第4話 告白
忠人は毎日三人の位牌に手を合わせてから学校へ通っていた。
時間の経過とともに、夜一人でいる時でも死にたいと言う気持ちは次第に薄れていった。
すると逆に犯人への憎しみが膨れ上がって、休日には浅草を探し歩くことが多くなった。
事件当初は従業員や叔父さん達もしょっちゅう刑事さんに何かを訊かれていたようだし、忠人も何人かの刑事さんに「お父さんお母さんを怨んでる人とか、最近喧嘩した人とか知らない?」
同じ質問を受けていた。
だが事件からひと月も過ぎると刑事からの質問も無くなったし状況の報告も無くなっていた。
今では捜査しているのかいないのか、事件は次々に起きてるようだから、もう捜査していないのだろうと決めつけていた。
高校を出るとすぐ窪町機械(株)という工場で働いた。
学校に斡旋案内が貼り出されていて、先生が「お前の家も精密機械工場だったんだろう。どうだここ良いんじゃないか?」と言ってくれたし、案内には勤務時間は九時から五時で土日祭日が休みと書いてあったので、犯人捜しの時間が取れそうだからそこに決めたのだった。
「一緒に働かないか?」
叔父さんから誘われたがまた苦しむことになると思って断った。
窪町機械(株)は実家と同じように住居に繋がって工場がある、そこではねじとかピンとか小さな機械部品を作っている。
その中にも百分の一ミリとか千分の一ミリとかの精度を求められるものもある。
朝八時過ぎに出勤したら必ず工場と住宅を繋ぐガラス戸を開けて社長に挨拶してから作業を始めるルールになっていた。
その時間に社長の娘で北道大学の機械工学科へ通っている窪町加奈子(くぼまち・かなこ)はまだ朝食を取っている最中で挨拶だけは交わしていた。
新入生っぽくはないので忠人より一つか二つ年上だと思っていた。
数カ月が経ち仕事にも随分なれてきて時間に余裕がでてきたので、超小型の盗撮用ネットカメラとか盗聴器を作ってみた。もちろん目的は犯人捜しのためで不純な気持ちからでは無い。
その自作のカメラを雷門通りのアーケイドの天井の車道側の角に東向きに設置した。
強盗犯たちの会話の中に「あさくさ」という言葉を聞いたので、本当は雷門前を写したかったのだが、そこには交番があって常時警官がいるようなので諦め、そこから五十メートルほど離れた場所に設置したので犯人が写るかは賭けだった。
設置したのは午後八時過ぎ、人通りが減ってきたころを見計らって作業服を着て脚立を立てて五分程の作業だ。誰かに怪しまれ警官を呼ばれたらどう言訳しようかとドキドキしたがそういう事態は起きなかった。
毎日部屋で録画した映像を早送りで眺めていた。
ところが一週間で写らなくなってしまった。バッテリーはひと月は持つ計算だった。
持ち帰ってばらしてみると、カメラの中が濡れていた。
雨が入ってショートしたのだろう。防水をきちんとやらないとダメだと思ったが、どうやれば良いのか思いつかなかった。
次の日、思い切って朝一で社長に訊いてみた。
「仕事とは直接関係ないんだけど、自作のカメラを外に置いたら中に水が入っちゃうんだけど防水はどうやれば良いですか?」
社長は怪訝な顔を見せたがそのカメラを手に取って、
「ほう、これ全部自分で作ったの?」
「はい、ここで教えて貰った技術を生かして作ってみました」
「ふ~ん、室内で使うならこれで十分だ。けど、外で使うとなると寿命が問題になる。永遠に使える機械などないからな。考え方としては、濡れて拙い部分を濡れないように覆う。或いは、油などを水漏れしそうな部分に塗って水を弾くか、カメラに屋根などを付けて雨などが掛からないようにする……。そんな感じかな。で、どれが良いのか、或いは複合させるのかは忠人が考えるんだ」
そう言って肩をポンと叩いて行ってしまった。
「はぁ、何となく分かりました」
もっと具体的に教えて欲しかったが、仕事じゃないからしょうがないか……と諦めた。
二作目には雨がカメラの中に入り込まないように急須を伏せたような容器を作って、レンズは少し奥まったところに付けた。蓋の内側と溝にはグリースを塗って水が入りずらくした。
前よりひと回り大きくなったが長径が五センチ以下に収まって、気にしなければカメラだと気付かれないだろうと思った。
再びドキドキしながら設置作業をしていた。
「そこで何やってんの?」
いきなり訊かれてびっくりしてバランスを崩し、脚立から落ちそうになる。
「あ~、やばい」
声を掛けた人が脚立をがっちりと押さえてくれて助かった。
「すみません。ちょっと誰もいないと思ってたので……」
「いやいや、急に声を掛けて申しわけない」
忠人がその人物を見ると制服の警官だった。
どっと汗が噴き出した。
「いや、頼まれてここの電球が切れたっていうもんで今交換したとこなんです」
こういうことも有ろうかと、電球の上部にカメラを付けて下からは見えにくくしていたのだった。
「あ~そうかい、まぁ気をつけて」
警官はそう言って交番の方へ歩いて行った。
二作目は長持ちした。二週間ほど様子見をして社長に上手くいったとお礼を言った。
平日の昼ご飯は住宅の中に休憩所があってそこでみんな揃って食べるのが決まりになっていた。
就職したての頃はコンビニ弁当とかパンを買って持ち込んで食べていたが、いつのころからか社長の奥さんがお弁当を作ってくれて食べなと言ってくれた。
嬉しかった。お金は要らないと言われたがそれだと申しわけないので、五百円だけ払いますと言って引き下がらなかった。
「忠人くん以外に頑固なのね。しょうがないわねぇ、加奈子にも作ってるからついでなんだけど……わかったわ。五百円ね。お給料から引いとくわね。お弁当要らないときは事前に言ってね」
奥さんは気を悪くした様子も見せず優しい笑みを浮かべて言ってくれた。
美人だと思った。加奈子はお母さん似で可愛いなとも思った。
そのことがあってから妙に加奈子のことが気になるようになっていった。
そんなことがしばらく続いた日曜日の昼前だった。
加奈子が母親の作ったご飯を持たされて忠人の部屋にきた。
笑顔を一杯浮かべていて以外に小柄な娘だった。
肩まである髪を一つにしてオーバルネックのトップスに小さな石のついたネックレスをしボトムは膝上のわりと身体にピッタリとしたスカートを履いている。
部屋の中へと思ったのだが、
「ここでいいです。お母さんから炊き込みご飯作ったから持って行くように言われたので……器は月曜日でいいですから」
「確かに独身男の部屋に女が一人で入るのは危険か……」
階段を駆け下りて行く加奈子の足音を聞きながらひとり頷いた。
「ありがとう」走り去る加奈子に聞こえるよう大声をだした。
加奈子が帰って直ぐ良い匂いに誘われてタッパーを開けてご飯を食べてみた。
「美味しい」
自然にそう言う言葉が口をついた。
――久しぶりの家庭の味だぁ……
母の事を思い泣けた。
良いとこへ就職したとも思った。
いつの間にか加奈子に恋をしていたようだ。可愛い笑顔が目に焼き付いて離れない。
が、自分は復讐する事だけを考えようと決めていたので告白しようという気持はまったく無かった、というか無理矢理押さえつけていた。
それからは月に一度くらいはお母さんの手作りのご飯を加奈子が持って来るということが続いていた。
ご飯に総菜にみそ汁まで両手に一杯持って来て、テーブルに並べてくれることもたまにあって結構仲良く話すことが増えた。一層好きになっていくのが忠人にも分かっていた。
半年が過ぎた休みの日、モニターを眺めているとドアがノックされた。
「こんにちわ、ご飯持ってきたわよ」
加奈子が髪をショートヘアにして夏っぽいTシャツにクオーターパンツ姿に一瞬見惚れた。
「なんか変?」
加奈子に訊かれちょっとドギマギして
「いや、髪切ったんだね、似合うよ」
とだけ返した。
加奈子は微笑んで「ありがと。お皿ある?」
そう言って勝手に台所へ行って食器を漁っている。
そして食器に盛り付けた煮物と混ぜご飯に温めたみそ汁を二人分テーブルに並べて
「私も一緒に食べてく、お腹空いてるんだ」
勝手に「いただきま~す」
手を合わせて食べだした。
あっけにとられ見とれる忠人に
「どうした、食べなよ」
「あっ、あぁ」忠人も食べだした。
自分にはこういう積極的な娘が合うんだよな、と密やかに思った。
食べている最中、加奈子に「テレビで何やってんの? どっかの中継? ん~浅草の駅前だね」
ばれてしまった。
「……ん~……」
忠人はしばらく考えてから箸を置いて
「実は、俺、両親と明希葉……いや、妹を強盗に殺されてるんだ……え~と六年前」
そこまで言って加奈子の顔を覗き見ると「うん、知ってるよ」
軽く返された。
「えっ知ってたの。何時から?」
「最初から、お父さんが忠人を雇うと決めた時からだよ」
「え~それなのに雇ってくれたの?」
「ふふふ、だって忠人が強盗やったわけじゃなくって、被害者なんでしょ。雇うのに関係ないじゃん」
笑顔で加奈子が言った。
「あ~そうなんだ。そればれたら辞めさせられるかと思ってた」
忠人は一大決心をして告白したことがバカみたいで苦笑いする。
「それと、この映像関係あるの?」
首を少し傾げて訊かれる。
「うん、犯人の顔は俺の脳みそに焼きごてでがっちりと焼き付けられてて、こびりついて忘れようもないんだ……」
「はぁそれでここに写ってないかと思って見てるんだ……へぇ。で、居たらどうすんの?」
「復讐する」
加奈子が驚いた顔で「で、どうなるの?」
そう訊かれて返事に困った。……
「……」
「忠人、復讐って……その映像を警察へ持って行ってこの人が強盗ですって届け出るんじゃないの?」
そう言われてさらに返事に困った。
「……」俯いて拳を固くしていると
「ねぇもしかして江戸時代みたいに親の仇討ちをする積もりなの?」
……忠人は小さく頷いた。
「相手は強盗をやるくらい乱暴な人よ、忠人が掛かって行ったら逆に殺されるわよ」
加奈子はあきれ顔でそう言った。
「いいんだ、それでも。死んだら明希葉やお母さんやお父さんのこと考えずに済むから……」
小声で言った。本心だった。
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