内政無双というファンタジー

 この手の話をやってるのを批判するつもりはもちろんないつもりです。

 結果としてそうなってる感じなのは否定しませんが。


 拙作『竜殺し』でも銀行系の話をちょっと書いた際に、銀行の仕組みを導入して内政無双が、というようなコメントがありまして。


 ではできるかといえば、絶対無理だよな、と思って当然やってません。


 私は半世紀以上生きてるので、そこそこいろいろ経験を積んできていますが、でも銀行の仕組みには詳しくありません。正直に言うなら、銀行がなぜあれほどに収益を出せるのか、未だによくわかりません。

 理屈ではわかりますよ。

 多くの人から預金としてお金を預かって、それを元手にお金を貸す。

 預金に預ける期間に応じて利息が付く一方、貸すお金はそれ以上の利息を付けることで、その差額が銀行の利益になる、という仕組みです。

 構造としては単純です。

 さらに言えば、実際には将来性のありそうな企業などに投資して、投資以上のリターンを得る。これもわかりやすいと言えばわかりやすいでしょう。


 が。


 そもそもこのシステムが成立するには、大前提として『信頼できる通貨』の存在が必須です。物々交換でも成立しないとは言いませんが、利息の計算が非常に面倒になります。

 よって、そこが存在するかどうかがまず問題。

 まあ竜殺しの世界は信用できる通貨はありますが。


 さらにそこをクリアしたとしても、現代の様な銀行が成立するには、まず膨大な資金が必要です。

 ですが、特に身分制度があるファンタジー世界の場合、富の偏在は現代の比ではありません。

 現代の銀行制度は、長い年月をかけて積み上げられた歴史の上に成立した制度です。ついでに言うなら、現行制度が完成形かといえば、多分違うでしょう。

 百年後にはまた違う制度が存在する可能性は、誰にも否定できません。

 実際、半世紀前の銀行と今の銀行では、そのサービス内容の根本は同じでも、おそらくその実態は相当違うでしょう。

 つまり、今も進化し続けているシステムなんです。

 ですが、それは私のように半世紀生きてきた人間でも、利用はしていてもそのシステムの詳細は全く知りません。

 一応授業含めて、銀行や日本銀行、利率やら公定歩合やらのことも勉強しましたけど、日本国内の仕組みですらよくわからない上に、今の銀行は日本国内で完結してないでしょうから、もうそうなると全く分からない。


 また、銀行は金を貸して利ざやを得るわけで、つまり最悪なのは踏み倒されること。いわゆる貸倒を出さないことこそ肝要です。それには、絶対的に『踏み倒した方が損をする』という状況を作らなければならない。

 現代日本では、借金はその利率が正統である限りは、基本的に踏み倒すのはリスクの方がはるかに大きいでしょう。給料の差し押さえなどの手段もあり、逃れることは困難です。

 が。

 異世界にそういう仕組みがあればいいですが、ファンタジー系の世界では普通はないかと思います。

 そうなれば、踏み倒すなんて普通にやる。

 そうされないための社会制度を、さらに考えなくはなりません。


 当然それに対する対抗措置も現れるでしょうし、それも対抗措置を……などとやってたら、もう最初の目的(銀行)って何のためにあるの、となります。どうやってもそんなシステム運用できるわけがない、となりますよね。

 それをいきなり、結果『だけ』持ち込んで上手く回せるかといえば、百パーセント無理でしょう。

 銀行の仕組みを知り尽くしたプロでも、多分難しい。

 世界の在り様が違い過ぎますから。


 ちなみに、実際の地球でも、中世において金貸しは存在しましたが、踏み倒されるリスクを考えて、逆に利率がとんでもないことになってたそうですよ。

 ちなみに返さないとなったら、別の貸してる領主とかに『利息少し減らしてやるからあいつら攻めて』とかは普通だったとか。現代では絶対認められない、暴力行為による取り立てなんてのは当たり前の世界です。


 それ以外にも、おそらくたくさんの問題があります。

 私程度の知識ではすぐに出てきませんが。


 正直、銀行に限らずよくある『内政無双』というのは相当な専門知識があっても、おそらく難しいです。

 その世界に『合わせた』形にしていかないと不可能でしょう。

 現代日本の色々な仕組みは、その下地に現代の科学技術(印刷、通信等)が前提にある場合が多いですが、それが異世界で同じかと言えば、違うことだってある。

 全く同一の仕組みを導入するのは、ほとんどの場合おそらく不可能です。技術的、あるいは社会的、文化的な下地が違い過ぎますから。

 そして漠然とした知識だけでそういうシステムを運用できるかというえば、できるはずはありません。絶対どこかで破綻します。


 その世界にあった仕組みを利用してのもので……その手のでこれはありかと思ったのが、『現実主義勇者の王国再建記』にあった、宝珠放送……だったかな。あれを使った事実上のバラエティ番組の放送。

 あれは娯楽を提供するという点においては、ありでしょう。

 王家の設備だからそういう利用方法を誰も考えなかったというのも納得できるし。

 でも、ああいう使い方があると知られた以上、おそらく多くの人がその可能性に目を付けるでしょう。

 そうなれば、遠からず発起人(主人公)すら思いつかなかった多様な使い方が生み出される。

 一人の転移者と、多くの人々のアイデアでは、どちらがより優れた使い方を思いつくかなど、考えるまでもないでしょう。


 まして、魔法がある場合は物理法則とかも異なるわけで、さらに身分制度のことなんて、制度としてはともかく『肌勘』としてどういうものであるかを知っている人なんてほとんどいないでしょう。研究者じゃない限り。


 そんな世界では、どんな地球の行政・商業等の仕組みを持ち込んでも、そう簡単に上手く行くはずはないんです。

 すごく時間をかけてじわじわやればともかく。

 そういう意味では、『賢者の孫』という書籍・アニメにもなったなろう系小説で、主人公とは違う別の転生者がいきなり民主主義を導入しようとして失敗してる話があって、そこに関しては納得できましたね。そりゃ上手く行くはずがない。


 そういう点では、まだ農業改革の方が説得力はあります。

 たいていその手のは、いわゆる農業系チート能力とセットなのもありますし。

 その場合、絶対的に本人の優位性も保たれる。


 実際、生産系統のチート能力などで色々やらかすのはまだいいのですが、社会構造に手を入れるというのは、一個人ではたとえ国王という地位にあっても無理があるんですよね。

 

 例えば、身分制度を廃止して平等な世界を作ろう、と考えたとしましょう。

 しかし身分制度というのは、それなりの理由があって成立してます。

 戦国時代に民主社会を作ろうとしたところで、人々がまずついてきません。極めて小さいコミュニティであれば可能でしょうが、そもそもあの時代、人々が『平等』だとは誰も思っていないんです。

 もしやるとしたら、まず人々の意識を変える教育からやらなければ無理でしょう。

 よく、お話などで『王様や貴族様は角とかが生えてるものだと思ってた』というネタがありますが、あれは冗談でもなんでもなく、『違う人間』だと思われていたわけです。存在がそもそも違うと。

 それが『当たり前』の世界に『人は平等だ』なんて言ったところで、人々がついてくるはずがない。

 少しずつ少しずつ啓蒙していくしかないんです。


 田中芳樹のアルスラーン戦記で、ナルサスが奴隷を解放した結果、むしろ奴隷たちに『前の御領主さまは俺たちを追い出したりしなかった』と言われてしまうシーンがあります。

 現代において奴隷というのは人権尊重の点であり得ないという認識でしょうが、奴隷という立場が当たり前になってる人たちからすれば、彼らが欲しいのは『優しいご主人様』であって、自由な身分ではないのです。

 ちゃんとした生活をできるための教育を施し、自立できるだけの能力を与えて初めて、奴隷という身分から解き放つことができるわけです。

 それを変えるには、やはりとてつもなく時間がかかるでしょう。


 武力とかそういったものでチート能力を持ってる人が無双する話はともかく、ああいう内政無双といったのは、本来は無理があるんですよね。なのでタイトル通り『ファンタジー』なんです。

 ではなぜああいうのがウケたかといえば……。

 武力、つまり暴力による蹂躙という者に対して、基本的に日本人はそれだけであればあまりいい気分にはならない人はおそらく一定数いるのではないかと思います。

 暴力行為による屈服は、まあ好きな人は好きでしょうが、実際そればかりだと何が起きるかといえば、少なくない反発ですしね。


 対して、社会制度を変革することによって世界を支配することは、おそらく『いいこと』だというイメージが付きやすいです。何しろ生活を良くしていこうとする結果、支持者が増えて……という流れが主でしょうから。

 既得権益者の反発があるものですが、日本人的感覚だと、だいたいそういうのは悪役認定されますし(笑)


 なのですが、話はそう簡単ではありません。

 上記の通り、現代の感覚の社会制度を持ち込んだところで、普通なら全く理解されることなく終わります。あるいは前提となる制度が足りません。

 それらをなんとかするのには、軽く数年、下手すると数十年はかかるでしょう。

 まあそんなちんたらやってたら、面白い話にはならないでしょうけど。


 あとはミもフタもない話をしますが、おそらくチート系能力持ちに比べると、共感を得やすいというのもあると思います。なぜなら、その源泉は現代の知識(それも誰もが知ってる程度のもの)であって、武力ではない。

 いわば、『もしかしたら自分でもできるかもしれない』的な話になるからだと思います。主人公に自己投影しやすいというか。

 実際やるとなったら、チート系武力の方がはるかに簡単なんですけどね。


 そんなわけで、異世界話書いても私は政治関連や社会体制などの、少なくとも現代の知識を持ち込むような真似はまずしないと思います。どう考えても意味がないし、それを用いることによる影響をちゃんとリアルに描く自信がそもそもありません。

 そもそも竜殺しで異世界の社会制度だって十分に練られてないのに、そこにさらに異物をいれるとか、頭パンクします。

 せいぜいがコウが考えたような経済の考え方とかでしょうが、この程度であればこの世界の人でもできることです。というか、それ以上の専門知識を高校卒業した程度で持ってるはずはないですしね。


 ただ、多分ほとんどの読者は、そんな現実レベルの整合性なんて求めてはいないでしょう。なんとなくふわっと、現代日本の知識で無双できる話が楽しいというのがほとんどでしょうし、そういう話を、それっぽく書くと面白いのは、前述した『現実主義勇者の王国再建記』とかでも思いましたし(アニメしか見てませんが)


 結局何が言いたいのかというと。

 私がついつい無駄に細かく考えてしまうから、どうしてもそういうのを書けないということに対する言い訳だったりします(ぉぃ

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