第35話 視える男、現状報告する。
次の更新は金曜日の8時です。
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安心院さんが何かに引っ掛かっていることは分かったけれど、何に引っ掛かったのかは教えてもらえず。
不確かなことは言えないから、調べるまで待ってと言われてそれきり。
取り合えず気脈の流れは何とか出来たし、金色の龍も元気になってからめでたしめでたし。そういうことで、安心院さんの家で豪華なすき焼きを御馳走になって僕達は帰宅した。
食にそんなに興味のない僕でも解るくらい、松阪牛ってヤツは……!
感動するぐらい旨かったけど、翌朝僕は食卓で潰れることになった。
「胃が、もたれる……!」
「お前普段食わんのに、めっちゃ食ってたもんな……」
「だって、肉がとろって! 脂身があんなに甘いとは……!」
と言ったって肉を普段より多く食べただけ。それでこれってどうなんだ?
散々昨日金の龍と比べて不健康って言われてた意味を、こんなにも実感するとは。
そんなわけで今日の僕の朝ご飯は、胃に優しいお粥だ。ホッとする。
食べたくないと言ったわけだけど、今日も葛城のカフェで花野先生と約束をしているんだ。少し食べて外出した方がいいと小言をもらって今ここ。
白いとろとろの粥の上に、片栗粉でほんの少しとろみをつけた出汁のあんかけが乗っている。かつおだしの味が好きだ。
ようようとそれを食べ終わると、思慧の自転車の後ろに乗せてもらってカフェへ。本当は二人乗りは良くないけど、緊急時だ。よくなったら徒歩に切り替えるから許して。
誰向けには懺悔して、葛城のカフェに入る。そういえば、気になっていたことがあるんだ。
それを思慧に思い切って尋ねてみた。
「そういえば、しぃちゃん」
「おん?」
「このカフェ、なんて名前なんだ?」
「は? え? え? なんやったっけ?」
……えぇっと?
思慧がキョトンとする。彼の目に映る僕もキョトンとした顔をしていた。
「しぃちゃん、知らんの?」
「晴こそ、こんだけ通ってて?」
カフェのドアを開ける手前で二人して固まる。
足元に看板はたしかに出てるし、ドアのシェードにも店名は書いてあるんだ。だけど、店の名前が解らない。何故ならそこあるのはアルファベットの羅列だから。
僕と思慧はお互いそっと目を逸らす。すると突然店のドアが引かれて、僕も思慧もたたらを踏んで、店の内側へと入ることに。
「La(ラ) Belle(ベル) Equipe(エキップ)よ、お二人さん」
ドアを開けたのは葛城で、その顔は悪戯が成功したときの子どものような。
バツが悪いのを誤魔化すように中に入ると、鬼一がくつくつと笑うのも見えた。
「えーっと、どんな意味なん?」
「フランス語で良き友」
「へぇ」
相槌を打ってはみたけど、正直どんな顔をすればいいか解らなかった。
いや、妖怪だの怪異だのってやつにも友情は存在するんだろう。現に葛城と鬼一は同じ神社で育って、年経て妖力を得て、今のような存在になったって聞いた。今だって一緒にいるんだから、友情とか絆とかそういう物があっておかしくない。
感情とか、関係性とか、僕ら人間が育むものを、彼らだって持っている。それなのに同じような存在の人間を食うのだ。ぞっとする。
でもじゃあ人間だって他の生き物を食うのはどうかって話だ。他の生き物だって独自のコミュニケーションがあって、それを取り合って生きている。人間に解る言葉や態度じゃないというだけで。
或いは他の生き物だって人間を、僕が怪異やあやかし、そういう物を恐れるように、怖がっているのかも知れない。
「なんか悩んでるわねぇ、おツレちゃん?」
「ッッ!?」
顔を上げると葛城の顔がドアップだった。驚いて身体は飛び上がるけど、考え事しながらでも案内されたカウンターのスツールに座ってたせいか、グラグラと揺れるだけ。
隣のスツールにかけた思慧が目を丸くしていた。
「どないしたん?」
「ッ、な、なんでも!?」
「胸焼け酷いんやったら治療院で視たろか?」
「や、だ、大丈夫……」
僕の答えに思慧の眉間にシワが寄る。
体調不良なのに遠慮していると思っているんだろうけど、違うんだ。
そっと思慧から視線を外すと、葛城が思慧に「どうしたの?」と声をかける。鬼一も目が興味津々だ。
聞かれた思慧はというとむすっとしながら。
「昨日、俺のお師匠さんとこにお邪魔してすき焼き食ってん。したらそのすき焼きの肉が良すぎて胸焼けやて」
「おツレちゃん、普段どんな生活してるのさ……」
「食わせ甲斐がねェなァ、オイ?」
好き勝手言われている気がするけど、反論も出来ない。
だってあんなに肉が美味しいと思ったことはなかったんだから、仕方ない。葛城も鬼一もあきれ顔だけど、少し雰囲気が凍った。
それは多分思慧がお師匠さん・安心院さんに会いに行ったってところにだろう。
それに今朝、町を包む空気が少し変わった気がした。ほんの僅か、悪いモノを拒む気配が空気に含まれるようになったというか。
そういう物を彼らも感じ取っているんだろう。
一頻りいい肉談議を繰り広げたあと、思慧はアイスコーヒーを飲み干して店をさっていった。今日は僕の奢り。
思慧の気配が完全に消えたところで、二階の居住区から花野先生が顔を出した。
『おはようございます』
「おはようございます、始めましょうか?」
僕がここにきているのは花野先生の原稿を仕上げるためだ。その本分を全うするためにノートパソコンを立ち上げていると、鬼一と葛城が物言いたげに僕に寄って来る。
「何?」
「何じゃなくてよォ」
「昨夜、安心院のお嬢のところのお山の気脈が変わったみたいだけど、何かあった?」
二人とも神妙な顔つきだ。
それにつられてか花野先生も真剣な眼差しで僕を見ている。
そういえば安心院さんは花野先生について気になることがあると言っていた。
話すとなるとそれも話すべきか? でも安心院さんは詳しく調べてからって言ってたしな……。
取りあえず今までニュースやなんかで見た事故や事件を鑑みると、情報を出し惜しみするのは悪手になりやすい。なら、解るところまで話すほうが良いだろう。
腹を括って、僕は昨日お山であったことを話すことにした。
「昨日なんですけど、思慧と一緒にお山の頂点の社に行ってきたんです」
そして小六の思慧と僕との間にあった落ちて来た星にまつわる冒険と、昨日実際に起こった隕石と思しきものが割れたこと、それから安心院さん宅にいた金のトカゲ、もとい地の力の象徴である黄金の龍を思慧が治療したことを話す。
『突っ込みどころがありすぎて、何から突っ込んだらいいか解りませんが……。末那識先生、よく生き返れましたね?』
「いや、死んでないですって。ちょっと魂が抜けてただけで」
『だって戻れないところだったんでしょう?』
「まあ、でも間に合いましたし」
『そんな問題……? や、でも、なんでその経験を忘れちゃったんでしょうね?』
花野先生がゆるく首を傾げる。
それも安心院さんに聞いたけど、僕と思慧が安心院さんに出会ったとき、僕の魂は身体から離れてかなりの時間が経っていた。そのため魂と身体の繋がりが薄くなってしまって、魂だけでさ迷っていたときの記憶が、うまく身体に引き継がれなかったんだろうって。
それで肉体にはない記憶だけど魂が覚えていたから、あの場の強い力に触発されて、魂が思い出しそれを肉体にリンクさせたんだろう、とも。
僕の説明に花野先生も鬼一も葛城も納得したらしく、三人とも頷く。
それから鬼一は顎を擦って、真剣な目を僕に向けた。
「ほんで、黄龍の狂ってた気脈を治して来たって?」
「うん。思慧が鍼とお灸で」
「なるほどねぇ」
葛城が感嘆のため息を吐く。
鬼一も喉が渇いたのか、湯呑の中身を飲み干した。
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