第32話 視える男、説明される。
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結論からいうと、僕らは安心院さんに怒られはしなかった。
しなかったけれど、重い荷物を一つずつ背負って帰ることに。
あの塚に祀られていたのは、なんと大昔……といっても明治か大正あたりに、このお山に落ちて来た隕石だったそうだ。
成分分析には出していないから本当かどうか解りかねるけれど。安心院さんの家の古文書にそんなようなことが載っていたそうだ。
そしてタイミングよく、僕らが登山に勤しんでいるときにその文章を読んでいたのだとか。
百足が現れて、町が危険に晒されている。実際思慧が被害者が出ていると、僕から聞いた花野先生のことを、安心院さんに話したそうだ。
安心院さんの実家の神社は、長くこの町の霊的な守護を担っていたお家で。
怪異、あるいはあやかし、妖怪。そういう者同士の小競り合いだけなら静観しようと考えていたそうだけど、現に被害者が出てしまったとあればもうそんなことは言っていられない。
そういう責任感と使命感で、何かその百足を倒すヒントになるようなものを探していたんだそうだ。
「でも、お師匠さんが出ってって、万が一食われでもしたらもっと大変になるんちゃうん?」
割れた岩を二人で担いで安心院さん宅に持って来て、事の次第を聞いた思慧はそんなことを言う。遠慮がない。
対して、言われた安心院さんはおっとりと頬に右手を当てて「そうなのよねぇ」なんて返す。
「もうわたしも歳ですもの。やっぱり足腰が普通よりは丈夫だけど、若い人には勝てないから」
「じゃあ、ここの神社の人が?」
神主さんは安心院さんの甥っ子さんで、そのお子さんも今資格を得るべく大学に通っているそうだ。
僕の問いかけに、安心院さんがゆっくりと首を横に振る。
「あの子達はわたしほどには強くなくてねぇ」
安心院さんでダメなら、彼女が自分より強くないという人達はもっと無理だろう。
思慧と二人でこっそりため息を吐く。
僕らの様子に気付いたのか気付かないのか、首をこてりと小鳥のように傾げて安心院さんは「でも」と言った。
「でも、どうにかなるかもしれない」
「え?」
「何か、古文書に載ってたんですか?」
「そういうことじゃないのだけれど」
上品に、おっとりと。
安心院さんが話してくれたことには、以前思慧が言っていたこの町の守護神的な、レイライン的な物が弱まった原因が解ったそうだ。
でもそれは古文書になにか方法が記載されていたとかでなく、安心院さんに原因が見えたからで。
「原因?」
「なんやったん?」
僕も思慧も食いつく。
安心院さんは思慧に、原因は見えすぎて見えないという哲学めいたことを言っていた。見えないものが見えるようになるのは、そりゃ異常事態なわけで。
顔色を悪くした僕らに、安心院さんは「それよ」と、僕らが持ってきた隕石の成れの果てを指差した。
「どうもね、それが良くなったみたい」
「え?」
「これ?」
「そうなの。どうもその隕石には思慧ちゃんみたいに祓う力があったみたい。でもあのお社のある場所は、そもそもこの町を守るものの力の起点。思慧ちゃんのお店に、もう一人思慧ちゃんが鍼灸師としてやってきたみたいなものだったのね」
安心院さんの説明に、僕は首を捻る。
思慧が二人いたら二倍施術できるし、助かる人が増える分思慧だって稼げるじゃないか……。
僕は多分、担当の吉野さんが言ってた宇宙猫顔になってたんだろう。思慧の眉が寄った。
「ああ、解る。反発しまくったんやな?」
「そう」
「え? なんで?」
「何でて……。磁石のS極とS極同士は反発するやろ」
「あー……、え? そういう?」
確認を安心院さんにすれば、何も言わないまでもにこっと笑って頷かれる。
そうか。磁石のS極のほうになるのか。
お宅にお邪魔した際に、淹れていただいた紅茶を飲む。以前にもいただいたけれど、ここの紅茶は本当に美味しい。
安心院さんにその隕石のことが見えなかったのは、同系統の力として非常に見分けがつきにくかったからだそうな。
同系統の力同士で反発しあっていたから、いずれ時間が経てば隕石のほうは割れただろう。けれどそれが早まったのは、今回思慧を連れて来たかららしい。
つまりあの場に思慧が行くとS極三つで、それぞれに反発しまくって、結果一番力が弱かった隕石に負担がかかり……。
「え? 俺のせぇってこと?」
「そうともいうけれど、思慧ちゃんのお蔭ともいうかしら?」
にこにこと安心院さんが笑うのに対して、思慧は納得が行ってなさそうな顔をしている。けれど、僕には一つ疑問があった。
同系統の力が反発しあうなら、どうして隕石はあの場に埋まっていたのか?
磁石のS極同士で力を殺し合っていたような物なら、あそこにわざわざ隕石を埋める必要はないだろうに。
呟くように口から出て来た疑問に、安心院さんは大きなため息を吐いた。
「それがねぇ……。解らなかったそうなの」
「解らなかったって、S極同士反発するのが解らなかったんですか?」
「もっと根本的に。あの隕石をあそこに据えた時代の、うちのご当主様、思慧ちゃんと同じように力はあるけど何も見えない感じない人だったらしくて。隕石は天からの戒めか何かだろうから、お山の頂上にお祀りしておけばいいだろうって、やっちゃったみたいなの」
「おぅふ」
「俺、流石にそんな大雑把やないで……多分」
「多分」と言ったときに、思慧の視線は明後日だった。やるんだな。いや、やるな。思慧だし。
整理整頓とかこまめにするくせに、そのやり方が思慧は雑なところがある。
本棚に本を片付けたとして、一巻から五巻まであるシリーズものを、普通なら一巻から五巻揃えておく。でも思慧はそういうのを気にせず、とりあえず本棚にしまっておけばいいだろうって感じ。バラバラ。
あれ、でも?
ふっともう一つ疑問が頭をよぎった。思慧のほうを向けば、同じことを思ったのか、僕を見返して首を捻る。
「お師匠さん、俺ら小六のとき、あの場所に行ったんやけど?」
「……私と思慧ちゃんがあったとき?」
「僕が幽体離脱してしぃちゃんとさ迷ってたときです」
そういえば思い出したことをまだ言ってなかった。
なので今日あの場所に行って、魂にしまわれていた記憶が戻ったことを安心院さんに伝える。すると彼女は「まあ」と口を両手で覆った。
「そうなのねぇ。あれから時々、思慧ちゃんはわたしに晴くんの話を聞かせてくれていたのよ。だから本当は初めましてじゃなかったの」
「はい。その節はありがとうございました。無事に生きています」
「良かったわ。あれからも思慧ちゃんと仲良くしてくれてて」
穏やかに、安心院さんがそっと僕の手を取った。
「思慧ちゃんは肉親の縁が薄くて、この世に留めるものが少ないから、どうかなと思っていたんだけれど……。貴方がそれとなく引き留めてくれていたのよね」
「そんな大それたことはしてないです。寧ろ僕のほうがしぃちゃんに引き留めてもらってるくらいで」
きゅっと握られた手を、僕も少し力を入れて握り返す。
安心院さんは安心院さんで、思慧のことを本当に案じてくれているんだろう。実の親より余程。
「あの、本人おる前で、なんか恥ずいんやけど?」
「あらあら、照れてる」
「あ、本当だ」
珍しく思慧の耳が真っ赤だ。
そういえばお山の頂点でもなんか照れてたな。
僕と安心院さんの温かい目線に耐えかねたのか、思慧が「それより」と咳払いしつつ、話を変える。
「あのときは、隕石に何ともなかったんやろか?」
「あったかもしれない。前のときは割れるほどではないけれど、隕石の力を弱めたんじゃないかしら」
「それで今度は負荷に耐え切れずに割れた、と?」
「そう考えれば辻褄はあうんでしょうねぇ」
たしかに。
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