帰宅部がダンジョン配信に映りこんでた

だぶんぐる

帰宅部がダンジョン配信に映りこんでた

『帰宅部って、そんなに早く家に帰って何するの?』


 間を持たせるため赤髪の少女は、ダンジョン研修の時、余りもの同士で一緒になったマッシュルームヘアーの帰宅部少年に聞いてみたことがあった。 

 特に理由はなく、純粋な興味からの質問。

 すると、少年は灰色のマッシュルームヘアーの隙間から見える目を泳がせながら、


『ま、まあ、色々だよ』


 そう言った。

 そして、会話終了、無言のまま、淡々と研修を終えた。


 無言のダンジョン研修では、戦闘は少女の独壇場だったが、少年はそれ以外のことがテキパキとしていて、唯一の二人組だったにも関わらず学年一位の成績。

 しかも、ダンジョン研修での報告用記録動画では何故か彼はほとんど映っておらず、少女の功績だけが記録されているような形になっていて、彼女は先生から最高評価を貰えた。


 それからなんとなく彼を目で追うようになったが、特に何かがあるわけではなかった。

 学校が終わればすぐさま鞄からゲーム機のようなものを取り出しながらすぐに帰宅し始めるし、少女が部活でダンジョン攻略に向かおうと運動場で準備をしていたら美化委員会を終えたらしき彼がゲーム機を見つめながら早歩きで帰っていたのを見かけたこともあった。


 何をやっているんだろう。

 謎に満ちた帰宅部の彼のことはなんとなく気になっていた。

 そんな彼が……。


「……ねえ、なんでこんなダンジョンの奥深くにいるの?」


 冷たく緑に輝くダンジョンの床に座り込んだ、傷だらけでボロボロ、赤髪は泥をかぶり、身体中赤黒い血に塗れた少女の目の前で、少年は例のゲーム機を持ったままマッシュルームヘアーの隙間から見える目を、泳がせた。


「ま、まあ、色々?」




 20年ほど前。 

 世界に大きな異変が起きた。

 とある国の研究していた空間同士を繋げる実験が失敗した。しかし、失敗によって世界中にゲームのダンジョンのようなものが現れた。ダンジョンにはやはりゲームのような魔物が現れたのだが、人類にも魔法が使えるようになる人間が現れ始めた。

 そして、冒険者という職業が生まれ、彼らは魔物を倒したりダンジョンでとれる魔石を集めたり自分の活動を配信したりすることで金を稼ぎ、10代のなりたい職業でも一位になる人気職となっていた。それ故、専門学校なども作られた。

 特に冒険者を目指す子どもたちは全国大会も開かれる冒険者部に入って、特別な許可を得てダンジョン攻略を行い、実績をつくっていた。





 

「それでね、ダンジョン攻略をしてたんだけど、落とし穴に落ちちゃって、このざま」


 冒険者部である少女は、自分の血塗れの身体を見せつける。装備品はボロボロな上に血で汚れているが、身体のケガ自体は先ほど回復薬を使い、塞がっている。周囲を警戒しつつ、血や泥を拭き取りながら状況説明してくれる少女からちらと視線を外した少年が困ったように眉を寄せる。


「はあ、相変わらず大変なんだね。不知火さん」

「あれ? 私の名前知ってたの?」


 不知火と呼ばれた少女が首をかしげ胸元までかかる赤髪を垂らすと、持っていたゲーム機をそれ専用らしきベルトのホルダーに差し込み少年が苦笑する。


「いや、だって、ダンジョン研修で一緒だったでしょ。しかも二人だけの班で。ちゃんと覚えてるよ、不知火焔(しらぬい・ほむら)さん」


 焔はうんうんと満足げに頷くと身体を前のめりにし、じっと少年の目を覗き込んだ。


「そっかそっか、ありがとね。北国原新雪(きたくにはら・しんせつ)君」


 突然の焔の急接近。新雪は思わずのけぞり両手で小さくバンザイする。魔物と血、泥の臭いが充満したダンジョンの中でふわりと花のような香りをさせる焔は心臓によろしくないと後ずさり。


「お……僕の名前知ってたの?」

「だって、ダンジョン研修で以下略」

「以下略て」


 焔の言葉に新雪が笑うと一気に空気が弛緩し二人で笑いあう。


「いや、でも、本当に何してるの? 北国原君、帰宅部だよね?」

「ああ、うん。あの……家に帰ってた」

「家に!? それでダンジョンにってどんだけ迷子なのよ!」


 声が洞窟に反響し、慌てて焔は自分の口を塞ぐ。息をひそめ耳を澄ませる。魔物の声は聞こえない。ほっと胸をなでおろし、口元に手を添え新雪の耳元で囁く。


「迷子すぎるでしょ……しかも、ここってC級ダンジョンだよ。学生が入れる最難関ダンジョンの1つ【緑晶洞窟】だよ」


 ダンジョンは難度が分けられ冒険者の能力で入れる難度が決まっていた。プロライセンスを持つ『特例』を除いて学生が入れるのはC級まで。迷子で入っていいような場所ではないのだが、新雪は美少女焔に耳元で鈴を転がしたような声を聞かされそれどころではない。


「? ねえ」

「え、あ、あー……」


 顔を真っ赤にさせた新雪はまた少し目を泳がせた後、ホルダーからゲーム機を取り出し、落ち着きなく触りながら話し始める。


「あー……えーと、ウチの家が色んな意味で変わっててさ」

「え? あー、うん」


 焔は、新雪を見ていたら分かると言いそうになった口を噤んでただ頷く。


「今日は、家の鍵がここのダンジョンの奥にあるっぽいんだよね」

「どういうこと!?」


 思わず身体を仰け反らせ驚く焔。家族にしか分からない場所に鍵を隠しておいて取り出すという家庭があることは焔も知っている。

 だけど、よりによってダンジョンの奥に隠しておくなんて意味が分からない。新雪はちらと驚く焔を見て乾いた笑いを浮かべる。


「えーと、出来れば内緒にして欲しいんだけど」

「わかった」

「ウチの親が結構有名な冒険者でクソ野郎なんだけど」

「ほ、ほう……?」


 突然の暴言。


 この北国原新雪という男子は、学校でも大人しいし人の悪口を言う所なんて聞いたことがない。だが、今、思い切り何のためらいもなく今『クソ野郎』と、しかも、身内の事を言い放ったのだ。ダンジョンの壁や天井は微弱な魔力が宿り薄く緑色に光っている。その淡い緑の光が照らす新雪の嗤う修羅の相に焔は震えた。


「僕を自分と同じ凄い冒険者にする為に、家の鍵を毎回どこかのダンジョンに転移(ワープ)させるんだよね」

「どういう家!?」

「で、僕は毎回家に入る為にダンジョンに鍵を回収しに来てるってわけ」

「どういう事!?」

「だから、僕、帰宅部中なんだよね」

「どんな帰宅部!?」


 焔の三連続ツッコミが冴えわたり、新雪が感心したように小さく拍手をしている。


「だから、本当に頭おかしい家なんだよ、ウチ。しかも、その鍵、クソ親が魔法で生み出してて、24時間で消える仕様だし、毎回玄関の魔法ロック変えてるから記憶も出来ないし」


 魔法が生まれてから生活が一変したというのは、歴史ドキュメンタリー番組で何度も見た。その番組を映している魔導テレビも昔では考えられない代物だったと焔の父親が言っていたのも覚えている。

 だから、一定時間で消える魔法の鍵もそれに合わせたロックも分かるが、いちいちそれを毎日作り出すなんて新雪の言う通り頭がおかしいとしか思えない。


「へ、へえ……えーと、大変だね。あ、でも、どこかのダンジョンってなんで分かるのさ?」

「ああ、これだよ」


 新雪が先程から触り続けていたゲーム機を焔に見せる。

 それは学校で他の男子も休み時間によく遊んでいる有名メーカーの魔導ゲーム機『S・WITCH』だ。


「これってゲーム、だよね?」

「うん、これって、自分で魔力回路をプログラミングしてアプリが作れるんだけど……。それで、魔力を探知するマジックアプリを作ったんだよ」


 新雪がカチカチとボタン操作を始めると、画面が橙に光り、リコーダーのようなマークがついたアイコンが浮かび上がる。そして、その橙のリコーダーがキィンと焔の耳に聞こえるか聞こえないかのような微弱な音を鳴らすとうっすらオレンジの魔力波を広げていく。

 暫くして新雪が焔を手招きし、ゲーム機の画面を見せてくる。画面には、ダンジョンの地形や魔物の存在が表示されており。焔は丸くて大きな瞳を更に大きく丸くさせる。

 マジックアプリは焔も使う。だが、生活にちょっと役立つ程度のものだし、大手魔法会社がリリースしたもの。 あまりにもハイクオリティすぎる学生自作マジックアプリに焔はただただ驚いた。


「すごいな! 北国原君!」

「いやいや! これも物凄い使い勝手が悪くて、今のところ作った僕しか使えないんだよ。魔力消費量もヤバいし。……それに、僕がこれを作ったのは立派な目標なんかなくて、家に帰る為に必要だっただけだよ。で、これで今日はこのダンジョンだったから飛び込んで歩いてたら、不知火さんが落ちてきたってわけ」

「な、なるほど……?」


 目立たない帰宅部の普通の男の子だと思っていた新雪の発言は何から何まで規格外。焔は、首をかしげながら頷く。理解が全く追いつかない。


「というわけで、僕は鍵を回収したら出るから、不知火さんは先に出てて……いや、送るよ。結界張るからそこで待っててくれる?」

「結界張れるの!?」


 理解が追いつかない状態で更に追加情報がアップデートされ、焔は頭を両手で押さえ思わず叫んでしまう。


「結界って、あの結界だよね!? 賢者様とか高ランク魔法使いが使う魔物を入れなくさせる壁の方の。この前動画配信で、24時間ダンジョン配信で見た事あるけど!」

「えーと、うん、壁の方じゃない方知らないけど。週末はめっちゃ深いダンジョンに潜らされて仮眠とらないとヤバいから……マジックアプリ作った」


 例のゲーム機からチョークのようなアイコンが飛び出し、白い光を放つ。魔法の白線が現れ焔たちの周り囲む。そして、白線から光が吹き出すとパイプのような形で天井へと伸びていく。

 その光を見て、焔は思う。

 動画で見た奴と同じやん。いや、賢者のより硬そうやん、となぜか関西弁で思った。


「北国原君何者!?」

「ほんと秘密にしといて」


 開いた口がふさがらないまま焔が新雪を見ると、新雪は顔の前で手を合わせる。

 異常なほどの安心感ある光の壁に囲まれ焔はほうと息を吐きぺたんと座り込む。


「冒険者になったらいいのに」

「不知火さん、僕は、クソ親と同じ職業にだけは絶対に就きたくないんだ。勿論冒険者自体は素晴らしい仕事だと分かっているけどね」

「お、おう……」


 突然の暴言。


 どうにも新雪は親が大嫌いらしい。先ほどまでの両手を合わせてお願いのポーズをしていたはずなのに今は相手を殺す前の殺し屋の合掌に見えてしまう。


「あ、じゃあ、鍵回収して、すぐに戻ってくるから」

「いやいやいや! 危ないって! いくら北国原君が凄くても、攻略推奨人数、学生なら10人のC級ダンジョンだよ! 戦闘はソロじゃあ無理だって! 私も行くから!」


 この結界は確かに強力。だが、強い力には必ず代償が伴う。それはいくら魔法でも同じこと。等価交換は世界の常識だ。であれば、この結界を張るだけでも魔力を相当使っている上に、先ほどの探知も魔力消費が激しいと言っていた以上新雪は無理をし続けているのだろうと焔は心配した。

 それに魔物達は複数で襲い掛かってくることが普通。探知が出来ても、人の目は前に二つ。全てに対処できるわけではない。恐怖よりも心配が勝り焔は必死で新雪にしがみ付く。


「し、不知火さん! 皺になる。制服に皺が出来ちゃうから!」


 妙に所帯じみたことを言いながら、新雪が焔を引き剝がそうともがくが、焔は新雪をがっちりとホールドし離れようとしない。

 このままでは埒が明かないと思ったのか、新雪はふぅとため息をつくと焔を見る。


「わかった! 分かりましたから。……一緒に行こう」


 新雪がそう言うと焔はにっこりと笑って頷き、立ち上がって準備をテキパキと始める。

 焔の切り替えの早さに新雪は苦笑し、そして、ふと彼女のボロボロになった装備を見て、頭を掻く。


「不知火さんはさ」

「ん?」

「なんで一人だったの?」



 新雪がそう問いかけると焔はハッと何かに気付いたように顔を曇らせ、取り繕うような笑顔を新雪に向ける。


「いや、だから、落とし穴に落ちて」

「落とし穴なんて初歩的な罠。探知系スキル持ちがいれば一発だし、ダンジョン攻略で探知系スキル持ちを連れて行かないなんてあり得ない。その上、このダンジョンの攻略推奨人数10人だよね。なのに、なんで不知火さんの武器そんなにボロボロなの?」

「……」


 新雪の言う通り、焔の装備品はボロボロ。装備品の破損具合から見て、落とし穴に落ちただけとは思えない。

 まるで一人で戦ってきたかのような……。

 言葉を詰まらせた焔が新雪から目を逸らし、もう一度ヘラッとした笑いを作る。


「いやー、ほんと凄いね。北国原君。……私さ、冒険者部で浮いちゃってんのよね。学校によるんだろうけど、ウチの冒険者部さ、今、3年の貴崎浦先輩って言う女王様が仕切っててさ、今の冒険者部は結構……バズり重視って感じで、ダンジョン攻略もほどほどにダンジョンで面白そうな事とかやってるだけなんだよね。で、貴崎浦先輩の親も結構有名な冒険者でさ、学園のスポンサーでもあるから逆らえないっぽくてさ、私、でも、我慢できなくて、意見したらさ……こんな感じ」


 その3年生の先輩がかなりの嫌がらせをしていたんだろう。ボロボロの装備を見せてくる焔の深い悲しみを浮かべた瞳がそれを物語っていた。


「一緒に連れていってはくれるんだけど、私へのサポートは一切なしで、配信に映らない所で結構陰湿な事やってきて……今日は極みだったね。偶然ぶつかった振りして落とし穴に落とされた」


 そう言い、穴の開いたダンジョンの天井を見上げる焔の目元はうっすらと緑に光っていた。


「私さ、すごい憧れてる冒険者が二人いてさ……一人は配信しながらダンジョン攻略でめっちゃ活躍してて、もう一人は超謎の人物なんだけどいつも颯爽と現れてすごい人助けしてかっこよくてさ。そんな風になりたかったのにさ……悔しいよ」


 そう言って焔は上向きのままぐしぐしと袖で目元をこする。新雪は無言のまま焔に近づき……焔の両肩をがしっと掴み、焔を自分の方へ向けさせる。

 少し頬を赤らめた焔の瞳を真っすぐ見つめながら、新雪は力強く言い放つ。


「……不知火さん、君みたいな人が冒険者になるべきだ」

「え?」


 その言葉に焔は目をぱちくりとさせる。だが、新雪はそんな焔の表情に構うことなく話を続ける。


「その貴崎浦とかいう女もウチの親父もほんとクソだ。だけど、君は違う。君のようなちゃんとしたモラルを持った人が冒険者であり、配信をやるべきだ。だから」


 ふわりと赤髪の頭を撫でる新雪。

 灰色のマッシュルームヘアーの隙間から見える目は優しく微笑んでいた。


「僕が力を貸すよ」

「え?」


 新雪はそう言うと、呆気にとられている焔の前に立ち、撫でていた右手を差し出す。

 その差し出された右手を握り返すことも出来ず、焔はただ目をぱちくりとさせる。


「このダンジョン完全攻略してやろう」

「完全、攻略って、ええ!? ボスを倒す気!?」


 ダンジョンにはボスと呼ばれる強大な魔物が存在し、ダンジョンの源であるダンジョンコアの傍に居座っている。そのボスを倒すことで、『完全攻略』となり、冒険者の実績に入れられる。C級の完全攻略など学生では特例、在学中にプロライセンスを持った特別な存在でしかあり得ない。

 だが、新雪は迷いのない瞳で焔を見つめ、小さく微笑み、話を進める。


「うん。だけど、僕も早く帰りたいから、速攻で」

「ええ?」


 驚き続ける焔をよそに、新雪は無理やり焔と握手を交わし、ゲーム機の操作を始める。


「マジックアプリ〈Larc〉発動。久々に全部のっけで行くか」


 新雪は呟くと、ゲーム機を物凄い速さで操作し始める。画面から緑の包帯アイコンと赤の服アイコンが飛び出し光となり、焔に迫る。緑の光はあわわと慌てる焔の身体に包帯のように巻き付き回復薬でかろうじて塞いでいた傷を完全に治し魔力を注ぎ、赤い光は巻き付いた緑の光の上から服のように貼りついた。


「あのー、北国原君? この赤い光なにかな? すっごく力が沸いてくるんだけど……」

「あ、それ、強化魔法ね。下手な装備よりよっぽど能力上げてくれるから」


 さらりと新雪は答えるが、焔には何が何だかさっぱりわからない。

 だが、これは、とんでもない強化魔法だ。

 それだけが分かり、焔は考えることをやめた。この帰宅部の男の子はおかしい。

 ただ、それを受け入れることが出来れば、あとは楽だった。


「じゃあ、さっきの探知でボスは見つけておいたから、さっさと移動しようか」

「じゃあ、北国原君、移動マジックアプリよろしくねー」

「流石、不知火さん。僕の移動マジックアプリに気付くなんて!」


 知らないし、気付いていたわけではない。


 ただ、あったらいいなーと思うものを適当に焔は言っただけだった。新雪は嬉しそうに笑うと、ゲーム機から飛び出したのは青い波のアイコン。青い光が地面に落ちていき水のように広がる。新雪はその水に浮かばせた大きくて白いビート板のような魔力の塊に焔の手を引きながら乗ると、


「行くよ! 不知火さん!」

「え、えぇええ!?」


 青い魔力は波を打ち、新雪たちの乗ったビート板もどきは大きな水しぶきのようなものを上げながら、ダンジョン内を軽快に、そして、恐ろしい速さで移動し始めた。

 巨大な水しぶきと青い魔力の光だけを残し、超高速で移動していく二人。

 未確認高速移動物体を見た魔物達のぽかんとした表情が一瞬で現れ消えていくのを未確認高速移動物体の一部である焔が同じくぽかんとしたまま見ていた。


「見えた! 不知火さん! ボスだ!」


 新雪が叫ぶと、その進行方向から巨大な魔物が現れる。

 真っ赤な、燃え盛る炎のような毛を纏った狼の魔物。焔たちを発見すると同時に大きく息を吸い込む。その動作に新雪は冷静に反応、急停止から結界を発動。直後、魔物の口元から真っ赤な火炎が放たれる。その炎は前方一直線へと伸びるが、結界には傷一つない。


「結界すご……っていうか、アレはBマイナス指定の紅狼! なんでC級ダンジョンのボスがBマイナスなのよ!」

「ここのダンジョンの管理、もしくは、調査が甘かったんだろうね!」

「国、仕事しなさいよぉお! どどどどどうするの! 北国原君!」


 焔が抱き着きながら涙目で叫ぶと、風によってマッシュルームヘアーが巻きあげられ、その下の新雪の素顔が露になる。新雪の顔は、中性的な顔立ちに整っているが額に大きな傷がある。瞳は綺麗な空色でその目は真っ直ぐに前を向いていた。


「速攻倒すね。早く帰りたいから」

「き、帰宅部の鏡めぇえええ!」


 新雪はゲーム機を器用に片手で操作して現れたのは黒い鎧のアイコンと黄色の剣のアイコン。そして、黒と黄色の光が洞窟の薄緑の輝きをかき消す勢いで埋め尽くす。

黒い光は新雪の身体に纏わりつき鎧のような形に変わる。


「すごいな北国原君! その鎧ってぇえ?!」

「早く帰る為に身体能力と防御力を上げる魔法の鎧!」


 そして、黄色の光は新雪のゲーム機を取り込み巨大な刀に変わる。


「すごいな北国原君! その剣ってぇええ!」

「早く帰る為にぶった斬る剣!」


 紅狼に急接近し、その手に握る刀で紅狼の首を一刀両断。

 そして、そのまま高く跳躍すると、天井に刺さっていた鍵を抜き取り着地、焔を見てにこり。


「これ、ウチの鍵」


 焔はそれに応えるようににっこりと笑い……考えることをやめ、帰路につくことにした。




「おおーん! この貴崎浦の実力が足りないばかりにい! 大切な、仲間を……不知火さんを置き去りにしてしまいましたわあ!」


 ダンジョンの外では、金髪縦ロールの少女が泣き叫んでいた。

 貴崎浦伊薔薇。焔をいじめ、置いてけぼりにした張本人が配信用カメラの前で大泣きしている。

 勿論、嘘泣き。

 周りの取り巻き達もそれは理解している。その上で貴崎浦に同情する振りをしながら撮影を続けている。


「いずれ! 必ず! この貴崎浦伊薔薇が不知火さんの仇を……!」

「いや、死んでないですし、いいです」

「へ?」


 貴崎浦が振り返ると、呆れたような目で貴崎浦を見る焔が立っていた。


「え? あ? 不知火さん、貴方無事でしたの?」

「えーなんとか。まあ、無事どころか。この通り」


 焔は討伐の証拠である紅狼の真っ赤な牙を見せ、貴崎浦ににやりと笑い返す。


「そ、それは!」

「ボス討伐の証拠です。あとで、冒険者協会に討伐確認に来てもらいます。ああ、そうそう先輩、気付いていなかったかもしれませんけど、私も私で攻略動画撮っていたんで、これも一緒に提出します。まあ、先輩たちの悪行も写っているかもしれませんけど、これから頑張ってください」


 焔がそこまで言うと、貴崎浦は顔を真っ赤にして叫ぶ。


「おま! おまんち! お待ちなさいな! いえ! お願い待ってください! 不知火さん」

「ああ、すみません。帰宅部の彼が早く帰りたいそうなんで、お先失礼しまーす」


 焔は言い放つと、新雪と共に貴崎浦たちに背を向けて去っていく。


「これで万事解決ね!」

「え? いいの? もっとアイツらに反省させなくて」


 新雪はあっさりとしている焔を心配そうに見つめるが、焔はそんなことお構いなしに、小さく微笑む。


「いいのいいの! あんな奴構うより、君と帰る方が大事だから。ね、北国原君。いや、シャドウナイト様」

「シャドウナイト様!?」


 新雪が目を見開くと、焔はにっこりと微笑み頷く。


「やっぱり知らなかったのね。シャドウナイトって今、冒険者界隈じゃあ有名な名前よ。どこからともなく現れて、危機に陥っている冒険者を救う超謎の黒づくめの男。さっきの黒い光の装備を見てびっくりしたわ。まさか、北国原君がそうだったなんて」


 新雪はその言葉に頭を抱える。まさか、自分がそんな存在になっていたなんて!

 ただ家に帰ろうとしていた。新雪からすればそれだけのことで、そのついでに帰り道で困っている人をちょっと助けた。で、いちいち構われたり調べられると帰る時間が遅くなるから顔を隠していただけだったのにまさかそんなイタい名前で呼ばれていたとは……!


「ねえ、聞いていい?」

「……まあ、もうほとんどバラしちゃったし」

「新雪君ってそんなに頑張って家に帰って何してるの?」


 焔が、とててと小走りに新雪の前へと回り込むと、じっと目を見つめてくる。


「親父がクソだから」


 突然の暴言。


 だが、焔は目を逸らさない。すると、新雪は頭を掻き目を逸らす。


「……ウチね、家に母さんと妹と弟がいるんだけど。親父はね、特権持ちの冒険者で重婚してるからほとんど家に帰って来ないんだよね」


 新雪はぽつりぽつりと話し出す。


「だからさ、いっつも寂しそうなんだよ。母さんも弟たちも。まあ、母さんは仕方ない所あるよ。父さんが強くて顔がいいから好きになってハーレムも受け入れて、でもね、子どもには一切関係ないんだよ。そんなことは……! 色んな女と付き合って結婚して子どもつくってローテーションで家回って、半自動で鍛えることが出来る魔法とAIの融合システムを作り出して無理やり子どもにさせて……そんな風に育てられた子どもがどうなると思う? こうなるんだよ。それでも、生まれてくる子どもにちゃんと愛情を与えられるかどうかもちゃんと事も考えることも出来ないクソ親父みたいに僕はなりたくない。だから、僕は家族を大切にしたい。だから、僕は家に出来るだけ早くちゃんと帰る。どんなにあのクソが修行とか言って邪魔をしてきても。絶対に。それだけの話だよ」


 新雪が吐き出すように一気に話すと、焔は笑った。


「そっか……やっぱり北国原君は、かっこいいね」

「……今のでどうしてそう思えるの?」


 灰色のマッシュルームヘアーを乱暴に掻きむしると、新雪はゲーム機を操作し、青のアイコンを生み出す。


「じゃあ、帰るね」

「私っ! 北国原君の家に行ってみたい!」

「はあ!? なんでそうなるの!?」


 新雪が信じられないという顔で焔を見つめると、焔は目を輝かせている。


「だって、そんな早く帰ってたってことは友達と遊んだことないんでしょ? 私、一緒に帰るからさ! 遊ぼうよ! 君のお蔭でダンジョン攻略一瞬で終わったし!」


 焔のその眩しい笑顔に新雪はため息をつく。

 そして、頭を掻きながら焔に告げる。


「弟たちと……遊んでくれるなら、いいよ」

「やった!  あ、そうだ、友達だし、私のことは焔でいいよ。新雪!」


 そう言うと、焔はビート板もどきに乗った新雪の腕に抱き着いた。


「し……!」

「ところでさ、新雪の家ってどのあたり?」

「えーと、今はあのへん」


 新雪の指は真上を向いている。焔は固まった笑顔のまま首をかしげる。


「んん~?」

「ウチ、クソ親父のせいで空に浮かぶ島にあるんだ。だから、その日によって位置変わるんだ。だから、飛ぶね。舌噛まないように気を付けて」


 そう言うと、新雪は青の光を解き放ち、一瞬で上空へ飛び上がる。

 焔は考えることをやめ、笑い出す。


「あははははは! もう色々考えるのやめたわ! 明日からも一緒に帰ろうね!」

「いいけど」


 暴風の中、かすかな声が聞こえる。その声には少しだけ嬉しさが混じっているような気が焔にはした。


「一緒に帰るの、『色々』大変だよ?」


 そう言ってマッシュルームヘアーの少年はゲーム機を操作しながら笑った。

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