第11話 長い髪の娘
昼前、写真の男が出てきた。急いでカフェを出て後を追う。
東京メトロ銀座線に乗ったので続く。
男は銀座で降りて駅近くの高層ビルに入った。
そしてエレベーターに乗った。忠人は乗らずに一階で階数表示を見ていた。
……十一階で停まる。
案内板を見ると十一階は大手の七鳥建設(株)がワンフロア―を占有しているようだ。
ネットで調べるとここが本社で従業員は二百四十三名となっていた。
この中にあの強盗犯がいるのかと思うとじっとしていられない。
何とか名簿が欲しかったが……どうにもならないので、ビルの一階で只管待つことにした。
午後一時、満員なのだろうエレベータからぞろぞろと排出されてきた人々の中にその男を見つけて尾行する。
男四人で固まって五分程歩いてイタリア料理店に入った。
客がびっしりで待っている。
ここは入っても食べている余裕は無いだろうと思いその店の見える位置で待つことにする。
一時間近く経って四人で談笑しながら出てきた。
その笑顔を見ていて、これが強盗殺人犯? 疑問が湧いてきた。見間違いかもしれないと思った。
だが一応自宅と名前を突き止めたくて退社時間まで待った。
男の自宅は日比谷線の恵比寿駅から西へ徒歩で五分程のマンションやアパートが立ち並ぶ一角、一階にコンビニが入っているアパートの五階に住んでいた。
表札代わりに名刺が貼ってあって、薮下傑(やぶした・すぐる)という名前だと分かった。
妻と子供がいるようだった。
子供は小学生の中学年だろうか十歳くらいに見えた。
彼が犯人なら強盗をした時期と子供が産まれた時期が重なる。
……自信が無くなったがはっきりするまで尾行することにした。
毎日出社は九時、帰宅は午後六時でほとんど同じパターンだ。
二週間尾行したが、飲みに行くことは無かった。
土日は休みで家に居るか、家族と一緒に買い物とか公園とかへ行く。平凡だが幸せそうな家庭に見える。
何枚も写真を撮って、居酒屋で撮った写真と見比べた。
――どう見ても似てるよなぁ……
が、ふと薮下の首に黒子を見つけた。居酒屋での写真には無い!
――あぁん違うんじゃん……なんで気付かなかったんだ。あぁ損した……
それにしても似ている人間はいるもんだ。
がっくりきて加奈子に電話を入れた。
横浜の中華街で待ち合わせて、焼き小籠包、豚饅頭を食べ歩きし、ラーメンでお腹を満たした。
間違った人を尾行したことも笑い話になった。
探偵に調査依頼してから随分日にちが経った。気が付けばもう九月だ。
半ば諦めかけていたが、約束の確認電話を入れた。
「遅くなったけど二人目わかりましたよ」
ようやく探偵の明るい声が聞こえた。
「ほんと?」思わず訊き返した。
「あぁ本当です。事務所にこれますか?」
次の日は日曜日で休み。十時に起きて支度をして出かけた。
何度来ても古ぼけた四階建てのビルは変わろうはずもない。二階のガラス窓に大きく「岡引探偵事務所」とテープか何かを貼り付けたような文字が並んでいる。
ビルの左端にある結構急な階段を上がると事務所がある。上半分がガラスの開き戸を押して
「こんにちわ~」声を掛けるが、事務所には誰の姿も見えなかった。
ちょっとタイムラグがあって、事務所内の左側の同じガラスの開き戸の奥から
「は~い、いまいきま~す」
一心所長の声だ。
座ってと言われてないので玄関で待っていると、相変わらず若者風な髪をしてジャージ姿のおじさんがガラス戸を開けて出てきた。
「いやぁお待たせしました。どうぞ、掛けて」
色は黒いが決して喧嘩やスポーツは得意じゃないという風体の一心所長がにこやかに応接テーブルを口の字型に囲んでいるソファのひとつを指さした。
ここでは田中芳次郎と名乗っている忠人は頭を下げてその一つに浅めに腰を掛けた。
「随分時間がかかってしまったけど、これを見て」
表紙に「調査報告書」と書かれた報告書をテーブルに置いて忠人の方へ滑らせる。
「二人のうちの一人の身元が分かったという事なんですね」
報告書を見て確認した。
「えぇもう一人が中々探せないんで、全員で当たってるんですが……」
「曽根崎真二(そねざき・しんじ)って言うんですね。この写真の男。……えっ教員?」
忠人は驚いた。強盗殺人犯が今は高校の教師をしているのだ。
「えっ父親が教育委員会の教育長で伯父さんが現職の財務大臣郷原大蔵(ごうはら・たいぞう)?」
思わず忠人は一心所長に視線を走らせた。
「えぇ間違いないですよ。父親の姉の嫁ぎ先です」
「都の北道大学の教育学部卒ですか……野田と同じ大学ですね」
「えぇそれで知合ったんでしょう。だから、もう一人も同じ大学にいた可能性が高いと思って今探させているんで、もしそうなら近いうちに身元が分かると思うよ」
続きのページには曽根崎の友人知人に聞き取りしたのだろう悪行の数々が書かれていた。ただ、証言を記載したまでで事実関係を確認したわけじゃないと注釈が書かれていた。
証言者は恐らく大学時代の学友あるいは教師仲間なんだろう、自分も会って直接訊きたいと思った。
「あのー証言した人との会話を録音なんかしてませんよね?」
「いや、してるよ。欲しいかい?」
「えぇ出来れば、実際にどう喋ったのか訊きたいので……」
「わかった、コピーさせるからちょっと待ってて」
そう言って一心所長は事務所のガラス戸を開けて三階に向かって
「美紗、田中さんの調査の件で、証言者との会話の録音データを別媒体にコピーして持って来て」
返事は聞こえなかったが数分して、髪の長いスリムなお嬢さんなんだろう娘がメモリースティックを片手に入ってきた。
「はいよ。曽根崎真二の証言者で良いんだろ」見かけによらず男言葉にちょっと驚いた。
「あぁそうだ。それで良い」
美紗は忠人を見るとちょこっと頭を下げてそれだけ言ってメディアを一心所長に渡してさっと三階へ戻って行った。
「不愛想な娘で申しわけない。今、さっき言った大学のアルバムと預かっている写真の照合をやってるもんだから……」
「いえ、とんでもない。綺麗な娘さんですね」
「顔は女なんだけど、言葉が男なんで参ってるんです」
一心所長はそう言って苦笑いする。
忠人はメモリースティックを受け取って
「じゃ三人目が分かるよう期待してます」……
話が一段落して忠人は数枚の写真と会話を録音したメディアを応接テーブルに置いた。
「何ですか、これ?」
「俺も犯人捜ししてたんだけど、途中、高級すし屋の前で野田の親父を見かけたんだ。その店で誰と会うのかなと思って親父の入った隣の部屋に入って盗聴して、写真を……」
「ほ~それで撮れた写真がこれですか……野田署長の顔は分かるけど、後の二人は誰?」
「多分、白髪頭でデブ男は行成建設(株)の社長で行岡布市(ゆきおか・ふいち)っていうんだ。自宅の写真に表札写ってるでしょう。住所は裏に書いてます。もう一人は会長と呼ばれて髪の毛の薄い爺でした。で、その会話の中に『お偉いさん』って出てくるんだけど、野田署長とその三人の関係を調べて欲しいんだ。あとは会話聞いてくれたらどういう集まりだったか分かるはず」
「三人だとまた前回程度のお金が掛かりますが良いかい?」
「えぇまたすぐ振り込むから頼みます」
忠人はそう言って辞去した。
帰りがけ新横浜の駅構内のコンビニでカップ麺とおにぎりを買って部屋に戻り、お湯を沸かして食べながらメディアの録音を聞いた。
証言者は被害者と仲の良かったクラスメイトの女性だ。
曽根崎は二年生のクラス担任をしていてその中にお気に入りの長く綺麗な髪をした東涼子(あずま・りょうこ)という女子生徒がいたようだ。
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