 時間通りに会って近くの大衆向けの居酒屋に入った。

テーブル席はもう満杯でカウンター席に並んで座った。

始めは金は何とかなったと言いながら、叔父さんのジョッキが三つ空になったころから次第に増資の話や工場機械の更新に金が必要になったと言いだした。

やっぱり忠人から金を出させようとしていると感じて、彼女は付き合いがあってこれないのでよろしく言ってたと話を逸らした。

その後父さんが忠人に掛けてた保険はどうしたと訊かれそのまま掛けてると答えた。

その瞬間だけ叔父さんの刺すような視線を感じた。

早く帰らないとやばいと思って、

「叔父さんごめん、出がけに社長から明日悪いけど朝から仕事してくれって頼まれて、……急な仕事が入ったみたいでさ、それで朝八時前には出ないといけないのでそろそろ帰ります。ご馳走さまでした」

嘘を言った。

叔父さんは立ち上がる忠人を見て不機嫌そうに眉間に皺を寄せて

「仕事有るんじゃしゃーない、無理にとはいえないな。じゃ気いつけてな」

そう言って片手を挙げて手を振り、つまみの枝豆をむしゃむしゃと食べ始めた。

 

 翌日、忠人が探偵に電話をいれると、三人目の素性が分かったと告げられた。

忠人も、恐らくあの人という人物は掴んでいたがすぐに浅草の探偵事務所へ出発した。

加奈子にそれを話すと一緒に行きたいと言ったが、こっちの身元が分かってしまうので我慢して貰って、浅草の仲見世通りまで一緒に行くことにした。

何度来ても有名な探偵事務所には見えない古びたビルの二階へ上がり「こんにちわ」

ガラス戸を開けて勝手に入った。

事務所の中央に置かれている応接ソファで家族全員が何やら話している。

一斉に忠人に注目が集まり「いらっしゃーい」ばらばらだがにこやかに迎えてくれた。

席を詰めてソファをひとつ空けて「どうぞ」一心所長に勧められた。

全員話に参加するようだった。

忠人は三人掛けのソファにひとり座って、正面に一心所長と妻の静と美紗で右に数馬左に確か一助だった? と思う男性が座った。

一心所長が窓際の机に置いてあった封筒を忠人の前に置いて「報告書です」

開いてみると行岡治澄(ゆきおか・おさずみ)31歳とある。

予想通り行岡建設(株)の御曹司ということだ。

自宅は元浅草二丁目の社長の行岡布市(ゆきおか・ふいち)と同居となっている。

大学は野田福慶、曽根崎真二と同じだが、学部はばらばらで行岡は経済学部だ。

「ありがとうございました。……で、野田と曽根崎との関係はどういう?」

探偵の顔を見てそう訊いてみた。

「それが共通点が見つからないし三人が仲良く酒を飲んだり遊びに行ったりしたとこを見た人いないし分からないんだけど、ただ、一年前に古川という男が向島で殺害されていてその男の部屋に何かの切り抜きが三枚あって、夫々野田福慶、曽根崎真二、行岡治澄の過去の悪行を取上げたものだったんだよ」

探偵が頭を掻きながら少し渋い顔をした。

「はぁ成程、殺された男が三人を脅して、三人に殺された、という事なんですね」

探偵は手を振って「それがどうもはっきりしないんだ。別々に脅して、その中の誰か一人に殺されたということも考えられるし、古川という男もまともな男じゃないらしいんだ。悪仲間が三人がいて、もちろん野田らとは別の……、それでその中の誰かが野田ら三人に頼まれて殺した、という線も当時の警察は捜査していたらしい。しかし、結局事件はお宮入りさ……野田らの捜査を途中で中断して、悪仲間の方へ視点を変えたようなんだがその理由は分からない。」

「それって、野田の親父が警察署長だからじゃないの?」

「そう、その殺人事件の担当が雷門警察でそこの署長が野田の父親だったから、俺もそう考えてるんだが、こっちもその点については調査を始めたばかりでこれ以上のことは分かっていないんだ」

忠人はちょっとがっかりした。

野田らは両親や妹を殺害したときには間違いなく共犯だったから、……そうか、殺人事件を起したからしばらく会わないようにしたのかもしれない。

「そこ調べて貰えます? 別料金になってもいいから……」

「いや、すでに貰った料金の範疇の話です」一心所長は笑顔で言った。

「じゃ引き続きお願いします」

忠人は頭を下げて辞去した。

 

 事務所を出たところで加奈子に電話を入れ、雷門の前で待ち合わせすることにした。

昼には少し早いが土曜日は店が混むので早めの昼食を取ることにして、雷門の交差点の道路向いの近くにあるファミレスに入った。

注文を済ませると早々に

「これ見て、三人目の報告書だ」

加奈子がそれを開く。

「三人目は行岡治澄という大きな建設会社の御曹司らしい」

「よかったね。やっとわかったんだ」加奈子は何故か悲しそうな目をしている。

「あぁやっと目標に近づいた」

忠人は加奈子の気持が分かるだけに辛い部分もあったが、妹のため両親のためと思って敢えて気付かないふりをした。

「ただ、その三人は今はばらばらみたいなんだ。俺にはどうでも良い事なんだけど、俺の動機を探偵にも知って欲しいと思って調査を依頼してきたんだ。それにあの高級すし屋で会ってた野田の親父と後二人の関係もね」

「ねぇ二人で東京離れてどこか田舎で暮らさない? 子供三人作ってさ、遊園地行ったり温泉行ったりキャンプとか……子供は喜ぶと思うんだ」

目を潤ませて忠人をしげしげと見詰める。端からダメだと忠人が言うのを分かってて敢えて言うのだ。

「俺もそうできたらどんなに幸せだろう、と思うよ。けどさ……」

「ふふっ冗談よ。私の夢! 叶わぬ夢……」加奈子は忠人の言葉を遮ってそう言った。

「ごめんな。加奈子、加奈子が好きなのは嘘じゃないからね」

「そんな、今更言わなくっても分かってるって、私も好きよ、忠人のこと、誰よりも……私、待つことにしたの」

「えっ何を?」

「もちろん忠人をよっ! 全部終わったら自首してねっ! そしたら私何年でも、お婆ちゃんになっても待ってる。忠人の帰りを……」加奈子が涙を拭って続ける。

「忠人が刑務所から帰ってくるのを何時までも、いいでしょう?」

「……俺の事忘れて誰かと結婚した方が幸せになるんじゃないのか?」

自分の気持を閉じ込めて精一杯頑張って言った。

「ふふふ、忠人、心にもない事言わないの。私、忠人の考えてることくらい全部分かるんだから。待ってて欲しいくせに……」

涙が勝手に溢れてきた。誤魔化しようもなく溢れてきた。

「……はは、違うと言えないじゃ。辛い」

加奈子も頬に筋を作っている。

少しの間、二人とも勝手に流れる涙の好きにさせて視線を絡めあっていた。

「あ~何でこんなに悲しいことに向かって俺は進んで行かなくちゃいけないんだろう……」

一瞬忠人の胸にそういう小さな思いが染みを作った。そしてそれが身体の隅々にまで毛細血管を伝って広がって行くのを感じる。

「それもこれも、野田らの所業のせいだ。あんな奴ら生かしておいたらどれだけ被害者が増えてしまうか……俺はその為にも奴らを始末しなければ……」

心の中で呟く。

こういう思考を幾度も繰り返した。加奈子には本当に済まないと思う。

 

 食事が運ばれてきた。涙を拭って加奈子を見るとずっとこっちに視線を走らせていた。

優しい慈愛の籠った視線だ。

「食べよう」声が震えた。

「うん、いただっきま~す」

少しオーバーなくらい元気の良い加奈子の声が弾んだ。

 

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