第3話 友達

 翌日、叔母さんに電話して

「叔母さん、俺、学校へ行こうと思うんだけど……ひと月以上休んじゃってるから、行きづらくてさ、連れて行ってくれない?」

叔母さんは二つ返事でオーケーしてくれた。

おずおずと教室のドアを開け一歩踏み出すと一斉に視線が飛んでくる。声こそ聞こえないが何やら忠人の噂話しを始めた気がする。

親友だった下平康之(しもひら・やすゆき)が真っ先に寄ってきて

「おー、大丈夫か?」

声を掛けてくれた。

「ああ、大分落ち着いてきた」

彼が居なかったら二日目は学校に行けなかったなと思う。

康之は事件には触れず

「授業大分進んでるから、ノート貸しちゃるから取り敢えず写せ。あとわかんないとこは多分俺も分かんないからあいつに訊け」

梅原さくらを指さして「さくら、ちょっと」

声を掛けられてさくらが来た。

「どう、忠人くん大丈夫?」

「ああ、もう大丈夫だ」

「さくらさ、俺のノート忠人に貸すからわかんないとこお前教えてやれや」

康之がそう言うと

「そんなら私のノート貸すわ。あんたん字じゃ読めないっしょ」

さくらは軽く笑って忠人に視線を送り

「いいでしょ?」

そう言われてダメとは言えないし、さくらのことは好きだったから大喜びだ。

だが、そんなことは恥ずかしいからおくびにも出さず「ありがとう、助かる」

とだけ言った。

それから近況をその二人から聞いたりしていると、一人二人と寄ってきて忠人の周りをぐるりと囲むようになって、みんなが心配してくれてたんだと思えて嬉しくなった。

いろんな先生にも気遣う言葉を掛けられた。

 

 一週間もするとすっかり元に戻った気分でいたが、何処にでも意地の悪い奴はいるもので、休憩時間に机の上に置いてあるノートや教科書をわざとに落としたり、廊下を歩いていると肩をぶつけてきたりする奴が出てきた。

それで思い出した。忠人は虐められていたんだった。

ひと月が過ぎた頃、クラスの中の数人に外へ呼び出され、

「おい、忠人ちょっと金貸してくれや」

口をへの字に曲げて不敵な笑みを浮かべ、下から見上げる様にしながら顔を近づけてくる。

「金なんか持ってない」

「嘘つき! 親の保険金がっぱり入ったろうがっ!」

「そんなの無い」

そう言った途端に小突かれた。足を踵で踏まれた。

「痛い、何すんのよ!」

怒鳴った。

以前には出来なかったが、あの時の恐怖に比べたらどうということは無い様な気がして強気になれた。

一瞬、そいつらは驚いたような顔をしたがすぐ凄んで

「お前なんか、強盗に殺されてしまえば良かったんだ」

と言って笑った。

そして忠人の胸倉を掴んで平手で両頬を叩いた。

逃げようとしたが前を遮られた。体当たりをして一人を転ばせたが、残りの奴らに蹴られ、今度は拳で顔を殴られた。

でかい声で悲鳴をあげた。

ほかのクラスの生徒や先生が様子を見に来てくれた。

それでそいつらは逃げて行った。

 そんなことが何回か続いた。

さくらと康之はそんな忠人の様子をみてクラス会で取上げてくれた。

先生に相手を訊かれて正直に三人の名前を告げた。

その三人は放課後職員室に呼ばれて行った。

が、忠人は事件のせいで前よりひどい虐めにあうようになってしまったと思った。

そういう思考はあらゆる思いをマイナス方向へどんどん押し流してしまう……。

……家も一人じゃ広すぎる、ひとりぽつんとしていると何故自分だけ助かったのか? 妹や両親の事を思い出して泣いてばかりだから家にも居たくない……。

別に妹や両親の事を忘れたい訳じゃないが、思い出すと自分だけ生き残ってしまったことが申しわけない様な気がして辛いからだった。

多分、そのまま自分がその家に留まっていたら自殺しちゃうんじゃないかって思う。

叔母さんや周りの人から妹の分まで生きてと言われたが、どうすればそうしたことになるのか? 考えると辛くなるばかりで……やっぱり死にたくなる……。

《それじゃぁダメだ! 》心の中のもう一人の忠人が言う……。

だから新しい環境で一人になりたかった。

叔父さん達も目黒から横浜の工場に毎日通うのも大変だろうから、自分が引越して叔父さん達が今の家に住めば良いんじゃないかと考えるようになった。

幸い父親の保険金が忠人の口座に入っているので高校を出るまでの間はそれで暮らして、卒業したらほかのガラス工場で働こうと思ったし、働きながら妹達を殺した犯人を探し出して復讐しようとも考えた。

 

 数日後、叔母さんに相談してみた。

叔母さんは「一緒に住もう」と言ってくれたが、何回か話をして横浜の家から三十分ほどのところにアパートを借りることにして、三年生になるタイミングで新横浜の中学校へ転校することになった。

 

 三学期が終わって引越の日、康之とさくらが見送りに来てくれそのまま新居までついてきた。

そして帰りがけ

「近いから遊びにくるよ」と言ってくれた。

手を振って笑顔で別れたが二人の姿が見えなくなると涙が零れて止まらなかった。

 住んでた家は叔父さんに売る形が良いと言われ二千万円で売った。

工場は祖父から父と叔父さんが相続したとき共同所有としていて、その父の分を忠人が相続することになったが叔父さんに譲った。

 すごいお金持ちになった気分だった。

これで自由に犯人探しもできる。

 

 

 新しい中学校では特に虐めは無かった。三年生なのでみんな進学のことで頭が一杯みたいだった。

月に一度くらい康之とさくらが遊びに来てくれた。

忠人はさくらが好きだったから来てくれるのは嬉しかったし、康之は親友だからもちろん嬉しかった。

だけど、いつも一緒に来るのが気になる。

それで、康之と二人になったタイミングで訊いてみた。

「なぁ俺のとこにいつも一緒にくるけどさ、さくらと付き合ってんのか?」

康之はちょっと困った顔をしたが

「あぁ俺もさくらが好きでさお前が転校した後告ったんだ。さくらはお前が好きだったみたいでしばらく考えていたんだけど、付き合っても良いよって言ってくれたんだ。ごめんな」

少し裏切られたような気がした。

「俺の気持ち知ってたのにどうして告る前に言ってくれなかったのよ。親友だろう?」

「そうだけど、でもよ、普通さ転校するってなったら行く前に好きな娘に告ってかないか? さくらも待ってたと思うぜ……どうしてもだったら、お前さくらに告ってみろよさくらが何て言うか……」

「ば~か、そんな事親友の彼女だって知ってて言えるか」

康之の肩を小突いて笑って見せた。

「そうか、悪いな……」

康之はすまなさに恥ずかしさを加えたような笑みを浮かべた。

「なんも、謝るようなことじゃない。で、何処まで行ったのよ?」

「えっ何処までってデートでか?」

「じゃなくって……エーとかビーとかよ、へへっ」

ちょこっと自分の顔が嫌らしくなっているような気がする、興味本位で訊いた。

「ばか、何言ってんのよ、そんなこと言えるはずないじゃん」

そういう康之の鼻の下がべローンと長くなった気がする。そして右手を忠人の顔の前に突き出して親指と人差し指で丸印を作るように近づける。

「なにっ! シーまで行ったのかよ。良いなぁ……俺もしたい」

「彼女に内緒だぞ! 言ったら殺す!」

「ばーか、言わねぇよ。仲良くやれな」

「おー」

ちょうどいいタイミングでさくらが戻ってきた。

そして二人のにやけた顔を見て

「何話してたの? なんか二人とも嫌らしい顔してる」

康之と顔を見合わせて、慌てて手を振り

「いやいや、高校へ行ったら可愛い娘いるかなって話をしただけだ」

「そうお……なんか怪しいぞ君たち。ってか、忠人! 私さ、康之と付き合い始めたんだ。あんたも彼女作んなよ。楽しいし、嫌なことも忘れられる……」

彼女の言いたいことは分かる。けど、今でも両親と明希葉のあの顔が頭に浮かんでくると、憎しみで体中の血が逆流して頭が爆発しそうになる……。

「さくらと違って可愛い娘見つけるよ」

笑って言った積りだったが、頬が引きつっていたかもしれない。

それから康之たちの来る頻度は少なくなった。

忠人も受験があったし高校へ行くと新しい環境に慣れるのに時間がかかって、しだいに二人の事を考えなくなっていった。

 

 忠人は、アパートから歩いて十五分ほどのところにある公立の工業高校に入学した。

事件のことを知ってか知らずかその話をしてくるクラスメイトはいなかった上に、工業高校では実習が多く、それが楽しくて夢中になった。

それにグループで実習を行う事も多くあって自然に友達も出来た。

予想外だったのは女子が圧倒的に少ない事だった。

自分のクラスに男が三十四人いるのに女子は二人だけだった。

片一方を笑顔の可愛い娘だと思ったが、男は全員そう思ったらしい。女子の周りにはいつも誰かがへばりついていて、とても話しかけるチャンスなどない。作業グループも別だし。……残念だなぁ……。

 そんなんで学校にいる間は楽しく事件の事を考える時間も少なくなっていった。

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