第38話 視える男、賽を投げる。
次の更新は金曜日の8時です。
*****
作戦は一応決まり。
それでじゃあ、決行はいつにするかっていう話だ。
これに関して、花野先生から『満月の日はどうですか?』と提案があって。
『アランが言ってたんですけど、彼は満月の夜には妖力が増すんだそうです』
「へぇ、そうなんですね……」
だったら満月のほうが良いんじゃないだろうか?
そう思って葛城や鬼一を見ると、何とも言えない表情をしていた。
聞けば二人も満月の夜には力が上がるらしい。しかしそれは百足のほうもそうなのだとか。
「満月ってのは、総じてあやかしだの怪異だのに力を与えるんだ」
「アタシ達も妖力が増すけど、アッチもそうなのよねェ」
「じゃあ、イーブンてことか?」
「そういうこと」
苦々しく葛城が答えるのに、鬼一も厳めしい顔で頷く。
「参考までに聞くんだけど、逆に新月の夜とかに弱体化するってことはあるのか?」
「なくはねェが、年を経ると然程に影響はなくなる。俺も葛城も百足の野郎も、特に関係ねェな」
「なるほど」
ということは、新月の夜に戦場を設定しても意味がない。ならば満月のほうがまだしもだ。
だったら決戦の日は満月のほうが良いだろう。百足の力も上がるかも知れないが、スミシー氏や葛城や鬼一も力が上がるんだから。
なら直近の満月っていつだ?
カレンダーを探して店を見回す。
僕の家のカレンダーは思慧の鍼灸院の広告が入ったカレンダーなんだけど、日付のところに月の満ち欠けが書いてある。
ここのも書いてあれば、一発で解るはずだ。
だけど、見つけたカレンダーには仏滅とか友引とかは書いてあっても、月の満ち欠けはなくて。
仕方ないからスマホで検索すれば、ちょうど一週間後が満月の日だった。
「一週間か……。結構ないな」
『そうですね。あの、末那識先生大丈夫ですか?』
花野先生が心配そうに眉を八の字に曲げる。
「えぇっと? 何がでしょう?」
思い当たることがない僕に、葛城も鬼一も似たような顔を向けた。
なんだよ?
怪訝さに首を捻ると、花野先生が申し訳なさそうに口を開いた。
『あの、その、体質改善なんですけど……』
「え?」
『贅沢言ってる場合じゃないのは解ってるんですけど! 解ってるんですけど! 本人のためになるとは言っても、気絶するほどのものをあえて飲ませるのはやっぱり可哀想で!』
悲鳴に似た花野先生の叫びに、耳がちょっと痛い。
何を言われたのかちょっと理解できなくって、葛城や鬼一を見れば「俺も齧ンの嫌だな」とか「そりゃそうよねー」とか、のほほんとくっちゃべってる。
っていうか、鬼一。お前ドサマギで僕を齧るつもりだったのか、この野郎。
鬼一を睨めば、悪びれることもなく「ちょっとだけだって」と、手のひらをひらひらさせる。
ちょっと殺意が湧いたけど、僕じゃ返り討ちだ。
ぐぬぐぬと奥歯を噛み締めつつ、僕はぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜる。
「それに関しては、まあ、一週間もあれば、なんとか……」
『そうですよね? だってしぃちゃん先生と暮らし始めて一か月くらいになりますもんね?』
「はい。その間、きちんと三食食べてますし。治療も受けてるし、散歩だってしてるし……!」
口に出してみると、僕にしては大分頑張ってる。
考えてみればここ最近の生活は、独り暮らしを始めて以来、かつてないほど健康的だ。気のせいかもしれないが、今だったら少しくらい山を登っても全然平気な気がする。だって、昨日の登山の筋肉痛もないし。
「何だったら、ちょっと味見してもらっても構いませんけど……?」
『や、私、幽霊なんで、血を貰ったところでどうしようもないんですが?』
「ですよねー……」
とか言いつつ、花野先生は僕が差し出した指からちょっと逃げてる。
だから葛城と鬼一のほうを見れば、二人とも目を逸らした。おい。
なんというか、あんまりじゃないか?
イラッとしていたけれど、視界に移った人の姿に、意識がそちらにズレた。
店の居住区に繋がる階段から、ふらりとスミシー氏が降りて来たのだ。
その顔色は、若干青い。
この間血を渡してからしばらく経っている。
一年くらいもつとは言っていたけれど、それは最低限生きるだけならってことだったんだろうな。
僕より弱ってそうな姿に、思わず眉が寄った。
「ああ、末那識先生。おはようございます」
「おはようございます」
ふらつきながら、鬼一や葛城とも挨拶を交わして、僕の向かい。花野先生の横のソファーに腰かけると、ぺこりと頭を下げた。
「おみっちゃんのための仕事をしてもらっているのに、中々ご挨拶も出来ず……」
「いえいえ。それより顔色があまりよくないようにお見受けしますけど?」
「吸血鬼なので、朝に凄く弱いんです」
当たり障りなく穏やかに答えるスミシー氏は、本当に好青年だ。
一方花野先生は心配を顔に張り付かせて、スミシー氏の寝ぐせのついた髪に手を伸ばそうとして止める。触れられないのは解っているからだろう。
そんな光景がちょっと切ない。
花野先生の原稿はあらかた仕上がっている。文字数にすれば五万字ほどか。
自分で打つならもっと早いだろうけれど、ああでもない・こうでもないと話しながらだから、ペースは大分落ちるがそれはもう致し方ない。
ラストまで後もう少し。
これが終わって、一度提出して、校正されたものを見返して、それの繰り返し。ざっとこの間長くて半年ほど。
それが終われば花野先生はいなくなってしまうんだ。
憂いなく、二人に最後の時を過ごさせてやりたい。そう思うからこそ百足を退治してやりたいってのもある。
そう思っていると、おずおずと花野先生が口を開いた。
『あのね、アラン……』
普段と少し様子が違う花野先生に気が付いたんだろう。スミシー氏は穏やかに、花野先生に顔を向けた。そして「どうしたの?」と、柔く言葉の続きを促す。
花野先生がスミシー氏に話したのは、僕らで考えた百足退治のための共闘案だった。
花野先生としては最初の主張通り、仇討なんか望んでいない。でもスミシー氏がどうしてもそこにこだわるのであれば、葛城や鬼一と協力してほしい。そうしてくれるなら、僕が責任もってバックアップに努める。
訥々と話す花野先生に、時折スミシー氏は相槌を入れながら聞いていた。
そして出した答えは。
「解りました。犬死しないためにも、その策に乗ります」
『アラン……』
そっとスミシー氏は「よろしくお願いします」と頭を下げた。その隣の花野先生は複雑そうだけど、ホッとした様子で。
それに気づいているだろうに、スミシー氏は目を伏せて言葉を続ける。
「解ってはいたんです。僕が一人で挑むより、皆さんのお力を借りる方が勝てる見込みはあることは。でも、おみっちゃんの命を奪ったやつだ。どうしてもこの手でケリを付けたくて……! ですが、そうやって僕がこだわっている間に、おみっちゃんのようになってしまう人がいるかもしれない。それにおみっちゃんの無念を晴らしてくださる末那識先生にも、それが恩返しになるのであれば……」
「恩返しっていうか……。まあ、僕もいい加減怯えて暮すの嫌なんで」
「はい、そうですよね」
こくりと頷くスミシー氏は、酷く疲れたように見えた。
彼も、苦しんでいる。その苦しみを拭うことは僕には出来ないんだろう。だって僕はここに至っても何も喪ってはいない。
それは思慧のお蔭だったり、思慧の師匠の安心院さんあったり、認めるのはちょっと腹立つけど鬼一や葛城のお蔭だったりするんだ。
その対価になるかは解らないけど、百足を放っておくことは出来ない。
だから協力する。今はそれで十分だろう。
「作戦決行は一週間後の夜、それでいいですか?」
迷いを払うように告げれば、その場にいた全員が頷いた。
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