第31話 視える男、思い出す。
毎日朝8時に1話更新します。
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小学六年の冬のある日。
その日は連絡も無しに、しぃちゃんは学校を休んだ。
連絡がないから理由が解らない。
もしかしたらインフルエンザか風邪か、そういうもので寝込んでいるのかも。
心配した担任の先生が、僕になにか聞いていないか声をかけて来た。
しぃちゃんの家は父子家庭で、お父さんがそもそも仕事で多忙。だからしぃちゃんはお祖父さんお祖母さんと生活していた。
この頃お祖父さんとお祖母さんの二人がそろって身体を壊して、しぃちゃんの家は少し荒れていて。
そのことでしぃちゃんの家は要注意の家として、大人たちは密かに心配していたそうだ。そこに来てしぃちゃんの無断欠席だ。
実際、体調が悪いときしぃちゃんは僕の家に電話をかけて来て、学校への伝言を託すことが多かった。それもなかったゆえの、担任の心配だったんだろう。
僕もしぃちゃんのことは心配だった。だからちょっと面白い話を図書館で探して、その話題を持って家を訪ねていこうとしたのだ。
けど、それは果たせなかった。
運悪く、その日、しぃちゃんがいないことに気が付いた悪霊が、良くない気をまき散らしていた男に取り憑いて、結果車で僕を撥ねとばしたから。
その後、僕は。僕は……。
「そうだ、星を探しに来たんだ」
ポロリと言葉が零れる。
図書館で読んだ本の中に、このお山に昔星が落ちたのを見た人がいるという記述を見つけたんだ。その星は今も見つかってなくて、このお山のどこかにあるっていう記述とともに。
だから一緒に星探しに行こうって、そういうつもりで……。だけどそれは果たされなかった。だって今の今まで、僕は思慧とここに来たことを覚えてなかったんだから。
ハッとして顔を上げれば、思慧がほろ苦い笑みを浮かべていた。
「俺の見たままにいうたら、やけど」
その前置きに頷いた僕に、思慧は塚の近くに腰を下ろして、僕を手招いた。思慧と同じように僕が腰を下ろすと、水筒を差し出してくる。
冷えたお茶を受け取って、一口含めば全身に染入るのが解った。
「あの日、ロープウェイの近くにおかんに棄てて行かれた俺は、ちょっと自棄になっとたんや」
父親は家庭より仕事が大事な人間で、母親は母親であるより女でいることを選択した。彼らは自分のことばかりで、子どもの思慧を顧みることをしなかった。
そんな自分の存在の軽さに、思慧はもう何もかもどうでもよくなって、此の岸から彼の岸へと渡ろうと思ったという。
でもそれなら景色のいいところから飛び降りてやろう。
そう考えた思慧はワザとこの山頂に歩き出した。けれど、そこに思わぬ邪魔が入った。
「お前や、晴。お前が急に目の前に現れたんや。『星を探そう』言うて」
「ああ」
ぶわりと記憶が蘇る。
そういえば、そんなことを言った。
頷く僕を見て、思慧もお茶を啜る。
一息つくと、思慧はまた訥々と話し始めた。
彼の目の前に突然現れた僕は、完全にとはいわないまでも透けていたらしい。
半透明だった僕に思慧は尋常じゃなさを感じたという。
けれどそれよりも僕が言った「星を探そう」という言葉に引っ掛かったそうだ。
「星を探すって夜でもないのにどうやってって思ったんや。そしたら図書館で、星がこのお山に落ちて、まだ見つかってないって話を見つけたいうやん」
「それで興味を持ったのか?」
「隕石は男のロマンやがな」
それで思慧の中から生きるの死ぬのはどうでも良くなったそうだ。
思慧は僕と二人で山頂に向かって歩いて、そしてここに辿り着いたのだという。
けれど山頂には星が落ちた形跡がない。何せ僕が読んだ本というのが郷土史、しかもお伽噺の類だったそうで。
でも。
「星はたしか……」
「見つかったんや。っていうか、これが星やろってお前が言うたから、俺はそうなんやって思った」
「何だよ、それ」
笑う。
そう星はあった。塚の下、ピカピカに光っていたんだ。
でも子どもの力で塚になっている石を全て退かすことは出来なかった。何より僕の身体が半透明から段々と薄くなって、消えかけていたらしい。
思慧は「これはなんかアカン」と思ったそうだ。
「思って、お前に言うたんや。『また今度、星を採りにこよ』って。そしたらお前、頷いたから」
「一緒に山を下ったんだっけ?」
「うん。でもお前、段々喋らんようになったし、めっちゃ薄くなって消えそうな感じになっていくしで」
思慧は相当焦ったそうだ。
この辺の記憶が僕にはない。
焦った思慧はとにかく一刻も早く下山しようと、ロープウェイの駅から何故か脇道の山道に入ったらしい。
そして消えそうな僕を連れて山道を遭難しかけた時に出会ったのが、山菜取りに山に入っていた安心院さんだった。
「安心院さん?」
「そ、お師匠さん。お前を一目見て『あらあら、貴方まだ生きてるわ。お戻りなさい』って柏手打ってすぐ、お前消えてもてん」
「え? じゃあ、初めましてじゃなかったのか?」
「うん。でもお前、目ぇ覚めたとき何も覚えてへんかったから、言わんほうがええんやと思て。お師匠さんに相談に行ったら、無理に思い出させるのもようないって言うし。お前、あのとき幽体離脱して生霊状態で俺にくっ付いて来てたんやと」
思慧の言葉に、安心院さんとの初対面を思い出す。そういえば彼女はなにか言いたげにしていたけど、これが原因だったのだろう。
「お前が俺を助けてくれたんや……」
思慧の唇から呟きが落ちる。それに僕は緩やかに首を振った。
だってそんなの偶然だ。偶然、思慧と星探しをしたいと思っただけなんだし。
それに僕のほうの記憶というか、今思い出した事実はちょっと違う。
「僕は、気が付いたらしぃちゃんの前にいたんだ。それで車に撥ねられたことも忘れて、しぃちゃんに『星を探そう』って言って、山登りしたんだ」
いつもなら足が痛むだろうし、息も上がって苦しくもなるだろうに、そのときはいつまで経っても痛くも痒くもなく、山道を登っていられた。
この頂上に付いたときも、思慧は肩で息をしていたけれど、僕はふわふわと良い気持ちで。
星に関してはすぐに解った。
塚になっている石の下が、物凄く光っていたから。その光こそが、僕には星だって解った。だって光は、思慧を取り巻く光とそっくりだったのだから。
「え? はっず!」
「へ!?」
聞こえた思慧の悲鳴に伏せていた顔を上げると、耳まで真っ赤にした思慧がいて。
「ほ、星ってお前!?」
「だ、だだ、だって!」
なんか焦る、というか照れる。
持っていたお茶を飲むと、気持ちを落ち着かせるべく深呼吸を繰り返す。
そうして落ち着いた頃、思慧が真顔で僕を見た。
「ほんで、今も星あるんか?」
「あ」
言われて塚の方を見れば、微かに光が零れている。けれど過去の記憶よりずっと輝きがなくなっているような気がして。
近付いて、思慧と見比べると、どうしても見劣りがする。
何故だろうと首を傾げて思慧を呼べば、ひょうひょうとした雰囲気のいつもの思慧が寄って来た。
するとミシッと何か固いものに亀裂が走ったような音がする。
驚いているうちに塚が崩れ、中から現れた黒い大きな岩が現れた。その岩にピシピシと亀裂が走って。
「え?」
「お?」
二人してその様子に顔を見合わせた刹那、大きな音を立てて塚から現れたい石が真っ二つに割れた。
「……ええんか、これ?」
「え? さあ?」
僕に言われたって困る。思慧もそういう顔をしていた。
暫く考えて、思慧がポケットからスマホを取り出す。幸いにも電波は圏内を示していた。
「お師匠さんに連絡入れるわ」
「なんで?」
「ここも一応お師匠さんとこの管理する社やから」
「ああ。それはたしかに関係者さんだ。っていうか、これ、僕らが怒られるやつ?」
「さあ? いや、どやろ?」
僕らは二人揃って、明後日に視線を飛ばすことにした。
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