第41話 視える男、成果を見せる。
次の更新は金曜日の8時です。
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その日は思慧の言う通り、家に自転車の後ろに乗せて連れ帰ってもらって安静にして過ごした。
次の日は大分筋肉痛も良くなったので、最終チェックした原稿を花野先生の目の前で吉野さんへとメールで送った。
彼女からの返事はすぐに来て、「目を通してからまた色々ご連絡させていただきます」とのこと。
取りあえず、一つ山を越えることが出来た。
後は僕の締め切りだけど、これももう完成の目算は立っている。
残る重大事は百足を罠にかけて倒すことだけだった。
安心院さんから貰った札は二枚。一枚はシェリーの力をより増幅させるための物。
シェリーは思慧から作られているからか、それ自体の攻撃力も防御力も高いそうだ。けれど強化された百足に対して、効果的な攻撃が出来なかった。そこを補うために、何やら強化するための札を作ってくれたそうな。
使い方は簡単、此の札をシェリーに食べさせるだけ。
そういうことだからと、これは帰ってすぐにやってみた。
ふわふわと僕の頭上にいるシェリーを呼べば、すぐに僕の目の前に移動してくる。そんなところはクラゲの姿をした犬のようで、これはこれで可愛い。
手のひらに安心院さんの札を乗せて差し出すと、シェリーは一瞬動きを止めた。それから触腕で僕の手のひらの札をツンツンつつくと、かさの色をコロコロ変えながら後に後退る。
その色が何というか普段のネオンカラーとかでなく、ベニテングダケやらウラムラサキ、ソライロタケもしくはアカイカタケ。外見もクラゲじゃなくキノコっぽく見えるくらい縮んだし。
けれどこれを食べてシェリーが強化されないと、僕の命に関わる。
そう念じていると観念したのか、本当に嫌々、クラゲが雑巾を掴むならこんな感じっていう嫌がり方をしながら札をパクっとやってくれた。
いつも悪いモノを食べてくれる時はクリオネの捕食のような感じなんだけど、今回は触腕から栄養を吸い取っているようなやり方で。
札がどんどん劣化して、シェリーが触腕を離す頃には和紙で作られていたはずのそれは塵へと変じてしまった。
代りにシェリーが見たこともないくらいペカペカ。馴染むまでシェリーがクラブのミラーボールみたいだった。
残った札は僕の身代わり地蔵のような物。
万が一危ないと思ったら、これを百足に投げつけることで目晦ましに使えるそうだ。百足の目が眩んでいるうちに、何処かの店に逃げ込めということのよう。
家というのは一つの結界になっていて、そこの住人に招かれなければ入ることが出来ない。
そこで死んだ者は元々そこの住人であれば、そこにいることができるそうだけど。
つまり、僕が何処かに逃げ込んでも、余程のことがない限りは仲間では入れないってこと。
札を持って来てくれた思慧に、二枚の札の効果を説明すると「ほぉん?」と、イマイチ解ったのか解ってないのか掴みかねる反応だったけど。
思慧は再三に渡って決戦への同行を申し出てくれた。
僕が危ないことをするのを、黙って見ているのは「思うことがある」と言って。
そりゃ僕だって思慧が傍にいてくれる方が心強いに決まってる。だけど問題は思慧に葛城や鬼一の正体を知られるのが拙い以外にもあった。
思慧が強すぎるのだ。
この間百足に襲われたときも、安心院さんの見立てではアレが退いたのも、思慧が現れたからだって言うし。
思慧はそれだけ怪異やあやかしっていうものからすれば、脅威中の脅威ってことだ。そんなキングオブ脅威がウロウロしていたら、出てくるものも出てこないだろう。
安心院さんの見立ての話をすれば、思慧も眉間にシワを寄せつつ「解った」と頷いてくれた。代わりに、視えないまでも大人しくシェリーの触腕に、充電のために巻き付かれてくれて。
そして決戦の日。
「ま、不味いけど、思ったより不味くない、です……!」
スミシー氏の目が驚愕に揺れる。
彼はどこから持ってきたか解らない注射器で僕から血をおよそ10mlほど抜き取ると、それを恐る恐る口にした。
そして、感想がこれ。
僕としては未使用の注射針とシリンジをどこから持ってきたのかも気になるけど、とりあえず物凄く感動していることが気にかかる。
だって抜き取った血を飲むまで、凄い悲壮な顔してたもんな。見守る花野先生や葛城や鬼一も、同じように悲壮な顔してたけど。
「僕の血はどんだけのトラウマを作ったんです?」
「失礼しました。でもアレは……!」
物凄い不味かったのは、あのときの解説で知ってる。けれど今回はどうかと言えば、まだ不味いのは不味いけれど、花野先生が不摂生したときの物に近いそうだ。
そう言われて花野先生はそれはそれはショックそうな顔をしてたけど、知らんがな。
まあアレだ、昔の青汁。青臭くてえぐみが強い。今の僕の血はそういう感じらしい。これはスミシー氏に次いで、僕の血を一口飲んだ鬼一の感想。
でもな、昔と今の青汁って中に入っている野菜の育て方以外、配合はあまり変えていないそうだ。
そんなようなことを言うと、鬼一は顎を擦って「そういやァ」と唸る。
「昔の人間も似たような味だったなァ。旨いって思うのは良い魂の人間の生気で、血はそんなに旨くなかった。栄養状態悪かったもんな」
「そうね今も昔もいい魂の人間の生気は美味しいけど、血が美味しくなったのってここ最近じゃない?」
「栄養学が重視されてきたのってここ最近だからな。長寿のために健康的な食生活を、みたいな」
「言われてみればそうですね。私の故郷もそうだった気がします。僕はここ最近おみっちゃんのお蔭で、そういうことすら忘れてたんだな……」
血の味談議の中で、スミシー氏が目を潤ませる。その背を透明な手で撫でて花野先生が慰めるけど、なんというか切ない。
しんみりとした空気になったことに気が付いたのか、花野先生が笑顔を作った。
『で、でも、しぃちゃん先生凄いですね! あの、アランが悶絶するほどアレだった血液を青汁? くらいにしちゃったんだから』
「三食きっちり食べて、筋肉痛で撃沈した日以外は適度な散歩に連れ出されましたから……」
それに治療もほぼ毎日のようにしてもらった。
そのお蔭か僕はいまなら五十メートルを全力疾走して十秒切れるはず。それでも結構遅いんだけど。筋肉痛だってきっと次の日にでる、はずだ。多分、きっと。
ふよっとシェリーが寄って来る。
僕が敵意を持っていないのと、ここ暫くこのカフェに通っていたからか、今ではすっかりシェリーは花野先生と仲良くなった。
触腕を伸ばして励ますように花野先生の肩を叩いたシェリーに、花野先生も「頑張ってね」と激励を返す。
決行は今夜、満月が出たら。
思慧は何やら予約が遅くまで入っているそうで、今日は昼食のカフェでとることになっている。そこからは治療院で缶詰だそうだ。
作戦は単純に。
この商店街を買い物する振りをして歩き回るだけ。
今日、ここの商店街のほとんどの店は定休日だ。開いているのはコンビニとこの店とフランチャイズチェーンのお弁当屋さんくらいなものだ。
そこは申し訳ないけれど、葛城や鬼一に人除けの術を使ってもらう。満月が出たら一切僕以外の人間はいなくなるだろう。
他の人を巻き込んではいけない。
「今夜、仕留めるぜ?」
「勿論よ。今度こそ逃がしゃしないわ」
鬼一と葛城が拳を突き合わせる。
その一方で花野先生がスミシー氏と見つめ合っていた。
『気を付けてね、アラン?』
「勿論。ここで私が倒れたら、おみっちゃんの無念も道半ばで終わってしまう。それくらいの分別はあるつもりだよ?」
『そういうことじゃないよ。無念はもうほぼ末那識先生が晴らしてくれた。あと心配なのはアランの行く末だってば!』
「帰って来るよ、今はとりあえず」
こういうのを愁嘆場って言うんだろうな。
僕も何となくシェリーの触腕をにぎにぎしておいた。
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