第28話 視える男、追い込まれる

毎日朝8時に1話更新します。

*****


 この辺りには昔から大地の力をもって、町を守っている存在があったそうだ。


 しかしそれが何十年で急激に弱まっていると、思慧のお師匠さんの安心院さんは言ったとか。


 その守護神的存在は、僕があやかしや妖怪、もしくは化け物・悪霊、そう認識しているような形あるものではないらしい。


 簡単にいえば力の流れ、専門用語でいえば龍脈とかレイラインとか呼ばれるものだそうな。


 


「それが弱ってるってなんで?」


「いや、お師匠さんにもよう解らんって。なんかお師匠さんは視え過ぎるから、かえって視えんとか禅問答みたいなこという問ったけど」


「哲学みたいだな」




 視え過ぎるから視えない。


 安心院さんは祓い屋が出来るくらいには視える人だけれど、それ故に原因が読めない、或いは物理的に見えないということだろうか。


 それはそれとして、安心院さんが言うには件の百足がこの町に入って来たのは、その守護神的なものが弱っていて、百足を弾き飛ばすことが出来なかったからだそうだ。


 それだけでなく、その守護神が弱っていることによって、僕や花野先生のような視える人間が守られなくなり、結果百足のような化け物に捕食されることが増えているという。




「それは……まずいんじゃ?」


「まあ、お師匠さんみたいな職種の人は結構おるらしいから? 依頼されてそういうのを駆除しに行くこともあるそうやけど、やっぱり数が増えたら何ともならんし、そもそも相手が強かったら何もできへん言うとったわ」


「事実は小説より奇なりっていうけど……」




 ため息を吐くような僕の言葉に、思慧は頷く。


 僕自身は視えるし追いかけられる人間だから信じられるけれど、こんなことは他の人に話す気にもならない。だって人間は目に見えるものしか信じないように出来ているからだ。


 それは決して悪いことじゃない。


 物理的に見える範囲でも事故だのなんだのって気を付けないといけないのに、この上見えない範囲でまで気にしないといけないことが増えると、ストレスが溜まるし気も休まらないだろう。


 現に僕がそうだ。外にいるときは物凄く神経を使っているからか、長時間の見知らぬ場所への外出なんて無理ゲーだ。




「俺も晴がおらな、嘘やって笑い飛ばしてたやろな。でもお前がそんなに草臥れるほどしんどいんやったら、やっぱりそこには俺には解らんなんかがあるんやろ。お師匠さんにもあるやろし。せやから俺は俺に出来ることをする」


「しぃちゃんのできること?」


「おん。全方向『いらんことしくさったら解っとるやろな?』って思って威嚇しとけ、て。それで雑魚は消し飛ぶらしいし、消し飛ばんヤツもちっとは弱なるらしいから、お師匠さんの同業者の仕事が楽になるんやて」




 思慧は僕に向かってサムズアップして笑顔を見せる。何というか、白い歯がキランと輝いて爽やかだ。言ってることは物騒だけど。


 というか、思慧はこういうヤツだったな。


 誰かが困ってたら手を貸してやるんだ。それが仮令あったことがないような誰かであっても。


 僕はそういう思慧の善意を信じているし、その培われた倫理観に尊敬の念すら持ってる。同じ年なのに、同じ男なのにこうまで違う。


 思慧に失望されない人間でいたい。僕が嫌でも前を向くのは、そういう一種の対抗心のようなものがあるからだ。




「明日の朝は葛城さんのとこで食おか?」


「うん? モーニングメニューとかあったっけ?」


「おう。一昨日からお試しでやってんねんて」


「へぇ……」


「トーストとサラダとスープとオムレツかハムエッグのと、おにぎりに味噌汁に小鉢に出汁巻きかハムエッグのか。どっちか選ぶんやて」




 そういえばいつだったか、お昼の定食を食べたが、あれは旨かった。


 あのときはスペアリブと根菜の豚汁におにぎりだったか。その前にも思慧お勧めの骨付き鶏もも丸一本が入ったチキンカレーを食べた。あれも旨かったと思う。


 そう口にすると、思慧がにかっと笑った。




「何だよ……?」


「えー? お前あんまり食べるもんに興味ないやん? そやのに葛城さんとこの飯はちゃんと褒めるやん」


「そりゃ……旨いものは嫌いじゃないし」


「ええことや。食に興味ないんは、生きることに興味ないのと同じやからな。葛城さんとも鬼一さんとも仲良うなったんやったら、それもええことや」


「は!? 仲良く!?」




 げふっと喉が詰まる。


 僕は人間で、アイツらはあやかしとか怪異とか化け物といわれるもので、別に仲良くなったりしてない。存在的には不倶戴天もいいところだ。


 咽ていると、思慧の手が水を差し出してくる。受け取って水を喉に流し込めば、息苦しいのが少しマシになった。




「やって、お前。あの人らと話してるとき、ちょっと楽しそうやし」


「いや、そんな……!?」


「照れんでええやろ。人見知りのお前が話せるってことは、あのお人ら滅茶苦茶コミュ力高いんやな。鬼一さんは宮大工の棟梁さんやったからか、歴史めっちゃ詳しいんで?」


「て、照れてない……! けど、その話は詳しく。ネタになりそうだから」




 そういえば思慧はチェシャ猫のように笑う。


 いや、本当に思慧が思っているような事じゃないんだ……!


 だけど、最近は別段彼らを毛嫌いするようなことはなくなったかもしれない。彼らは少なくともこちらの事情を慮ってくれるし、命まで取らない方法で人間から糧を得て、それをまた人に返している。


 それならば、彼らをあまりに毛嫌いするのも違う気がして。


 まして今は花野先生やスミシー氏のこと、百足の化け物の件で協力体制にあるんだから。


 思慧は惜しみなく鬼一から聞いただろう知識を、ちょっと大げさな身振り手振りとともに話してくれる。


 それに聞き入っていると、ふと思慧の顔が真顔になった。




「なあ、晴」


「え?」


「あんな、ネタついでに行ってみぃひんか?」


「行くって……どこに?」




 真剣な表情のままの思慧に首を傾げる。




「その守護神的な力の源っていうか?」


「は? え? 行けるの?」


「うん。お師匠さんの家の神社があるよりもっと上のお山の頂上のお社がそうって」


「えー……」




 それは少し興味を惹かれる。けれど、だ。




「そこまで……徒歩?」


「ロープウェイで途中までは行ける。そこから子どもの足で一時間やから、大人やったらもっと短時間やと思うわ」


「歩くんだな……?」


 


 重ねて言えば、思慧が僕をジト目で見る。


 だって歩くって!


 万年出不精外出拒否症気味の僕だ。当然運動不足で、登山なんかしたら翌日確実に動けない。あらぬところの筋肉痛で、起き上がれない。多分、きっと、絶対。


 明後日の方向に視線を飛ばせば、思慧が溜息を吐いた。不甲斐ない友人でゴメン。


 けど。




「よし、明日から毎日歩こか? したら次の休みまでにはちょっと体力もついとるやろ?」


「は?」


「今日もカフェまでは歩いたし、明日もそうしたらええわ。ついでにちょっと遠回りして、スーパー巡りしよ。タイムセールにも慣れなあかんしな」


「え、えー……」


「大事なネタの取材やもんな!」




 きらーんと輝く白い歯にサムズアップの思慧は爽やかだけど、目が笑ってない。


 スパルタだ。スパルタなトレーナーがいる!


 


「や、もう、そんなにネタには困ってないかな……」


「そーか、そーか。取材に行きたいって、末那識せんせーはプロ意識高いな!」


「聞いてー……」




 藪を突いて蛇じゃなくて、スパルタトレーナーを召喚してしまった。




「センセェよォ。お前ェさん、物書きなんだから馬鹿じゃないだろうに迂闊だなァ」


「オツレちゃん、ご愁傷様」




 翌日、思慧との会話を聞かせたら、あやかし二人に大笑いされた。


 やっぱりこいつらとは不倶戴天だ!

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