第3話 黒髪天使

 バレンタインは始まったばかりだ。

 別に、あいつらからチョコレートを貰わなくてもぼくは、全然気にしないもんねー!

 他にも女生徒はたくさんいるわけだしー、その人たちから貰えれば大丈夫なわけだしー。

 それに、ぼくが恋に落ちたあの子からチョコレートを貰うことができたら、ミッションクリアだ……でも、それは無理か……

 だって、あの子は恥ずかしがり屋。チョコレートなんて直接、男子生徒に渡す度胸なんてないだろう。

 そんなあの子を廊下側の自分の席から目を向ける。

 彼女は窓側の一番後ろの席で本を読んでいた。その姿はまさに、絵に描いた黒髪天使のようだ。

 細く白い肌の彼女の指がページを捲る。

 あの本のページをめくる横顔、めちゃくちゃ癒されるなー。マイ天使のつゆちゃん、可愛い!

 さすがは生徒会役員の書記であり、学園内で男女ともに人気を誇るつゆちゃんだな。

 そんなことを思っていると、突然、女生徒たちがつゆちゃんを囲みだした。

『書記ちゃん、書記ちゃん』

『ど、どうしましたか?』

『バレンタインチョコレートを持ってきたの?』

『は、はい……』

 彼女は、はにかむみながら恥ずかしそうに答える。

 こんな書記ちゃんことつゆちゃんを見たら誰もが萌えるだろう。

 現に今のぼく、めっちゃ萌えてます!

 ああー、恥ずかしそうに答えるつゆちゃん、メッチャ可愛い!

 ん? 今、つゆちゃんはなんて答えた?

『え? マジで⁉ 書記ちゃん、チョコレートを持ってきたの?』

『は、はい……』

 恥ずかしがり屋のつゆちゃんがチョコレートを……

『もしかして、本命チョコレート?』

『……』

 彼女は黙ったままだったけど、顔が真っ赤に染まった。

 この時、空気が一変した。クラスにいる男ども並びに女子たちが急に黙り、教室内が静かになった。

 えー! あの反応は……つゆちゃん、好きな人がいるのかー!

 だ、誰なんだろう……

 他の男子生徒もぼくと同じように会話の内容が気になるのだろう。全男子生徒がつゆちゃんの方をガッツリと見ていた。

『え⁉ 書記ちゃん、好きな人がいるの⁉ 一体、誰? 誰なの?』

 女生徒はぐいぐいと問い詰める。

 いいぞ、女生徒! もっと問い詰めるんだ!

 教室内にしばらく静かさが続いたあと、つゆちゃんは小さくて可愛らしい唇を開いた。

『……ひ、秘密です』

『えー、教えてくれてもいいじゃない』

『……ひ、秘密ですーーーー‼』

 つゆちゃんは顔を両手で押さえながら叫んで、腰ぐらいまである黒髪が肩に着かないほどの速さで教室から走り去った。

 あんな大きな声出して逃げ去るつゆちゃんは初めてみた……可愛い。

 いや、そんなことよりも……マジか、つゆちゃん……好きな人がいるのか……

 ほんと、好きな人って誰なんだろうか……?

 いや、考える余地なんてないか、そんな分かりきったこと。

 ぼくだな!

 そんなのは当たり前だ。

 成功者と呼ばれる人たちが言うには、準備をした者が成功を収めるられるという。

 まさに、ぼく!

 一年前からモテるために努力し、準備をし続けたんだから。

 高校一年の登校日から誰もいなくなった教室でつゆちゃんの机と床、ロッカーなどなど、たくさんのつゆちゃんの物をきれいにしたんだ。

 好きな女の子に対する気遣い、まさに紳士‼

 中学の時から好きな女の子だからな、つゆちゃんは。中学生からつゆちゃんの身の回りの物を綺麗にしなかった方がむしろ異常なのだ。

 とにかく努力と準備をしているぼくだからこそ、つゆちゃんから本命のチョコレートを貰い、他の女生徒たちからもたくさんチョコレートを貰えるというわけだ。

 プリントしか渡さない女どもは抜きにして……

 そんなことを考えていた。しかし、現実は違った——

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