第42話 視える男、天敵に挑む。

次の更新は月曜日の8時です。

*****


 煌々と輝く満月を確認して、僕はカフェのドアを大きく開けて外へと一歩踏み出す。


 嫌な感じは今のところ、ない。


 商店街のアーケードの中は静かで、人どころか動物の影さえなかった。


 葛城と鬼一が用意した人除けの術は、今のところきちんと作用しているらしい。


 思慧と以前買い物のために通りかかったときは、昼間だったのもあってもう少し賑やかだった。


 しんと静まり返った商店街に僕の靴音がやけに響く。


 商店街の突き当りには、思慧と一緒に行った八百屋さんがあった。そこに行くまでにコンビニがあり、フランチャイズのお弁当屋さんは八百屋さんの方向とは真逆にある。


 一度八百屋さんまで行って何もでなければ、コンビニに寄ってお茶を買う。そこからフランチャイズのお弁当屋さんに行く振りをして、ぽてぽてとゆっくり歩くのだ。


 あっちも人間がただ歩いてるだけじゃ警戒するだろう。ちょっとした小芝居は必要だろう、そういうことだ。


 そんな僕を、店の天井伝いに鬼一と葛城、スミシー氏が見張っている。


 気配を術で上手く隠しているらしく、視界の端にすら移り込んでこない。


 エコバッグを持ってひたすらに歩けば、少しして八百屋さんに行きあたった。ここで商店街を折り返す。勿論すぐにではなく、少し考える素振りをして。


 そしてまた歩き出す。


 依然として百足がやって来る気配はない。


 なので作戦通り、今度はコンビニへと向かう。


 明るく光が漏れる店は、なるほど陰に潜んで生きる物には近付きにくかろう。本当をいえば僕も近づき難い。眼精疲労が蓄積されている身には、明るすぎると目に染みるのだ。不健康万歳。


 それでも作戦は作戦。


 目を眇めて中に入ると、桃果汁100パーセントのジュースとお茶を買った。


 何で桃果汁100パーセントを選んだかといえば、桃は邪気を祓うって言われているから。


 彼の国産み神話で有名な伊弉諾尊(イザナギノミコト)は、黄泉で妻である伊邪那美命(イザナミノミコト)と再会したとき夫婦喧嘩の果てに逃げ出し、追って来た亡者を追い返すのに桃を投げたそうだ。他にも桃から生まれた桃太郎は鬼退治に成功している。


 そんなわけだから、何かしら御利益があるかも知れないと思って。


 コンビニを出ると明るくてしょぼしょぼする目を擦りながら、僕はまた商店街を歩きだす。次の目的地のお弁当屋さんはずっと先だ。


 買ったお茶の方を開封して、行儀悪く歩きながら飲む。


 ひやりとした水気が喉を潤していくのを感じて、ほんの少し笑う。緊張が酷い。お蔭で喉が渇いていたことも気付かなかった。


 ゆっくり歩いてカフェの前も通り過ぎる。今は中に人がいるように見せて無人だ。花野先生のことは、店に張った葛城の結界ががっちり守っているから心配はない。


 商店街のほとんどの店が定休日とあって、シャッターが続く。


 アーケードと思慧の店の前へと続く道が交わる辺りに差し掛かろうとしたときだった。


 不意に背中に怖気が走る。


 来た!


 そう思った瞬間、道端に小さな黒い穴が開いて、見る間にマンホール大に広がる。


 そして中からギチリと不気味な音を立てて、百足の頭がゆっくりと見えて来た。


 ゆっくりしている暇はない。僕は一気に走り出す。


 お弁当屋さんのその先に大きな公園があるのだ。そこを決戦の地とする。


 公園には先もって葛城と鬼一とで人除けの術がかけてあって、騒いだところで誰にも聞こえない防音・遮音の術もかけてあるそうだ。


 およそそこまで百メートル。


 全力で走る僕の背中はシェリーが守ってくれていた。


 ギチギチと歯を鳴らす音なのか、そういうものを響かせて百足は僕を追って来る。時々その横っ面をシェリーが張りたおしているようで、百足が怒っている気配を感じる。


 永遠にも感じるほど長かったアーケードを抜けて、僕は縺れる足を叱咤しながら公園へと駆け込んだ。


 それと同じくシェリーが公園に滑り込み、百足もまた入って来ると景色が急に変わる。


 公園全体を包むようにまるでビニールのラップがかかって、その内側にいるような景色に。




「先生、でかした!」


「後はアタシ達に任せてちょうだい!」


「末那識先生、ありがとうございます!」




 バサバサと鳥の羽音に、蝙蝠の大群、そして狐の鳴き声。


 空から三つの影が降りて来て、百足を囲うように布陣する。


 赤い顔に高い鼻、修験者のような姿に高下駄の鬼一、無数の蝙蝠を引き連れていつもと同じく簡素なシャツにジーンズのスミシー氏、それから真っ白な狩衣を着て九本の尻尾と頭頂に狐の耳を生やした葛城。


 対する百足はおよそ十メートルはあろうかという身体をくねらせ、三人を威嚇する。


 妖怪大決戦の始まりだ。


 僕はシェリーに連れられて公園の立木の一本に隠れるように身を寄せる。


 ここからだ。


 睨む合うようにしていた三人と一匹は、微動だにしない。


 お互いがお互いの強さを知っているからか、下手に動けない。バトル漫画ではそういう解説になるんだろう。


 じりじりと間合いと仕掛けるタイミングをそれぞれが伺っていた。


 ふっと生温かい夜の風が、公園を駆け抜ける。その風に揺られて木の葉が一枚、睨み合う三人の中へと落ちた。


 バンっと大きく爆発音が轟く。


 百足が口から火を吐いたようで、それを合図に三人が思い思いに攻撃を百足に仕掛けた。


 鬼一は団扇で鎌鼬を起こし、スミシー氏はどこから出したのか鋭いナイフで飛び掛かる。葛城は狩衣から札のようなものを取り出すと、百足の足へと投げつけた。あれは百足の動きを止めるためだろうか?


 手に汗を握るっていうのか、手汗がさっきから凄い。


 見ているうちに三人と一匹の動きはドンドン激しくなっていく。


 飛び掛かったスミシー氏が百足の尾に打ち据えられたり、葛城が百足の足に何かついているのか触れたそこから引っ掻かれたように腕に血を滲ませたり。


 かと思えば鬼一が巻き起こした鎌鼬に触れて百足の足が何本か飛び、胴体部にはスミシー氏が持っていたナイフが深く刺さって緑色の体液を流させている。


 戦闘が加速していくなかで、三人と一匹は段々と空へと昇っていく。


 百足が囲まれている状況から脱出するために空へと飛ぼうとしているのだろう。それを阻止するために三人も浮かび上がったようだ。


 やがて戦いは本格的な空中戦の様相を見せる。


 僕はというとシェリーの触腕で囲われて観戦モードだ。だって空にいちゃったら何もすることがない。元から何も出来ないけど。


 鬼一の大きな竜巻が百足を襲い、葛城の札が炎の塊となって百足を焼く。スミシー氏もどこから持ってくるのか、投げナイフを百足に次々と放っている。百足もそれに応戦して、尾っぽを振り回したり鋭い牙で噛みついたり。


 戦況は素人目には三人が有利に見える。


 月が雲に隠れた一瞬、大きな尾の一振りがまともに三人にヒットして、それぞれが大きく体制を崩す。よく見れば彼らも相当傷ついていた。が、鬼一が力を振り絞って踵落しを百足の脳天に食らわせる。


 まともに頭に打撃を食らった百足は、一直線に地面へと落ちていく。


 やったか!?


 そう思って身を乗り出した僕と、落ちて来た百足の目が合った。ヤツの無機質な目は僕を映した途端、無理に身体を捻ってこっちに向かって来る。




「先生! 逃げろ!」




 鬼一の叫び声に身体は逃げようとするけど、上手く動かない。


 シェリーが僕と百足の間に飛び込んで来るけど、死に物狂いの百足の突進の前に触腕が何本も牙にかかって千切れていく。


 全てがスローモーションで、迫って来る牙が大きく真正面に見えた刹那。


 腕を強引に後ろから取られたかと思うと、誰かの背中に庇われたようで短い白衣の裾がバランスを崩して倒れる視界に入った。

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