第12話 獣(けだもの)
忠人が、探偵と証言者の会話を聞いて実際に起きたことを端倪するとこうなる。
――
……
「東、お前文化祭の実行委員だったよな」
「はい、なにか?」
「放課後、ちょっといいか?」
「はい、職員室で良いですか?」
「ん~今日は部活無いんだけど、先生華道サークルの部屋の片付けしてるから、ついでにそこでも良いか?」
「えぇ、私も華道サークルだから片付け手伝いますか?」
「あぁ時間があったら頼むか。無理しなくていいからな」
――これが昼休みの時の会話だった――
そして六時間目の授業が終わると時刻は午後四時、それから掃除などがあって教室を出たのは四時半。
涼子は友達に曽根崎先生に呼ばれていることを誰にも話さなかった。
もしここで華道サークルの誰かと一緒に行ったり、文化祭の実行委員の誰かと一緒に行ってたら、あんな悲劇は生まれなかっただろう、と証言者は力を込めて話した。
部活動ではないそのサークルには部室は与えられず、たまたま空室だった地下一階の食堂の隣の部屋をサークル室としていたのだった。食堂にはドリンクの販売機が置かれているし、生徒の休憩室でもあるのだがその時間にはまかない婦も既に帰宅していて誰もいなかった。
涼子はそう言う状況の中、華道サークル室のドアを開けた。
もしかすると、涼子は曽根崎に淡い恋心を持っていたのかもしれなかった。
「遅くなりました」涼子は微笑んだ。
「あぁ悪いな。じゃここにある花瓶をそこの押入れに詰めて入れてくれ」
「こないだの大会で使った花瓶ですね。分かりました」
涼子が大きな花瓶を、押入れの下段の奥に仕舞おうとすれば、四つん這いになるしか無いのだが、その姿を後ろから見ている曽根崎には、ちらちらと下着が見え隠れして性的な刺激のあるものとして映ったに違いない。
それで、花瓶を幾つか仕舞って四つん這いのまま後ずさりして押入れから出ようとしたときに
「涼子、好きなんだ」
そう言ってスカートをまくり上げ、涼子を後ろから抱きしめて転がし無理やりキスを……。
涼子は男性経験もなく恋愛というより憧れに近い感情しか持ち合わせていなかったのだろう、ずいぶん抵抗した。
「あばれると大事なとこに傷をつけるよ」
曽根崎が脅すと涼子は身体を強張らせ抵抗しなくなった、あとは下着を外して曽根崎の良いように弄んだ。
……曽根崎は畳に初めての証が残っているのに気付いて雑巾で擦った。
涼子は脱がされた服と下着を抱えて呆然としていた。
その次の日学校を休んだ涼子は、夜校舎の四階の屋上から飛び降りた。
遺書らしきものが残されていて、
「憧れの人に乱暴され誰も信じられなくなりました。怖くて学校へもいけません。身体をいくら洗っても汚さが取れない。もう生きていけません。ごめんなさい」
そんな風に両親あてに書いてあったようだ。
――
忠人は事件のあらましを証言者の言葉からそんな風に考えた。
まだまだ証言は続いていた。
「学校では相手が誰だったのか詮索したようなんだけど、体液が涼子の身体に残されていなかったこともあってその人物の特定までは行かなかったようなんです。
その暴行が華道サークル室で起ったことは、畳の黒ずみが涼子の血液だったと警察が特定したのでわかったし、何点か証拠品がそこから見つかったらしくて曽根崎が疑われたんです。でも警察は捜査を中途半端で止めてしまって……。
女子生徒たちはみんな疑問に思っていたし、それに不安でした。
もちろんその不安は、自分が第二、第三の被害者になるかもしれないと言う恐怖からくるものでした。
それから、暗くなるとその部屋から女の子のすすり泣くような声が聞こえるようになったんです。
これは噂じゃないんです。そういう噂を聞いて自分が友達と三人で夕方暗くなるのを待って行ってみたんです。
そしたら本当に聞こえてきたんです。女の子のすすり泣く声が……
その時
『涼子だ!』
友達がそう言ったので気付いたんです。確かにその声は涼子の声だった。
……私たちは怖かったけど、それが涼子の声だと分かるとドアを開けてみたくなって、恐る恐るその部屋のドアを開けたんです。
そして見たんです。薄っすらと青白く光る炎というか光を……
『涼子』ってみんなで声を掛けたら、その光がすぅーっと消えてしまったんです。
そのあと曽根崎先生の様子が可笑しくなって、……何かいつも怯えているような……昼間から常に辺りをキョロキョロして……。
三カ月くらいして曽根崎先生は担任を外され、部活の顧問も外され、英語の授業だけの教員になったんです。
そんな曽根崎が今でも教員をやっていられるのは、父親が教育長をやってることや叔父さんが有名な代議士なこと、それに友達の親が警察の偉い人だからだって聞いた。事件が有耶無耶になったのもその力が働いたのかもね。涼子と同じクラスの女子はみんな曽根崎とは一対一で絶対会わないように話していたわ」
「そんな酷い事件があったんですね。その子の親は曽根崎を怨んでいるでしょうねぇ」と探偵が訊く。
「一時期、警察へ訴えるとか息まいてたけど、警察が曽根崎の味方じゃしょうないわねぇ」
証言者の声からは、諦めというか、失望というか、無念というかやりきれないそんな気持が聞き取れた。
「それ以外にもね、三年生を受け持った時に、息子さんの進学についてお話がしたいと言って家を訪問し、内申書が余り良くない、と言って、お母さんしだいでは書き換えてあげたいんだけど、と迫ったことが有るらしいの。それを校長先生に告げられて叱責されたことも有るらしいんだけど、曽根崎のいう事を聞いて、ホテルへ行ったお母さんもいたらしいわよ……」
証言はまだまだ続いた。
聞き終わって忠人はあまりの腹立たしさから一層復讐する決意を新たにする。
曽根崎真二だけじゃなく、その親、代議士、警察署長にもなんらかの罰を与えてやろうとも思った。
そんなことを考えていたら、壮子叔母さんから電話だ。
「忠人ちゃんごめんね」
いきなり謝られて戸惑った。
「えっ、どうしたの?」
「主人、作次郎から最近電話が行ったでしょう」
「あぁお金を貸して欲しいって言われた」
「ごめんね。貸さなくて良いからね」
「えぇ俺もこれからお金かかるからって一応断ったんだけど、悪いことしたかなぁって思ってた」
「違うのよ。自分ではなんにも努力しないで、楽な方、楽な方って行きたがるのよ。仕事を回してくれなくなったって言ってたでしょう?」
「はい、確かに」
「そんなこと仕事を長くしてたら良くあることなのよ。あなたのお父さんも言ってたもの、また仕事切られたって笑って言うのよ。でもその少し後には、新しい仕事先見つかったって。だから自分の足で新しい仕事先を探せばきっと見つかるはずなのよ。それなのに……ごめんね。だから、この先万が一同じ話を主人がしても断って。そして叔母さんに電話くれる? 私ががちっと言い聞かせるから。良い? お願いよ」
叔母さんはそんな風に言ってくれた。確かに新しい取引先を開拓することは当然といえば当然の事だと腑に落ちる。
気持が楽になった。
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