第36話 視える男、認める。
次の更新は月曜日の8時です。
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二人とも、昔、まだ気脈が狂っていなかった時点のこの町を知っている。
昨夜からどうもその時代の空気が町に漂い始めて、何事か起こったことは察したそうだ。だけどそれが思慧によって引き起こされたものとは、まるっきり思ってなかったという。
そりゃそうだよな。この目で見てた僕だって、実際信じられない。見てたのに、だ。
「どうだ?」
「あん?」
「しぃちゃんは凄いだろう?」
ふふん。
鬼一に向かって胸を張る。
けれど、鬼一のほうは「は?」と怪訝な顔を向けて来た。葛城もだ。
百年以上狂っていた気脈を一晩で整うように治療できたのだから、凄いことだろうに。
二人のリアクションが納得できなくって、むっとする。そんな僕に花野先生がこてりとことりのように首を傾げた。
『え? 末那識先生も協力なさったんでしょう?』
「僕は視てただけですよ」
『いや、でも、その目がなかったら、いくら、えぇっと、しぃちゃん先生でも治療できなかったんですから』
「いやいや。僕は偶々そこにいただけだし、いなかったらいなかったで安心院さんに教わりながらやったでしょうから」
僕は見届けただけだ。
そう言えば花野先生が『でも』と言う。
『でも、末那識先生がいなかったら、しぃちゃん先生はこの道を選ばなかったかもしれない』
「え?」
『末那識先生が隣にいたから、しぃちゃん先生はお師匠さんに出会ったんですもの。末那識先生がその道を開いたんだと思う。私がアランにこの道を行く切っ掛けを貰ったように』
「それは……」
どうなんだろう?
僕と出会って、思慧の今に役立つ何かがあったんだろうか?
解らない。
黙ってしまった僕に、葛城と鬼一が顔を見合わせた。けれど何も言わずに、話をそっと変える。
「ところでよ、大百足のことなんだが」
「気脈が元に戻ったら、何らかの報いがあるだろう。安心院さんはそう言ってたけど」
これに関しては僕はよく解らない。
力が弱まるようなことは言ってたけど、それだって花野先生の力を得たことで、思ったよりは弱体化しないって聞いた。
葛城も鬼一のほうが、こういうことは余程詳しいだろう。逆にこちらがどういうことか聞きたい。そう言えば葛城は肩をすくめた。
「ようは五分五分の振り出しに戻った感じね。鬼一の具合が回復したら、相手よりちょっと有利くらいにはなるかしらねぇ」
「けっ、今度こそ遅れは取らねぇよ」
葛城の言葉に鬼一は不機嫌に返す。
そう言えば鬼一が思慧に診てもらっているのは、百足と戦ったときの手傷が元だったな。
「具合はどうなんだ?」
「おん? 悪かねェな。この間もあとちょっとで完治だって言ったろ?」
「それで百足に確実に勝てるのか?」
振り出しに戻ったということは、また鬼一なり葛城なりが怪我をするか、相当厳しい状態だということじゃないのか?
そういう意味を込めて視線を送れば、葛城も鬼一も目を逸らす。
そんな中、花野先生が『アランも』と小さく零した。
『アランも、まだ仇討を諦めてくれなくて……。万全の鬼一さんや葛城さんでも厳しい相手に、いくら末那識先生から血を貰ったっていっても、全盛期ほど血を飲んでないアランが挑んで無事で済むとは思えない。私はアランに後追いしてほしいなんて望んでません!』
それはそうだろう。
でもスミシー氏は花野先生の仇討をしたい。
それが終わらない限り、花野先生の望むように新たなパートナーと未来を歩くことも、花野先生との思い出に溺れ死ぬことも。
彼はどちらも選べない。
苦悩する花野先生、そして複雑な顔をする葛城と鬼一。その三人を見比べて、ふと考える。
敵の敵は味方になれるし、そもそも敵じゃないんでは?
「あの、それなら仇討に鬼一と葛城に協力してもらえばいいんでは?」
『え?』
「うん?」
花野先生と鬼一が同時に僕を見る。
いや、考えれば簡単なことだったんだ。
古今東西、どんな戦争をするときにもセオリーとされている。
曰く、相手より戦力を多く用意せよ、だ。
そう説明すれば、ぽんっと葛城が手を打つ。
「そうねぇ。アタシ達、自分達の縄張りは自分達で守るってことにこだわり過ぎてたかもしれない。アランにしても縄張りの住人だから、守ってあげないとって思ってたけど、彼だって大事な物を奪われた。戦う権利はあるものね。 ね?」
「う、そりゃそうか……」
鬼一と葛城が頷きあう。けれど花野先生の顔色はさえない。
『末那識先生、私はアランに仇討自体してもらいたくないんです。そんな危ないことをして、何になるんです? そんなことしても私は生き返らない。時間は戻らないんですよ!』
「花野先生、お言葉ですけど。復讐は生きている者が自分のためになすものです。死んで成仏する予定の花野先生に、本来口出し出来ることじゃない。違いますか?」
『そ、それは……でも……』
花野先生は膝に置いた手でスカートを握りしめて俯く。
解るよ、大事な人だもんな。危ないことになんか首を突っ込んで欲しくない。
だけどそれだとスミシー氏は沈んでいくしかないんだ。
揺れる花野先生に、僕は畳みかける。
「生き返る訳じゃない、時間は元には戻らない。そういうのであれば、本来この時間は無いんです。だって死者と生者の道は分かたれて、交じり合うはずはないんだから。貴方の言葉は誰にも届かない。当然スミシー氏を止めることもできない」
『じゃあ、末那識先生はみすみすアランを死なせるつもりなんですか!?』
「誰もそんなこと言ってません。焚き付ける限りは僕だって覚悟してます」
グッとシャツをまくり上げて、血管の浮いた腕を差し出す。僕は夏でも日焼けしたら火傷まっしぐらだから、長袖を愛用している。それを差し引いても、白い腕に青い血管が見て取れた。
「僕の血を、差し上げます。死なない程度なら必要分持って行ってくれて結構」
『末那識先生……!』
「しぃちゃんと暮らし始めて多少健康状態も栄養状態も改善されたはずです。味も以前ほどは酷くないはずだ。スミシー氏も少しはましな状況になるでしょう?」
僕は本気だ。
もっと時間があるのなら、もう少し体調も栄養状態も改善するだろう。
挑むように花野先生を見ていると、おずおずと鬼一が声をかけていた。
「先生よォ、何でまたいきなり……」
こんなに協力的かつ攻撃的になったのかってとこだろうか?
そんなの僕だって知りたい。
ただ、思慧についこの間言われて少し考えたんだ。
人見知りの僕が、人間も怪異も大嫌いな僕が、彼らとはきちんと会話をしている。
解り合えないとは思っていても、彼らの話を聞くのも、彼らに自分の気持を伝えるのも吝かじゃない。
命の危険があるというのなら、何とかしてやりたい。
そう思うくらいには、彼らを受け入れてしまっている。なら、やるべきことは一つしかない。
勝たせるんだ、彼らを。
そのための布石はいくらだって打ってやる。
つまり、そう思うくらいには──。
「……ってる、って」
「は? なんでェ、先生よォ」
「おツレちゃん?」
「だから! 気に入ってるんだよ、ここ!」
腹の底から大きな声が出て、自分でもびっくりだ。
っていうか、腹に不意に力が入ったせいで、げふっと咽る。恰好が付かない。
げふげふやっていると、花野先生が『末那識先生、気をしっかりー!』とか言ってるのが聞こえた。
目の前に置かれたコップを掴んで、中の水を一気に飲み干す。
人心地つくと、鬼一や葛城が僕を見ていた。しかも思い切り生温かい目で。
「やだァ、おツレちゃんたらァ」
「お前ェさん、つんでれってやつか? お?」
「うっさい、馬鹿! 協力してやるんだ、絶対勝てよ!!」
負けてないのに負け犬の遠吠えっぽいのは何なんだろうか?
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