第37話 視える男、作戦を立てる。
次の更新は水曜日の8時です。
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僕がぐぬぐぬと何とも言えない気持ちを味わっている間、花野先生はずっと考え込んでいるようだった。
きついことを言ったと思う。
何も彼女だって死にたくて死んだわけじゃない。でもだからこそ、スミシー氏に自分を忘れろと言うのであれば、忘れられるようにしていく義務があるんじゃないか。
それも酷ではあるだろうけれど。
葛城も鬼一も花野先生を慮ってか、無言だ。
壁掛けの時計の針が進む音がよく響く。
しばらくして、花野先生が大きなため息とともに肩を落とした。
『私本当に仇討なんてしないで、アランには穏やかに暮らしてほしいんです。でも、アランがそれじゃ前に進めないっていうなら……。末那識先生、皆さん、アランの後追いだけは防いでもらえませんか?』
「それは努力します」
『それなら……はい。私も出来ることがあれば協力します』
ぺこりと花野先生が頭を下げる。
頭を下げるのはこっちのほうだ。だから花野先生に顔を上げてもらうと、葛城と鬼一が揃って花野先生に詫びる。
自分達の不始末が花野先生の死を招いた。
これだって別にこの二人の責任ではないだろう。この二人は単にこの町を縄張りにしてただけなんだから。
強いていうならやっぱり百足が悪い。
その百足も結局は食物連鎖の範囲の話なのだろう。けれど食うか食われるかの間柄で、戦う力があるのであれば命がけで抵抗するのも食物連鎖の範囲内だ。
極めて野生的ではあるけど。
さて花野先生と僕と鬼一や葛城の間で話はまとまったけれど、肝心のスミシー氏はどうしようか?
次は当然そういう話になる。
それには花野先生が手を上げた。
『私が説得してみます』
「でも、花野先生……」
『説得っていうか、仇討をどうしてもするっていうなら、葛城さんや鬼一さんと協力してほしいって話すだけなんですけど。よくよく考えたら、このまま百足を放っておいたら、私みたいに死人が出るかも知れないし、また末那識先生が狙われるかも知れません。だから、どうしてもっていうなら万全を期して、と』
花野先生の言葉に鬼一と葛城が、それぞれ視線を交わす。
「奴(やっこ)さん、聞くかね?」
「意地になってるところもあるから、どうかしら?」
鬼一が顎を摩って言えば、葛城も頬に手を当てて考える。
花野先生は首を横に振って見せた。
『アランの倫理観は私より強固ですもの。多分「一人は皆のために、皆は一人のために」って感じで乗ってくれると思います。あと……』
花野先生が僅かに眉をひそめて、それから申し訳なさそうに僕を見る。
なんで僕にそんなリアクションになるんだ?
首を傾げると、花野先生が困ったような顔になる。
『共闘を条件に末那識先生が血を戦えるくらいまでくれるって言えば、聞いてくれるかなって』
スミシー氏の口に僕の血は全くと言っていい程、味覚的な意味で合わなかったらしい。でもそこから補充できる力に関しては、花野先生の上位互換だと聞いた。
不味かったとしても、その血を死なないなら必要な分だけ持って行っていいって言うのは、戦力的に大変魅力的な申し出なんだとか。
「なるほど?」
『はい。末那識先生が血をくださったら、勝算は大幅にあがる。アランだって確実に勝てるなら、そっちを選ぶと思いますし』
「じゃあ、そっちは花野先生にお任せします」
『はい』
それならスミシー氏のことは何とかなるだろう。
それで次はいつどうやって戦うか、だ。
これに関しては僕は門外漢だし、やったことのある葛城や鬼一はどう考えているんだろう?
それを訊ねると、二人が苦笑する。
「なんでェ、先生。軍師様みてェによォ」
「本当にね? 凄くヤる気じゃないの?」
「いや、まあ、職業病だよ。物書きだって自作の中で敵に対する戦い方を考えたりするんだ。なんか、こう、詰め将棋やってるみたいに」
小説の物語の中の陰謀や策略は、全て自分で考えるものだ。
登場人物の思考をトレースして、物語の中の世界情勢や開示されている情報を精査し、相対する陣営の動きを作っていく。それはまるで将棋の試合のようだ。何手目で勝利を得るか、どう詰めていけば相手を追い詰められるか。全て脳内でシミュレーションされて、文章で物語として構築される。
そしてそういう思考実験をしていると、つい現実でもその思考実験をやってしまいがちなのだ。
そんなことを言い訳がましく言えば、花野先生は『解ります』と同意してくれた。
彼女も時々そういうことをしていたそうで。
『その癖、将棋とか全然出来ないんですよね』
「あー……そうですよねー……」
ルールを覚える時点でもう詰んでる。
所詮机上の上で、ゆっくりと考える時間が与えられていて、手駒もより取り見取りで、色んな場合を想定して考えられるからで、即その場で対応できるかと言えば、それはまた別の能力なのだ。
だけど、裏を返せば机上でなら、どれだけでも考えられるってことでもある。
「二人は、次に戦うとしたら、どう大百足に挑むつもりなんだ?」
苦笑いでこちらを見ていた葛城と鬼一に水を向ける。
すると二人は顔を見合わせ。
「前はヤツのねぐらを探し出して、奇襲したんだ」
「今回もその手で行くしかないのよ。だってアイツ、出てくる気配が読めないんだもの」
「そうか」
二人には百足の気配が読めない。だが、あちらにもそれは言えることなんだろう。でなきゃ奇襲をまんまとかけられることもない。気配を感じた瞬間に逃げれば良いだけなんだから。
けれどそれは行き当たりばったりともいう、作戦以前の話なわけで。
それに同じ奇襲するなら、万全の準備をしているところに敵を引き摺り込むのが上策なんだ。
自陣に引きずり込んで、一対三でタコ殴り。それが理想。
とすれば。
ふっと顔を上げると、同じことを考えたのか花野先生と目が合う。
『末那識先生、私がやります』
「いやいや、ここは僕です。僕にはシェリーがいますし」
『でも……!』
僕らの会話の内容が気になったのか、葛城や鬼一が怪訝な顔をする。
「何揉めてンだ?」
「えぇっと?」
困惑する二人を尻目に、僕は花野先生に言い募る。
「そもそも焚き付けたのは僕です。責任を持つのも僕でしょう」
『いや、でも……!』
「スミシー氏も花野先生が囮をやるとなれば、共闘を引き受けてくれないかも知れません。花野先生を守れなかったことは、スミシー氏にはトラウマ級の、後追い考えるほどのことなんですから」
僕の言葉に花野先生がぐっと言葉を詰まらせる。
鬼一や葛城は目を見開いて、息を呑んでいた。
「先生よォ、囮って……!」
「おびき寄せるんだよ。まんまと引っ掛かったヤツを、お前ら三人でタコ殴りにしてやるんだ」
「や、でも!?」
「デモもストもない。相手より有利な場所で、相手より多い戦力で戦うのがセオリーだろ? おびき寄せて油断してるところを三人で叩く。シンプルな話だし、シェリーのいる僕のほうが、花野先生より余程守りが硬い」
「待て待て待て待て!」
一息で言い切った僕を、鬼一が焦ったように止める。
しかし、これより良い策はないだろう。だって前回ねぐらへの奇襲で失敗してるんだ。あっちだってもう、そう簡単にねぐらの位置を悟らせるようなヘマは繰り返さないだろう。逆にまたねぐらへの奇襲があると踏んで、罠を仕掛けているかもしれない。
であれば、罠を仕掛けておびき寄せるほうが手堅いはずだ。
「ようはお前らが勝てばいいんだよ。それ以外になんかあるのか?」
「おツレちゃんって、開き直ると武闘派なのねぇ」
葛城のため息がやけに大きくカフェの中に落ち、鬼一が眉間を押さえて天を仰いだ。
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