第3話 (蓮目線)

夢は見なかった、と思う。気がついたらクローゼットの隙間から入ってくる光の向きが変わっていた。和人はまだ帰って来ていない。


律儀な問題児が僕の手を単に縛るだけじゃなくて後ろ手に縛っていったせいで、ものすごく眠りにくかった。今も体中が痛くてしょうがない。


寝るんじゃなかったな、壁に寄りかかって目を閉じるってとこでやめとけばよかったと僕は後悔した。


って言うか。あいつ、ちゃんと純に設定考えて話したんだろうな。忘れたとか言われたら許せないんだけど。


することもないから、隙間から入ってくる光を見つめることにした。暗闇にいると人は意外とすぐに発狂するという話を聞いて以来、僕は暗闇が怖くてしょうがない。

せめて夜になって光がなくなるまでは暗闇を感じないようにしないと…そこで失敗に気が付いた。


今寝たからには、夜はきっとよく眠れない。手足の痛みが麻痺してくればまだ良いんだけど、もし強くなったりしたら間違いなく眠れない。どうしよう。


狂言誘拐が始まってから恐怖を覚えたのは、この時が初めてだった。僕はきっと眠れない。眠れないと、6時間くらい暗闇の中だ。和人が電気を消してから、夜が明けるまでずっと。


耐えられるか?僕に。


駄目だ、きっと耐えられない。そうすると、自分を守るためには夜までに和人と交渉して、電気をつけっぱなしにさせるか一旦解放させるかってことになるんだけど、残念ながらそのどちらもほぼ望めない。僕の口にはガムテープ、和人は暴走中だから。


脳内でこの恐怖を増幅させて、それで泣いてみたら和人が泣き顔を見ようとして開けてくれたりしないかな?…でも笑ってまた閉められる気しかしないから、やめておこう。


じゃあ咳でもすれば心配したり…しないだろうな、誘拐だから。


なら…



こんな調子で僕はずっとずっと考えていました。なんとか無事に明日を迎える方法は無いかと。



ドアが開く音で目が覚めた。和人が外から帰ってきたみたいだ。…


ああ、また眠ってしまった。僕はもう一度絶望した。お腹も空いている気がする。小学校中学年の遊びのレベルは、とっくに踏み越えていた。


クローゼットのドアの隙間から入ってくる光も、消えかかっていた。もうすぐ夜が来る。


そうだ、この前軽く覚えたモールス信号を使ってみるのはどうだろう?とっさの思いつきに、気持ちが少し晴れた。


ドアに背を向けて座って、手を動かしてノックしてみる。

『開けて、話がある』


でも、モールス信号なんてせいぜいSOSくらいしか知らないだろう和人はまた笑うと、

「安心しろー、ちゃんと純には説明してきた。明日開始ってことで。」

なんて言う。


さらに、僕が黙っていると何を勘違いしたのか

「ああ、悪い、ホントは明日会おうってことしか言ってない。まだ設定固まってないんだよ。」

なんて言いやがる。


明日?なら明日始めろよ。そうすれば夜を超えないで済んだかもしれないのに。つーか、明日はエイプリルフールじゃねえ。1日で終わらせろよ、お前も朝『1日遊べるな』って言ったんだから。


…そう思いはしても僕に今しゃべる権利はないから何も出来ない。開けてもらう方法もいい加減尽きたし、諦めて夜を過ごすしかないかもしれない。


まあ仕方ないか。こんな奴の口車に乗せられた僕が悪い。泣き寝入りする人間の常套句だってわかってはいるけど、この状況でできることは正直何もない。まあ壁を蹴るとか、できることは皆無でもないけど、和人の親には迷惑をかけたくない。


あれ、親といえば。僕の親にはちゃんと言い訳してあるのかな?和人のことだから、忘れてる気がする。いや、絶対に忘れてるに違いない。


うわー、どうしよう。あの両親のことだから心配で何も手につかないなんてことは無いだろうけど、逆に『遺伝かなー』なんて言われたらたまったものじゃない。


どうすれば和人は電話をかけてくれるかな?さっきの和人の笑いを思い浮かべながら、僕は考える。

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