第2話 理解が追い付かなかったんだけどー

 陰男のようにチョコレートを貰えない人には必ず理由があり、努力を怠ったとぼくは思うから。

 やはりモテるためには一定の法則がある。

 ぼくの場合、陰キャぼっちではあるが、ただの陰キャぼっちではない。紳士な陰キャぼっちなのだ。

 今回のバレンタインチョコレートを受け取るために、一年前の高校入学式から準備をしてきた。

 それは、とてつもない地道で長い道のり。

 女生徒の好みの男性タイプというものをインターネットで調べ上げ、自分なりに分析をして、実践してきた。

 それをやってきたのが、このぼく、さとしだ。

 おかげで女の人が大好きな男性タイプで分かったことがある。

 それは、女は何気ない気づかいができるタイプの男が好きだということ。

 インターネットに描かれていたのは、重い荷物をさり気なく持ってあげる。こんな、些細な気遣いが女性にとって好感度を生むらしい。

 そんな感じに細かい行いをこの恋愛高校入学した時からサボることなく、地道にやったんだ。

 黒板消し。他の日直が担当する黒板けしをぼくが自ら進んでやる。

 花瓶の水入れ。誰も手入れをしない花に水を毎日、入れる。

 昼休み。女生徒に頼まれた買い物リストを購買で毎日、買い続ける(けっしてパシリではないよ、たぶん……)などなど、好感度を上げるために数々なことをこなしてきた。

 そんなぼくがチョコレートを貰えないなんてことは、ない!

 そうは思わないか?

「さとしくん、ちょっといいかな?」

 ぼくの席、廊下側の一番後ろの席から声のする方向を見ると、手を後ろに組んでカバンを持つ女の子が廊下に立っていた。

 はい、来ましたー。これはぜっっったいにバレンタインチョコを渡すためのお呼びじゃん。

 ていうことでチョコレート貰いに行ってきまーす。

 席を立ち、女生徒がいる廊下へ向かう。

「どうしましたか?」

「さとしくんに渡したいものがあるの」

 体をもじもじとさせながら、頬を赤く染める女生徒。

 これ絶対チョコじゃん。

 もうこの子の仕草が超絶可愛い。なんなら、チョコをもらった瞬間、恋人関係になってもいいかもね。ぬへへへへ。

 いかんいかん、ここは純粋無垢な男のフリをして紳士に返事をしよう。

「そ、そうなんだ。それで何を渡したいのかな?」

 少し慌てながらも彼女はかばんに手を突っ込み、『何か』を探していた。

 照れながらも賢明に探す姿がなんとも言えぬ可愛さ。

 癒されるわ~。いいよー、いくらでも待つよ~。ゆっくり探しなー。

 そして、ついに彼女は『何か』を取り出して、ぼくに差し出す。

「これをお願い!」

「えっと……これは?」

 差し出されたのは数式が書かれた空欄しかないプリントだった。

「これ、今日までの課題なんだけど、私の代わりにやっておいてくれないかな?」

「……」

 ん、今なんと?

「お願い!」

「……」

 え、バレンタインチョコは?

 フリーズしているぼくにお構いなく彼女は発言し続ける。

「今日、バレンタインでしょ?」

「……うん」

「昨日、好きな人に渡すチョコレートを作っていたら課題ができなかったんだよね。だから、課題を私の代わりにやっておいて!」

「……」

 ぼくが黙っていると、他の女生徒たちが廊下に群がってきた。

「え? さとしくん、代わりに課題をしているの? 私のもお願いねー」

「うちも昨日は忙しくて課題できてないんだよねー、うちのもお願いねー」

 結局、五人の女子から課題のプリントを五枚も受け取った。

「じゃー、よろしくねー、さとしくん」

「……」

 背を向けながら廊下の向こうに消えていく彼女たちをぼうと見たあと、ぼくは黙って自分の席に戻った。

「……スーハ―」

 深呼吸をする。

「……」

 ふっざけんじゃねーーーーよ‼

 マジで? マジで言ってんの⁉

 さっきの状況は、絶対にチョコレートを渡す流れだったじゃん!

 一周回って、ぼく、びっくりしたんだけど‼

 チョコレートじゃなくて、プリント五枚⁉

 プリントなんて渡すか普通⁉

 ちなみに、課題をやってあげるなんて一言も言ってないからね‼

 どうしたら課題を代わりにするように見えたのかな?

 せめて、ねぎらいのチョコをぼくに渡せー!

 ちょっと、ぼくの頭は理解が追い付かなかったんだけどー。

「スーハーーー」

 もう一度、心を落ち着かせるために深呼吸をする。

 落ち着けー、ぼく。

 まだ、バレンタインは始まったばかりだ。


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