第23話 視える男、諭される。

毎日朝8時に1話更新します。

*****


 血をやることは吝かじゃないけど、その味に文句をつけられるのは些か腹が立つ。


 僕だって子どもじゃないんだ。身体の心配をされてる事も解ってるし、その心配されるってこと自体が有難い事だってのも解る。


 だけどボクはお前ら妖の非常食じゃねぇんだわ。ちくしょうめ!




「なんや、晴ぅ。お前、今日ごっつ機嫌悪いんやなぁ」


「へ~? 僕、なんか口に出してた~?」




 フワフワと夢現に声を上げると、思慧の手がゆっくりと背骨の左右や肩甲骨の辺りを探るように圧していく。


 重鈍い痛みがある箇所もあれば、心地よい圧を感じる箇所もあるけれど、全体的に硬い気がする。




「触ってるとな、なんかこう気の乱れみたいなんが解るんや。めっちゃピリピリしとる」


「あー……ねー……」




 そりゃよくはないな。


 何せ非常食なのに不味いから何とかしろって、客でもない奴らにカスハラされたんだ。


 溜息を吐けば、思慧がくすっと笑う。


 訝しく思って首だけを動かして思慧を窺えば、彼はひらっと手を閃かせた。




「前はそういう気の流れみたいなんが全く捕まれへんくらい弱ってたからな。今は解りやすいくらい触れるし、回復してきたなぁ思て」


「ああ、そういう……」




 思い返せば子どもの頃から僕には体調のいい日と言うのがあまりなかった。


 大半は霊障によるもの、それ以外は霊障で弱ったりストレス過多なせいで下がった免疫機能が、病気に勝てなかったり。


 思慧と過ごしている時間が長い時はそれなりに元気だったけど、生活圏の重なりが徐々に小さくなっていくと僕は体調を崩しやすくなる。


 一番ひどいのは小学校の時の自動車事故だけれど、あの後も大概な目に遭っていた。


 お蔭で僕は保険会社から当たり屋疑惑を持たれたものだけれど、相手が僕に向かって突っ込んで来る事が殆どだ。界隈ではきっと僕は強烈に運が悪いか憑かれてるかだと思われているだろう。当たってるよ。


 ぼんやりとそんな事を考えていると、思慧が「うーん?」と呻く。




「なに……?」


「おー……、首がガチガチ。絞まってるんちゃう?」


「えー……左右から圧迫される感じはあるな」




 背中を辿る思慧の指先の感触と熱に、眠気が出てくる。


 夢現の境に、人肌の温かさと穏やかな声はよくない。理性が「起きろ」と囁くのに反して、脳みそが勝手に「寝ろ」と指示を全身に飛ばす。




「肩やら腕やらあんまり動かさんで、同じような姿勢でずっとおるやろ? 段々と喉の筋肉が固まって、気道を圧迫したりするんや。まさに自分で自分の首を絞めるっちゅう? セルフ首絞めプレイや。お前、さては上級者やな?」


「誰がドMだよ……!」


「自覚なかったんか!?」


「違うわ!」




 ケラケラと笑う思慧に眠気が飛んだ。


 今のところ、思慧が僕の身体で気になるのは眼精疲労が最もだそうな。その次が肩こりと腰痛。


 眼精疲労にしても、肩こりにしても、腰痛にしても、ある意味職業病だ。だからそれに関しては、思慧は毎回治療に組み込んでくれている。


 ただその時々で手を変え品を変え、刺激する部位も変えるのだそうだ。


 


「きちんと飯食っても、運動しても、元の身体が悪かったら毒になる時もあるからな。どれも揃えて改善していかんと」


「う、うん」


「って訳で、治療したらちょっと休んで飯食おか」


「解った」




 ポンポンと背中や腰を軽く叩かれて、今日の治療は終了らしい。


 一か月前に僕と同居することを決めた思慧の動きは早かった。


 今日僕が花野先生のUBSを受け取った事を連絡すると、仕事場である治療院に準備していた私服やパジャマ、歯ブラシとかその他日用雑貨の入ったボストンバッグ一つと食材の入ったエコバッグを下げて我が家にやって来て。


 片付けておいた部屋に自分の荷物を放り込んだその足で、思慧は夕飯を作り出したのだ。


 そして定例の治療を終えて、今ここ。


 早速生活改善に乗り出されている。


 施術の後の心地よいだるさに身を任せてぼんやりしていると、思慧がキッチンから僕を呼ぶ声が聞こえた。


 行って見ればテーブルの上には、炊き立てのご飯にニラと卵の中華スープ、餃子、豆腐と海藻のサラダが鎮座している。


 一人の時は物置き場になっているダイニングテーブルが、今日はきちんと食卓の役目をはたしているではないか。


 っていうか、豪華。


 僕一人の食卓なんて、チーズとハムを挟んだ食パンとかが関の山なのに。




「店屋の定食……」


「いや、お前。俺いっつもこんくらい作っとるやないか?」


「僕のいつもと違う」


「寧ろいつものお前の食卓が、俺にはあり得へん」




 そうだろうか?


 ハムとチーズを食パンに乗せたモノだって、そう悪くない。すぐに食べられるし、何より片付けなくていいから楽なんだ。


 そう言えば、思慧は苦く笑う。




「片付けくらいしたるがな。お師匠さんにも言われたんや。本腰入れやな、ちょっとアカンかもって」


「へ?」


「どんだけ経絡弄ろうが何しようが、根本の身体が元気やなかったら上手い事効果が出んねん。栄養・睡眠・運動の改善もこの機会にやるさかい、覚悟せぇ」


「え……? 書く時間なくなるのは困るんだけど」


「邪魔はせぇへん。ちゅーか、今みたいにずっと机に向かってる方が効率下がるで? 目ェ痛いと集中できんやろ?」


「それは……」




 そうだ。集中力を超える痛みを身体が訴えてきたら、その時点で意識が散漫になって中々原稿に気が向かなくなる。


 それをだましだましやっているから、文字は稼げるかも知れないけれど、その後の腰や目や肩がボロボロになるんだ。そしてまた治療してもらっての繰り返し。


 答えあぐねていると、思慧が口をへの字に曲げた。




「昼になったら一旦帰って来るから、そっから昼飯一緒に食って、近所のスーパーに一緒に買い物行く。んで、俺は夕飯の準備だけちょっとして、また仕事。お前も仕事したらええやん。リズム作ってこうか」


「近所のスーパー……?」


「おん。散歩兼ねてその程度でも動いた方がええわ」




 近所のスーパーともう一度呟く。


 そんな僕の様子に、思慧がほんの少し眉毛を八の字に落とした。困ったような顔で「押し付けがましいか?」と、思慧は僕に問う。




「いや、大丈夫だけど」


「けど?」


「近所にスーパーなんかあったっけ?」




 そう口に出すと、テーブルの上に組んだ腕の上に顎を乗せていた思慧がずるっと滑る。




「え? いや、お前、俺の店に来るちょっと手前にあるやん!?」


「そうだっけ?」


「おう。五年くらい前からあるんで?」


「五年……?」




 そんなもの、そんなところにあっただろうか?


 そう言えば時々安売りの幟のようなものを見たような気がしていたけど、もしかしてソレか?


 疑問を口に出すと、思慧は首を縦に振った。




「ソレ。たまに和牛とか安売りしててビックリするわ」


「そうか。そうだったのか……」


「そうかって……、お前マジでちょっと外出た方がええで?」


「そうかな?」




 うすぼんやりとしつつ聞けば、思慧はぶんぶんとさっきより大きく首を縦に振る。


 


「おう。変なもんに襲われた時の避難経路とか確認しといた方がええって」




 そんなもんかと考えていると、思慧が真顔になった。持っていた箸をおくと、静かに「あのな」と唇を開く。




「お師匠さんから、連絡が来た。質の良うないのがうろついてるらしいから、見えへんやろけど『近付いたらぶっ殺す』思て道歩けて。もしも近づいてきたら、俺はそれで蹴散らせるらしいから」




 思いもしない言葉が思慧から出て来た。


 もしかしてその良くないモノに、僕はもう関わってるかも知れない。


 確認するために、あえて僕は聞いてみる。




「その質の良くないものって?」


「ああ、なんか。百足とか言うてたか?」




 ビンゴ。

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