第24話 視える男、尋ねてみる。

毎日朝8時に1話更新します。

*****


 同居初日は次の日のスケジュールを決めて終わった感じ。


 僕はと言えば、それまで抱えていた仕事のデーターを担当さんにメールで送ったのが一件。送られてきていたゲラの訂正や確認を終えた物を、出版社に返送するのが一件あった。


 データーはメールで送れるけれど、紙で来ている物に関しては業者さんに頼むか、自分でコンビニや宅配業者に持ち込まないといけない。


 花野先生の原稿をするにあたって彼女に僕の家に来てもらうか、僕が彼女のいる某喫茶店に行くか。目下の問題はとりあえずそれ。


 なので思慧の出勤に合わせて、コンビニに原稿の返送を頼むついでに、僕は彼女の元にいく事にした。


 これも運動不足解消のため。


 そう言えば思慧は軽く僕の肩を叩いた。




「無理はしやんでええで?」


「うん。でもこれくらいはいつも歩いてるし、毎日じゃないから」


「そうやな。これからしばらくは毎日買い物行くしな」


「うん」




 締め切りが詰まって大変な時以外は、買い物に行く。それは僕にとって運動不足解消だけの目的ではなくなったけど。


 百足が出るって聞いた以上、それも喫茶店の葛城と鬼一に伝えなくちゃいけないだろう。もっとも思慧のお師匠さんから連絡は行ってるだろうけど。


 でもお師匠さんが認めるくらい強い思慧でも「近付いたら殺す」と思って過ごさないといけないって事は、花野先生の霊力のお蔭でかなり強化されてるってことじゃないか。


 あの二人は兎も角、敵討ちをしたがってるスミシー氏には、重ねて警告しないとダメだろう。


 あの人には最低でも花野先生の新作が発売される当日までは、無事でいてもらわないといけない。じゃないと花野先生の無念が晴れないんだから。


 そういう訳で、コンビニに一緒に寄った後、思慧の鍼灸院の前で別れる。


 思慧が店の中に消えたのを見計らって、僕の背中で揺蕩っていたクラゲのシェリーがすっと頭上に移動した。


 触腕のカーテンの中は少しひやりとしていて、世界から隔離されているような感覚に襲われる。


 触腕にすっぽり隠されるって事は、シェリーの警戒心が高くなっているのかもしれない。ふわふわ揺れる触腕を眺めながら、僕は喫茶店への道を歩く。


 やつらあやかしは朝だろうと昼だろうと、力の強い者は出る時間を選ばない。それは葛城や鬼一を見ていれば解る。それなら奴らが警戒する百足だって、出る時間も場所も選ばないだろう。それくらいは解るから、思慧と離れた瞬間から僕は自分史上稀なくらいの早足だ。


 ようやく見えて来た喫茶店に安堵して、その扉をやっぱり僕的にかなり早い動作で開ける。そして中に素早く滑り込むと、さっさと扉を閉ざす。


 カウンターの中では葛城が目を丸くし、外のスツールでは鬼一が驚いていた。




「おツレちゃん、そんな早く動けたのねェ?」


「普段の倍速ぐれェだったな?」


「人をカタツムリか亀みたいに……!」




 憤りを込めて言えば、葛城が首を横に振った。




「おツレちゃんはどっちかっていうとナマケモノなんじゃないかしらァ」


「ああ、動きすぎると死ぬやつな」


「そこまで生物としてか弱くないわ!」




 あまりの言葉に大きな声をだすと、そこで喉が引き攣って咳が出る。咽る僕を見かねて葛城が水を出してくれたが、中々咳が止まらない。




「ほら。喉動かしたくれェで死にそうなほどだぜ?」


「ねー」




 こいつら、好き勝手言いやがって!


 そうは思うものの、水を飲んでもまだ落ち着かない。


 肩で息をしていると、僕の声が聞こえたのか、二階の居住区から花野先生とスミシー氏が降りて来た。


 咳でぜーはー言ってる僕を見て、スミシー氏と花野先生が背中を擦ってくれる。そして落ち着けるように、近くのソファーに座らせてくれた。




『大丈夫ですか、末那識先生』


「はい……」


「お水をもう少し飲みましょうか」


「はい、どうも……」




 なんか幽霊と吸血鬼に親切にされるとか、微妙な気分だ。それを言うと花野先生の手が、背中を擦っているようですり抜けてるのも妙な感じなんだけど。


 ある程度落ち着いたところで、花野先生とスミシー氏にお礼を言う。すると二人は自然と僕の正面のソファーへと移動した。彼らに用事があって来たのを悟ったのかも知れない。


 それもあるんだけど、まず店内を見回す。そしてお客が僕以外にいないことを確認。それから「しぃちゃんから聞いたんですが」と前置きして、僕は思慧から聞いた話を葛城に鬼一、花野先生とスミシー氏に伝えた。四人の顔が曇る。




「鍼のセンセでも『近寄ったら殺す』と思ってろ、か」


「うーん、そうなるとアタシ達が先生に近寄るのも危ないわねェ」


「え? 何で?」




 鬼一の苦み走った声に、葛城も同じく苦い顔で頷いた。僕は小首を傾げる。


 その光景に『ああ』と、花野先生が頷いた。




『殺意が無差別に向いちゃうからですか』


「そういうこと。限定的に『百足殺す!』だったら百足にしか殺意は向かないけど、『近寄ったら殺す!』じゃ全方向に殺意が飛ぶわよね」


「ああ、そういう……」




 納得した。


 それなら思慧に「百足、殺す!」って思ってもらえば良いじゃないか。


 そう言えば鬼一が難しい顔をして首を横に振った。




「そうなると今度鍼のセンセの祓う力が百足だけに向いちまう。それだと百足以外の危ういモンにお前ぇさんが狙われやすくなる。痛し痒しだな」


「それは……シェリーがいれば大丈夫なんじゃ?」


「そのクラゲは鍼のセンセの力から作られてる。だから鍼のセンセの思考に引き摺られやすいんだよ」


「それは……」




 困る。


 ようやくシェリーのお蔭で夜でも外に出られるようになったのに。


 爪を噛むと、不意にスミシー氏の顔が見えた。青褪めている。嫌々ながらも僕の血を飲んで、多少血色が戻って来たのにまた白くなっていた。それに花野先生も気が付いたようで。




『アラン、私が死んだのはアランのせいじゃないよ。アレは私が癇癪起こしてアランを撒いたせいだから』


「しかし……!」


『無念はあるけど、それを晴らす機会をくれたじゃない。普通なら出来ない事だよ』




 すり抜ける手のひらで、それでも花野先生はスミシー氏の手を握る。この二人の間には、種族を超えた絆ってものが存在しているんだろう。


 僕と同じように怖い思いをしてきて、その命も奪われたはずなのに、花野先生はその怖いものの一つであるあやかしを受け止めている。いや、花野先生にとってスミシー氏はあやかしでなく「アラン・スミシー」という一個人なのだ。だから信じられるし、一緒にいられるんだろう。


 僕は未だにあやかしというカテゴリーから、葛城も鬼一もスミシー氏も出せないでいる。あやかしに殺されたとして、恨まずにいられる自信はない。同じカテゴリーにいる葛城達のことも、憎まずにいられるとは思えない。




「憎くはないんですか? 恨めしいとは思わないんですか? どうしてあやかしを怨まずにいられるんですか?」




 気がつけば僕の口から花野先生にそんな言葉が向かっていた。


 キョトンと花野先生が瞬きをする。不思議そうなその顔にバツが悪くなって俯くと、花野先生の声が頭上に降った。




『恨んでますよ、百足のことは。私聖人じゃないんで』


「じゃあ、どうしてそんなに……」


『いや、だって……人間の強盗に殺されたとして、人間全部を怨むかって言えば違うじゃないですか』


「それは……そうですけど」


『末那識先生は混乱してるんだと思います。出会ってきた全てのあやかしが、先生にとって悪いモノだったのかも知れない。だからこそ、先生に悪意も敵意も持たないあやかしがいて、びっくりしてるんですよ』




 花野先生の表情は、穏やかなままだ。隣のスミシー氏も穏やかにしている。


 そうだ。


 僕とあやかし、或いは霊的な物。そういう物との関りは、逃げ切るか思慧にどうにかしてもらわないと、殺される・食われるといった関係性ばかりだった。




『だからね、先生はあやかしとか嫌いなままでいいと思います。良い人がいるかも知れないけど、こっちを食おうとするやつも多い。現に私は食われました。だから無理に受け入れて許す必要なんかないです』


「……」


『でも、ちょっとだけ。ちょっとだけ、アランや葛城さんや鬼一さんみたいに、人間と一緒になんとか生きようとする人達もいるって知ってもらえたらいいかなって。それだけで、受け入れられない自分を弱いなんて責めなくていいと思うんです』




 生きてるだけで人間丸儲けだし、息してるだけで頑張ってるんですから。

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