第7話 マルタイ

 遡って、五月の中頃田中芳次郎から人探しの依頼を受けた岡引一心は静と長女の美紗にネットに繋がっている監視カメラなどに写された人物像と提供された写真の人物をマッチングソフトにかけるよう指示をした。

また、横浜警察の捜査の電子調書にハッキングして十年前の横浜で起きた強盗殺人事件の関連資料をダウンロードしておくように言った。

 ほぼ一週間かかったが雷門警察署の玄関前に設置されている監視カメラでヒットした。

それ以外の場所でも見つかりそれらの映像を分析すると浅草を中心に夕方から夜に掛けて行動しているようだった。

そこで一心の長男坊の数馬と同居している数馬の従弟の一助に交代で張込させた。


 張り込み二週目で数馬が雷門から西方向へ歩くマルタイを発見した。

男は駒形橋方向から雷門まで北進し、雷門交差点を西方向へ左折して浅草六区へ通っていたのだ。

報告を受けた一心は一助を急行させ二人に尾行を続けさせた。

初夏と言っても今年は暑い、定時報告で数馬は必ず「暑い」と愚痴る。

マルタイが朝方の四時浅草六区の飲み屋街からタクシーに乗って、雷門警察署の官舎前で降りその中の一軒の家に入った。

 翌日、その報告を受けた一心が出向いて調べるとその家は雷門警察の署長が住んでいると分かった。

美紗が区役所のシステムをハッキングし署長には福慶という三十一歳の息子がいると分かった。

つまり写真の人物は野田福慶と分かったのだった。

それから署長の野田洋(のだ・ひろし)の履歴を追って人事システムに登録されている家族の情報を掴む。

それで福慶の小、中、高、大の各学校の名前や入学年度などが分かった。

手分けして各学校でのエピソードを聞き取りした。

小学時代からやんちゃ坊主で親も先生も手を焼いたようだった。

大学生の時には女性問題や覚せい剤まで沢山の問題を起したが、父親が警察署長だったこともあって逮捕を逃れていたようだ。

数馬は大学三年生の時のクラスメイトの駿河綜(するが・しゅん)に浅草のカフェで話を訊いた。

 

 駿河の話によれば……

 

――

 駿河綜は大学三年生で妹の秋穂(あきほ)は同じ大学の一年生の十九歳だった。

兄妹の仲は良くて、日曜日にはよく浅草の仲見世通りで買い物したりご飯を食べたりしていた。

ある日秋穂が食事の後

「私これから友達のアパートへ遊びに行く約束してるからここで別れよう」

雷門のところで秋穂がそう言った。

「そう、浅草の娘か?」

「いや、品川なんだ」

「ふ~ん、まぁ気いつけてな。あんまり遅くなるなよ」

そう言って別れて十分もしないうちに秋穂から電話が入った。

「どうした?」

「お兄ちゃん、変な奴が二人後付けてきて遊ぼうって、友達の家に行くからダメって言ってるのに付いてきて気持ち悪い。野田福慶だとか名乗ってしつっこい。助けに来て」

「今どこ?」

「浅草駅から馬道通りに引っ張られて来ちゃった」

「すぐ行くから、もう動くなよ」

綜はダッシュで五百メートル余りの道を走った。

馬道通りには数件ラブホテルがある。そこへ連れ込まれたら大変だ。

雷門通りの角を曲がって馬道通りに入る。

遠くに秋穂の黄色いスカートが揺れていた。

男が二人両側から秋穂の肩を抱いてホテルへ連れ込もうとしているように見えた。

「いやぁー」秋穂が叫んでいる。

「秋穂ーっ!」

大声で怒鳴って駆け付けると、男が振向いて「なんだてめぇ!」

怒鳴り返してきた。

「妹を離せ、スケベ野郎っ!」

そう言った途端一人が殴りかかってきた。

屈んでかわした積りだったが頭に衝撃が走り、尻もちをついてしまった。

慌てて起き上がって頭からその男に突っ込んで押し倒し、振向いて秋穂の肩を抱いている男に向かって突進した。

男の手が妹から離れて綜の顔面に飛んできた。まともに食らったが走ってた勢いで男に体当たりすることになり二人とも転んだ。

「逃げろっ! 秋穂っ!」

叫んだ。唇が切れて血が流れた。

「でも、兄ちゃん……」

「良いから早く、警察に電話だっ!」

妹が駆けだして遠ざかると、男らは一層凶暴な野獣の顔になって

「せっかく可愛がってやろうと思ったのに、獲物を逃がしやがって、死ねや」

二人がサバイバルナイフを取り出してにたにたしながら迫ってくる。

「野田福慶だったな、お前の名前は覚えた。警察に訴えてやる」

そう言って睨みつけるがそいつはにやりとして

「やれるもんならやってみろ!」

野田が不気味な薄笑いを浮かべ警察を怖がる様子を見せずに迫ってくる。

後ずさりしながら秋穂が走って行った方へ目をやると警官が走って来るのが見えた。

「あっ警察だ! ここだぁ!」そう言って手を振った。

二人は振向いて警官の姿を見て舌打ちをし、慌てて反対方向へ走り去った。

ホッとして身体から力が抜けへたり込んだ。

警官の後ろから妹も走ってくる。

「君、大丈夫か? 事情は彼女から聞いた。一人の名前が野田福慶って言うんだな」

手を差し伸べてくれて引き起こしてくれた。優しい警官だと思った。

「はい、奴を捕まえて下さい」

苦しくて肩で息をしながら言った。

――

 

 綜はその時の怒りを思い出したのだろう眉を吊り上げ拳を固く握っている。

「そうですか、危なかったね。妹さん、今は?」

数馬も腸が煮え返るような気分だが押さえて穏やかに言った。

「もう結婚して二年になるかな。優しい旦那に巡り合って幸せに暮らしてます。今は子供が欲しいと言ってます」

「それは良かった。兄としてもホッとしましたね」

「えぇ本当に……」

綜は空を見上げて妹の事を考えているのだろう」

「綜さんは、ご結婚は?」

「ん~ぼちぼちしようかなぁって考えてるとこ」

「じゃお相手はいるんだ」

綜は照れ笑いをし頷いた。

数馬は笑顔を作って恋人の和崎恵(わさき・めぐみ)に思いを馳せた。

 

 その後、長尾和義(ながお・かずよし)という野田と同じ大学の一年後輩だった男性に同じカフェで話を訊いた。

 

 長尾の話によれば、

 

――

 彼は野田の運転する車に撥ねられ左足を骨折する怪我をしたのだが、野田に示談にしろと脅されたが

「人身事故だからそれは出来ない」

そう言って断ると、途端に眉を吊り上げ目を三角にして

「いう事を聞け!」

いきなり殴られた。

長尾はすぐ警察と救急車を呼んだ。

「今、警察と救急車呼んだからもう事故は隠せない。謝罪しろ」

強気で言ったのだが野田は平然としている。

そこで長尾は車と野田の写真を撮り、自分の契約している保険会社にも電話を入れ事情を説明した。

警官が来て事情を訊かれ、野田の運転する車に撥ねられて足が動かないこと、示談にしろと言って殴られたことを話し、人身事故ですと言った。

警官は頷いて野田から事情を聞いている時に救急車が来て病院へ運ばれた。

 

 後日、警察が病院に来て

「傷害事件の方は立件が難しいので人身事故の手続きだけします」

と言われた。そして

「示談には出来ないんですよね」

念を押され、勿論と答えた。

どうやら野田というのは警察署長の息子らしく警察も内々で処理したいという思惑があったようだと知らされた。

――

 

 長尾は今振り返っても腹が立つが人身事故になっただけでも良かったと思うと言った。

 

 数馬が二週間ほど野田に関して聞き取りした結果、噂の範疇は抜け出ないのだが、覚せい剤の使用や婦女暴行などで何回か警察に捕まっていたようなのだが、父親が警察署長なので送検されず釈放されてきたと証言する学友が何人もいた。

本人がそれを自慢話のように語ったというのだ。

 

 

 一心は数馬らが聞き取りした内容を含めて調査報告書をまとめあげた。

出来上がったのは、六月十七日のお昼だった。

 

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