第39話 視える男、準備を始める。
次の更新は月曜日の8時です。
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「……というわけで、一週間後に百足退治することになったから」
「お前の思い切りの良さは付き合いが長いさかい知ってるけど、あえて言うわ。なんでやねん!?」
思慧が食卓に皿を並べつつ、額に青筋立てて怒鳴った。
怒鳴られるようなことを言った覚えはあるから仕方ない。でも、怒ってても思慧は甲斐甲斐しく、僕に食卓の醤油を渡してくる。
今日はよだれ鶏に冷奴、叩きキュウリだ。
いつだったか、二人で中華街に遊びに行ったときに食べたよだれ鶏が旨かったので、それを覚えて思慧は自分でも作っているらしい。
僕はそういうマメさと、食にかける情熱が薄いから、そういうところは本当に尊敬する。
「だって、いい加減怯えて暮すの嫌だし」
「それは解る。そやけどだからってお前が囮になる意味が解らん」
「隠れて出てこないなら引っ張り出すよりほかないだろ? だいたい百足がこの町にいるのを知ってるのは僕らだけだし。それにこんなこと言ったところで信じる人もいないじゃないか。だから僕がやる」
「それは……」
現実問題、人は視えないものを信じはしない。
だから百足っていう視えざる脅威を人に話したところで、それを信じて協力してくれる人を探すのは難しいだろう。それなら元々事情が解ってて、視える僕が囮をするのは仕方ない話で。
思慧だって視えないんだから、僕の言ってることは理解できるはずだ。
そして、僕より囮に相応しい人間がいないってことも。
思慧は厳めしい表情をして、どかっと乱暴に食卓の椅子に腰かける。そして「うー」とか「あー」とか唸った後、きっと僕を強い目で射る。
「俺に出来ることは?」
腕組みして、不機嫌そうな顔をしたままの思慧の言葉に頷く。
「えぇっと、安心院さんに連絡して、何かこういうときに素人でも使えるものがないか尋ねてもらえると助かる。僕も自分で自分の身は守らないといけないし」
「解った。他は?」
他、と言われて少し考える。
本当は思慧に一緒にいてもらえれば、何かと助かると思う。けれど葛城と鬼一の正体を思慧に話していない以上、二人が本性を見せて戦うところにいるのはよくないだろう。
それなら迂闊に色々言わないほうがいい。
「とりあえず、シェリーに力の補充はしてほしいかな?」
「……解った」
むすっとしたまま思慧は頷く。
いや、多分思慧に二人の正体を話したって、もう多分二人を害すること何か無いだろう。でも今それを言って、思慧を二人の関係が変わるのも何となく怖い。
話すのであれば、事が終わってからのほうが良いだろう。
黙々と食事を始める。
味は美味しいんだけど、それを和気あいあいと話す雰囲気にはない。
箸や食器が動く音が大きく聞こえるほど、静まり返った食卓でふっと思慧が表情を緩めた。
「お師匠さんに、飯食ったらすぐ連絡したるわ」
「う、うん。助かる」
「お前はこの後仕事か?」
「うん。ちょっと自分のを書き進めるから」
「日付変わらんうちに寝るんやで」
「気を付けるよ」
穏やかにいう思慧に、僕も静かに答える。
仕事に集中しすぎて寝不足になるってことは避けないといけない。
スミシー氏にも鬼一にも言われてるし、何より花野先生とは体質改善の約束をした。
ようやく張り詰めた雰囲気が弛んで、穏やかに話をしながらのいつもの食卓に変わる。
それが終われば後片付けだけど、本当なら各々使った食器は自分で片付けるんだけど、今日は思慧が変わってくれるといった。
お言葉に甘えて僕は自室に引っ込むと、締め切りに間に合うように自分の仕事に手を付けた。
翌日、朝。
トーストにゆで卵とコンソメスープの朝食を有難く食していると、トーストにジャムを塗りながら思慧が「あ」と声を上げた。
「お師匠さんに連絡したんやけど、今日中に俺の店に何やお札送ってくれるらしいわ。早けりゃ明日には郵便で届くやろ、て」
「そうか。お礼を伝えてもらえるかな?」
「昨日言うといたけど、アレやったら終わったら報告がてら行ったらいいやん」
けろっと言ってくれる。
けど、あそこのパワースポットは僕にはちょっと眩しすぎるのだ。一人で行くのは辛い。
「じゃあ、しぃちゃんも一緒に」
「おお、ええで」
ジャムをたっぷり塗り付けたトーストに齧りついて、思慧が頷く。
僕もバターをたっぷり塗ったトーストに齧りつこうとして、ぐっと痛みに顔を顰める。何と登山の筋肉痛がやって来たのだ。
大岩に登るためにしがみついた腕も、そもそも山を登るために酷使した太もももふくらはぎも、腹筋も背筋も痛すぎる。
呻いた僕に、思慧がにやっと笑う。
「筋肉痛が二日後にでるやなんて、お前おっさんやな?」
「残念ながら同じ歳だよ!」
「俺、筋肉痛自体ないもん」
楽しそうに笑うと、思慧は立ち上がって僕の腕を突く。
痺れてるわけじゃないから別に突かれたところで痛くはないけど、思慧の指を避けようとして動くと全身が引き攣れて、結果かなり痛い。
恨みがましい目で思慧を見ると「運動不足やからな」と言われたけど、そのとおりだから返す言葉もない。
食卓に突っ伏すると、思慧の手が揉むように肩を掴んだ。
「お前、これ、カフェ行って仕事できんの?」
「キーボード打つくらいは出来る」
「歩いてカフェまでは?」
「……思慧様、自転車の後ろに乗せてください」
「休めばええやん」
呆れたような思慧の声に、僕は首を横に振った。
葛城を鬼一は花野先生の件には関わり合いがないことになっている。だから僕が行かないことには、花野先生がいるかいないか判別できない。
そう言えば思慧は「しゃあない」と、僕を自転車でカフェまで運んでくれることに。
朝食を終えてカフェに自転車でいった後、カフェには寄らずに思慧は出勤。
僕はヘロヘロの身体で扉を潜ってカフェの中に。
カウンターにいた葛城が、ぎょっとした表情で僕を見る。
カウンターのスツールに腰かけていた鬼一も、僕のヘロヘロ具合に椅子から下りて近付いて来た。
「オイオイ、先生ェよォ」
「ちょっと大丈夫なの、おツレちゃん?」
「だいじょうばない……」
心底大丈夫じゃない。
家を出る前に思慧に治療もしてもらったり、湿布を貼ってもらったりしたけれど、それで何もかも良くなるわけじゃない。
少しマシになったけれど、お目覚めから痛みに削られた気力と体力は中々戻らないのだ。
鬼一に肩を貸されつつ、いつも座っているソファー席に連れて行ってもらう。
やっと座ったかと思うと尻も痛くて悶絶しそうだ。
堪えてようようと落ち着くと、ふわりと花野先生が目の前に降りて来る。
『おはようございます、大丈夫ですか? 一体何があったんです?』
「おはようございます。その、一昨日の登山の筋肉痛が……」
『あー……ねー……運動不足ちゅらい』
「マジちゅらい……!」
べたっと目の前のテーブルに突っ伏する
ちょっとは体質改善出来たと思ったけど、それは思い過ごしだったのかもしれない。
少しばかり凹んでいると、花野先生が顔を覗き込んで来る。そして『今日のお仕事止めます?』と尋ねて来た。
僕は首をちょっとだけ挙げて、横に振って見せた。
「今日は誤字脱字のチェックだけですんで、やってしまいましょう」
『そうですか? 明日でも……』
「早く仕上げて、満月の日に備えないと」
そう言えば花野先生はハッとした後、力強く頷いた。
『そうですね。読み上げ機能使いましょう』
「はい、勿論」
そういう訳で仕事の準備を始める。
作業に興味があるのか、鬼一が僕の横に座った。
そう言えば、彼らにも話しておかないといけないことがあるんだった。
思い立って鬼一に声をかけることに。
「しぃちゃんから安心院さんに連絡してもらって、僕でも使える何かを用意してもらえることになったから」
「お? そうかい」
着々と準備を整えていかなくては。
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