第13話 ハッキング

「三人目は浅草に来ること無いんじゃない?」

探偵岡引一心の長女の美紗は高速道路のNシステムのカメラや店舗などに設置されている監視カメラなどのシステムに侵入してそこに写されている人物の顔を三人目の写真と照合を続けていたが、中々見つけられない。

照合システムは美紗の手作りだが、過去の事件で犯人をそれで発見した実績もあって自信を持っている。

それで手分けして同様の照合をしている母親の静に愚痴ったのだった。

「せやなぁ、でもまだ未照合のカメラあるよって頑張らなあかんえ」

母親の静は京都育ちで京都弁を話す。東京へ出てからもう二十年以上になり少し東京弁と混じってきたところもあるが、本人は京都弁を誇りに思っていて変えようなんて更々思っていない。

お陰で腹が減ったり、イライラしたときにその京都弁を聞くと気持が和らぐのだった。

「あぁでも一心が前の二人が同じ大学出身って言ってたから、俺その大学にハッキングして三人目いないか確認してみようっかな。数少ないからすぐ見終わると思うんだ。そしたらまた戻ってやるから、いいしょ?」

「へぇ、えぇですよ、かましまへん。やってみよし。見つかるとえぇなぁ」

その後はまた互いに無言で作業に没頭する。

さらに一週間後、

「あら、三人目やないかいなぁ?」静が呟く。

「どれどれ、美紗が覗きこんでその人物を見る……あぁそうだわ、一致率九十一パーセントだから間違いないぞ、母さんやったな」

「この監視カメラは稲荷町駅の南側にある駐車場出入口のやわ。雷門からはえらい遠いよって自宅近くなのかいな? ……時間が午後七時でんなぁ……仕事帰りかもしれへんな」

「あぁそうかもな。あとは数馬と一助の張込に期待だな。俺はもう少し大学のアルバム調べるけど、母さん一休みしなよ」

「もう少しこのカメラ調べよ思うよって、続けるわ」静はかぶりをふって、日付を進めシステムを稼働させてすぐまた呟いた。

「あらまた出よった。こん日は午後六時半でんな……これは仕事帰りやわ。一心に言ってくるさかい美紗は続けてやってくれよし」

静が静止画像を印刷して事務所へ行った。あとは数馬か一助の張込しだいだ。

それから間も無く「あっ、いた」美紗は思わず呟いた。

北道大学の卒業アルバムに三人目を発見したのだ。

電子名簿をハッキングして……え~と、前から二列目の右から三番目は「行岡治澄(ゆきおか・おさずみ)」となっている。

アルバムと名簿を印刷して事務所へ向かった。

美紗が階下の事務所に行くと静の話は終わった後のようだ。

「あれ、一心は?」と静に訊く。

「奥で休憩してはるえ」

「大学のアルバムに三番目の男見つけた。名前が行岡治澄っていうんだ」

「へぇ、よう調べたなぁ。一心呼んで報告しなはれ」

 

 その日の夕食は静と美紗の報告会になった。

翌日から、男連中が稲荷町駅の南出口で張ることになった。

「やっと三人目を田中さんに報告できるな。そしたら静と美紗は明日から次の作業に入ってくれ」

一心の顔に安堵の表情が浮かぶ。

「えー休みくれないのか」

美紗が口を尖らせて言う。

「せやなぁ、明日は休んじゃあきまへんか?」静も美紗と同意見のようだ。

「なんでよ、何かあんのか? 俺たちもみんな休みなしで歩き回ってんだぞ」不満げに一心が言う。

「息抜きせいへんと良い仕事はできしまへんえ。仲見世通りでも行って美味しいもの食べたいよって、ええやろ。お土産こうて来るさかい。なぁええやろ」そう言いながら静が一心の脇腹を突く。

静に甘えられると嫌と言えない一心は「お、おう。しゃーないな」

美紗は静と顔を見合わせて親指を立てた。

 

 次の日は約束通りに仕事はお休みし、その翌日、美紗は警察の捜査資料に三人の男の名前が出てこないか調べた。

一人目と二人目の男の素行の悪さから、過去に警察の厄介になったことが有るんじゃないかと踏んでの事だった。

それは割と簡単に見つかった。

一年前、古市藤生(ふるいち・とうせい)という男が向島のアパートで殺害されていた事件だった。事件は未解決でその古市の部屋から一心らが調査した三人の名前の載った何かの切り抜きのような記事が三枚発見されていた、電子調書にそんな風に記載があった。

記載内容の真偽は明らかではないが、その三枚の紙にはそれぞれ

――曽根崎真二は自分の教え子の東涼子

  をレイプ。涼子はその事を書き残して

  自殺している。

――行岡治澄は意味なく下請けを切り、切

  られた本庄佳也と妻の康代は自殺して

  いた。

――野田福慶は車で長尾和義を撥ねたが父

  親が警察署長の力で長尾を黙らせ物損

  事故で終わらせようとした。

そんな内容だった。

記事はなんの切り抜きなのかは不明のままだった。

 雷門警察署の捜査本部は、その記事をネタに古市が三人を強請りその中の誰か若しくは三人が共謀して殺害したのではないか、と考えたようだが捜査は中途半端に打ち切られ、古市の交友関係を忠心に捜査を進めるよう命じられ、結局未解決事件となっている。

その交友関係者には、緑陽一郎(みどり・よういちろう)二十九歳、今福冬二(いまふく・とうじ)二十九歳、中茶屋俊介(なかちゃや・しゅんすけ)二十八歳が挙げられていて、古谷を含めた四人は定職には就かずアルバイトで生計を立てていたが、その割に飲み歩いたり温泉へ行ったりと贅沢な暮らしぶりだったようだ。

結局、お宮入りになっている。

 

美紗は一心にそう報告した。

 

 

 一心は美紗と静に田中芳次郎に依頼されたすし屋の小上がりで飲食する三人の男の一人、白髪頭の中年男の素性を調べるためにあらゆる監視カメラの映像と写真とを照合する様に指示した。

それが誰か分かってから三人の関係を調べることにした。

社長と呼ばれた行岡建設(株)の苗字が同じなのでその社長を調べると行岡治澄の名前が浮かんでくる可能性は高いと一心は考えた。

それで数馬と一助に写真裏に記載の住所を張り込むように指示をした。

 

 一心は、髪の毛の薄い爺がヤクザっぽかったので、向島へ行って顔の知ったその筋の人間に写真を見せて反応を窺った。

その人物は比較的簡単に分かった。

 言い渋っていたチンピラに金を掴ませると、目黒に事務所があって自宅を浅草に構える灰塚晃成会の会長の灰塚森重(はいづか・もりしげ)ということだった。

 翌日、浅草警察署の丘頭警部に話を訊きに行った。

「やあ、警部ちょっと教えて欲しいことが出来て……」

丘頭桃子警部とは二十年来の付き合いだ。隠し事は無いし互いに信頼している。そういう関係だ。

浮気相手とかそういう間柄じゃない。妻の静とも警部は仲良しでたまに事務所に手土産持参で遊びに来る。

応接室で警部と顔を合わせるとすぐに訊いた。

「灰塚晃成会と会長の灰塚森重について教えて欲しいんだけど」

「どうした、暴力団と何か有ったのか?」

「いや、例の田中芳次郎からの依頼なんだ。写真見せられて誰だって」

「そう、その田中ってひと前にも三人だっけ依頼に来たんだよね?」

「俺も彼の目的は分からない、金は持ってるみたいなんだけど……」

「ふ~ん、そこは新興勢力でその世界の仁義とか縄張りとかまったく無視するとんでもない輩よ。あちこちでほかの暴力団といさかい起してるわよ」

「へぇ、そんな危ない奴が何で雷門警察の署長と一般企業の社長とすし屋に出入りするんだろう?」

「何? 目撃でもしたの?」

「あぁその田中が写真に撮った。でも、堂々と会ってたみたいだぞ」

「その三人と前に調べた三人に何か関係あるのかしら?」

「まったくわからん。でよ、田中が覚せい剤持ってきただろう。それは野田署長の息子が持ち主だった。でな、暴力団だから覚せい剤を扱っている可能性高いし、泉川康が灰塚晃成会の組員だってことは、野田は灰塚からヤクを買ったってことになるんじゃないか?」

一心は背後に覚せい剤の販売ルートがあるような気がしていた。

「じゃ、その親父がどうして会長と食事なんかすんの?」

警部は首を捻る。

「それに行岡建設(株)って会社の社長も一緒に寿司食ってたんだ。写真に載ってる。その辺の解明がカギになるんじゃないかな?」と一心は続けた。

「ふ~ん、まあ立場のある人間が無関係な奴と一緒に飲み食いするはずないから何かはあるんでしょうね」

警部は納得はしていないが、何かを感じてはいるようだ。

「そうそう、雷門署の事件なんだけど、一年前に古市って男が殺され、その部屋から田中依頼の三人の名前の載った記事らしき印刷物が出てきたんだけど、それが殺人に絡んでいるのか分からないんだ、捜査は完全に行き詰ってる。何か聞いてない?」

「その事件は知ってるけど、よその管轄だから口出せないし、分からないわねぇ」

「そっか、その三人は仲間って言うわけじゃなさそうなんだよなぁ。一度は灰塚晃成会のやつと四人で会ったことはあるんだが、店を出たらばらばらになったらしいし、田中が見てて友人とかという感じはなかったって言うし。ただ、三人とも相当な悪らしいんだが……」

「わかった。その辺探ってみるわね。なんか分かったら連絡する」

「あぁ悪いが頼むじゃ。ヤクザが出てくると俺たちもちょっとビビるんでさ」

そう言って一心は笑顔で浅草署を出た。

 

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