母を探して

シナリオン

第1話

私は五歳の少女だ。ここは病院の待合室で、私は青シートのパイプ椅子に腰掛けている。私は一人で、母親の帰りを待っていた。

それは、とても座り心地の悪い椅子だった。少し体を前後に動かしただけで、ギシギシと耳障りな音がする。


暇だったので、私は自分の指を眺めてみる。私の指は、なんだかとてもふっくらとしているように見えた。私は自分の指を曲げてみる。私が動かそうと思うだけで、指たちは勝手に動いてくれる。私には、それが嬉しかった。私は、確かに何かと繋がっているのだ。


私の母は病室に入ったきり、帰ってこない。私にはそれがとても心細かった。なぜなら私は母のことが大好きだったからだ。母が帰ってこないだけで、私の心は震えた。今すぐにでも、母に会いたいと思った。私はパイプ椅子から立ち上がった。そして、病院の廊下を歩いた。たくさんの患者が私の隣を通り過ぎていく。青白い病衣を着て、細長い点滴の器具を連れた患者たちは、私の目にはまるで宇宙服を着た宇宙人のように映った。私は病室ではなく、エレベーターの扉を目指して歩いていた。なぜなら、私には既に病室の中に母はいないように思えたからだ。私が椅子に座っている間に、母は全く別の場所に移動してしまったかのように思えたからだ。


そして、私はエレベーターに辿り着く。小さくて簡素な造りのエレベーターだが、五歳の私からすればそれは白い監獄のように見えた。それでも、私は引き寄せられるようにエレベーターの個室の中に入る。エレベーターの中には何も存在しなかった。ただ、四方を白くて無機質な壁が囲んでいるだけだ。私はそんな空白の空間にいることで、体の力が抜けていくのを感じた。空気がなくなっていく。私の意識は薄れていく。そんな風に感じた。私は、私の思考世界の中で、すでに眠ってしまっていた。そこで、私は母の夢を見ていた。


エレベーターが止まった。それと同時に私は目を覚まし、エレベーターの扉は開いた。私が目を覚ましたのは、まだ空が真っ暗な明け方の時間帯だった。私は、辺りを見回してみた。暗いので、そもそもがよく分からなかったが、その場所の風の匂いから、自分は全く知らない土地に来てしまったのだということが理解できた。この時、私は、自分の身に起きたささやかな変化に気づいた。私の体は、まるで私の母親のように、大きくなってしまっていたのだ。私はもう、子供ではなく、大人だった。

私は思った。私はこの見知らぬ土地で、母を見つけなくてはならない。



少し歩くと、私は遠く彼方の方に明かりをみつけた。私は、そこには母がいるかもしれないと思ったので思いっきり駆けた。いつもより速く駆けることができて、私は嬉しかった。私の足は、私が知っているよりも遥かに長くなっており、少し地面を蹴るだけで目の前の景色はガラリと変化した。


そこには、たくさんの家があった。そして、私はその中に自分の家があることに気づく。私は自分の家のドアを開けた。

家の中に入ると。そこには廊下がある。私は少し歩いて居間に入る。すると、そこには父がいる。

「父さん。一体母さんはどこに行ってしまったの。」

私は父にそう問いた。

「娘よ。母さんは買い物に出掛けてしまったよ。」

父がそういうと、私は悲しみのあまり泣き出した。そんな私を父は優しく抱きしめてくれた。

「それじゃあ、母さんはもうこの家には帰ってこないのね?」

私は聞いた。

「いや、帰ってくるさ。ただそれには長い時間がかかるというだけなんだよ。」


私は母の行ったスーパーマーケットを父に教えてもらった。

なぜ、そんなことを聞くんだい?と父が聞いた。

「私は母さんに会いに行きたいの。ねえ、いいでしょ?」

父は少し悲しそうな顔をしたが、やがてにっこりといつもの笑顔を取り戻し、こう言った。

「それじゃあ、帰り道を忘れちゃいけないよ。迷子になったら、父さんも、母さんもお前を探すのが大変だからね。」

うん、分かった、と私は言い、母の向かったスーパーマーケットへの道を急いだ。



私は車を使った。大人になったのだから、車を使うことができたのだ。

窓の外を見慣れない街の風景が過ぎ去っていく。私は初めてみるその街の風景に何だか懐かしさを覚えた。

懐かしさとは、私にとって最も新鮮で、心地の良い感覚だった。

私の乗った車は、高速道路を走り、土手道を走り、時には川の中を走った。

なぜなら、私は一秒でも早く母に会うことを求めていたからだ。


私がそのスーパーマーケットに着いたのは、もう日が暮れようとしている頃であった。

私は、自動ドアを通り抜け、パンのある場所へと向かった。なぜなら、母がよく私にパンを買ってきてくれるからだ。パンのコーナーには、たくさんのパンが並んでいた。カレーパンにやきそばパンにコーンのパンにチョコレートのパン。そんなパンの並びの1番奥に、私の母はいた。


「母さん。」

私がそう呼びかけると、母は私に気がついた。そして、私のことをぎゅうっと抱きしめてくれた。私は、嬉しくて涙を流した。やっと母に会うことができたのだ。私には、これ以上の喜びは存在しなかった。

母が言った。

「母さんも、あなたに会えて嬉しいよ。」


私は母としばらく抱き合っていたが、スーパーマーケットが閉店の時間になってしまった。母は私に言った。

「あなたは、もう帰る時間よ。また、ここで母さんと会いましょうね。」

「うん。分かった。」

私は母親と会えたことですっかり満足してしまった。


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