第17話 視える男、受け入れる?

毎日朝8時に1話更新します。

*****


「あらァ、駄目よォ。おツレちゃんにはもうちゃんと相棒がいるんだからァ」


 花野先生の言葉に僕が答える前に、葛城が口を挟む。

 同じように話を聞いていた鬼一も腕組みしつつ、首を横に振った。


「俺らがお世話になってる鍼のセンセがよ、この物書きのセンセのツレでよ。あんなに強い、何でもかんでも払っちまうようなお人は珍しいんだがよ」

『そうなんですか。でもだったら、このクラゲちゃんは?』


 花野先生の視線が、僕の頭上に浮いているシェリーに向かう。

 シェリーは僕の感情に反応するから、たとえ妖怪や幽霊であっても、僕が怖いと思わなければ動かない。


 だからか、今は本当のクラゲのようにフワフワ漂っているだけだ。

 しかし、鬼一や葛城が最初にシェリーを見た時の反応や、シェリーの自体の反応で、花野先生にはシェリーに与えられた役割が解ったらしい。


「これは、しぃちゃんの師匠がそこの二人と昔色々あった人らしくて……」


 シェリーを貰った経緯を話せば、花野先生の瞳が輝いた。


『やだー! ロマン! ネタが増えた!』


 そんなネタとか探してる場合なのかと思ったけれど、言葉はぐっと飲み込む。

 その無念は、彼女自身が一番強く抱いてるはずなのに、まだ何一つ失っていない僕が口にしていい事じゃない。


 しかし、そんな僕を他所に、彼女はふよふよと漂いああでもない、こうでもないと、構想を練っているようだ。


「おみっちゃん、末那識先生を困らせるのはいけない」


 いつの間にか黒いパーカーにサングラスのスミシー氏が傍にいた。彼の気配は葛城や鬼一と比べると酷く薄い。

 眉を顰めると、スミシー氏は仄かに口角を引き上げた。


「……食事をしていないと、こうなるんです」

「そう、なんですか」


 って事は、葛城と鬼一は食事をしてるって事か?

 何となく彼らに視線を向けると、話の流れで僕の考えてることが解ったらしい。

 葛城が肩をすくめた。


「そりゃしてるわよォ。食べなきゃお腹空くじゃない」

「心配せんでも、こっちとらジジィだってのに殴りかかって来るような血の気の多い若ぇのから、それも二、三日寝込む程度にしかもらってねぇからよォ」

「そうか。その辺はSDGsとかに配慮するなら好きにしてくれ」


 僕は善人じゃないから、年寄りに殴りかかるクソガキなんてものは好きに処せばいいと思う。

 そういう意味では、スミシー氏にも同じように「死なせなきゃ好きに食事すればいいのでは?」と思っているんだけど。

 そう言えば、今度は花野先生が首を横に振った。


『そういう小僧どもの血って不味いんですって』

「不味い……というと、やっぱり処女(おとめ)の生き血じゃなきゃ駄目って事なんです?」

『じゃなくて、栄養不良とか脂肪過多とかで』

「ああ、鉄分不足とかカルシウム不足とかの方面で?」

『そう。本当に美味しくないらしくて』


 花野先生の解説に、スミシー氏が頷く。

 そして鬼一や葛城も「解る」と一言。

 いや、お前らは血じゃなくて精気なんだろう? なんで頷いてるんだ。


「精気だってきちんとした生活送って健康に過ごしてる人間の方が上手いに決まってらぁな」

「大事よォ。睡眠不足と運動不足、それから日光浴だってしてもらいたいし。健康な肉体に健全な精神が宿るっていうじゃない?」

『人間だって健やかに育てた豚さんや牛さんを有難がるじゃないですか。それと一緒かなって』


 鬼一と葛城の説明に花野先生の解説が加わる。

 解りみが深すぎて思わず頷いたけれど、一つ疑問が頭を擡げた。

 自慢じゃないが、僕は思慧に「生ける屍リビングデッド」と言われるぐらい、不健康な状態。


 その僕をなんで妖怪や悪霊の類はつけ狙うのか?

 その疑問にはスミシー氏が答えをくれた。


「おみっちゃんもそうだったんですが、味の不味さを我慢してでも食べるほどの魅力があるからです」

『私の血は美味しいって、アラン言ってたじゃん!?』

「おみっちゃんのお母さんは栄養やら色んな事を考えて、おみっちゃんにご飯を食べさせてたからね。でも時々不摂生して寝不足だったり、運動不足だったりしたろ? ああいう時は、凄く不味かったんだよ」

『マジで? それはゴメン』

「いや、今となってはそれも……」


 スミシー氏が目元を押さえた。悔しいと嗚咽を漏らすその背中を、何故か惜しまれている花野先生が「ごめんて」と擦っている。

 この二人は本当に仲が良かったんだろう。


 その姿に、葛城が目を伏せた。

 鬼一の方は、厳つい顔を更に険しくして虚空を睨む。

 そう言えば、花野先生を死なせたのは、この二人が仕留めきれなかった奴だったらしい。


「……どんな奴だったんだ?」


 ぼそっと呟けば、葛城が仄かに苦い笑みを浮かべた。


「大百足よ。それもかなり凶暴で、人の話なんか聞きゃしない」

「人間なんぞ餌としか思ってない。まあ、センセからしたら俺らも同じだろうがよ」

「いや、今はそんな風には思ってない。SDGsなんだろ?」


 鬼一の皮肉めいた言葉に、僕は首を横に振る。

 人間を餌としか思ってない奴らが、どうして花野先生の死に責任を感じるんだ。僕だってそれ位解るさ。


 ただ、こういう奴らもいるけど、やっぱりこいつらが倒し損ねた大百足のような奴もいる。

 でも人間だって同じだ。

 思慧のように強くて優しい男もいれば、老人に殴りかかる小僧どものようなのもいる。


 そして、出来る事なら僕は思慧の側(がわ)に立っていたい。

 だから、信じる。

 そう言えば、葛城と鬼一が目を細めた。


「あんがとよ」

「おツレちゃん、あんなにアタシ達を怖がってたのに……!」

「今でも怖いけど、それはそれ、これはこれだ」


 悪いヤツでも、人間に無暗に害をなすでもないのであれば、共生だって出来るだろう。

 その見本が花野先生とスミシー氏だった筈だ。そして、花野先生が死んでしまっても、その絆はこうして紡がれている。


 思えば感慨深い話だけれど、それはさておき。

 僕はもう一つ気になっていたことを聞いてみることにした。

 花野先生の命を奪った大百足の事だ。


「ソイツ、今でも野放しなのか?」

「ああ、面目ねぇがそういうことだな」

「おまけにおみっちゃんを食べちゃった事で、負わせた傷ももしかしたら大分治ってるかも知れないのよ」

「鍼のセンセのお蔭で、こっちも大分良くなったがよォ。この間は注意しなかったが、物書きのセンセ、気ぃ付けるんだぜ?」

「あの時はまだヤツの復活まで百年位かかるかと踏んでたから大丈夫だと思ってたけど、様子が変わったのよ。なるべく瀬織津先生かそのクラゲと一緒にいるのよ?」

「あ、ああ」


 与えられた情報を飲み込んで頷けば、スミシー氏がぐっと手を握りしめているのが見えた。

 彼はパートナーを奪われて、さぞ無念だろう。思いつめた様子に、こそっと花野先生が僕に耳打ちする。


『アラン、私の敵を討つって息巻いてて……。私はそりゃ無念だけど、そんな事よりアランが危ない事する方が嫌なんですけど……』

「でも、スミシー氏強いんでしょ?」

『きちんと食事してたら、です。でも、ほら、相手がいないし……』


 そう言って花野先生は僕を上目遣いに見てくる。

 困ってるんです。

 そういう態度を見せられるのは、本当に苦手だ。

 思わず頷きそうになった瞬間、店の扉が開いてウエルカムベルが鳴る。


 はっとして入口に目を向ければ、思慧がにこやかに「毎度!」と鬼一と葛城に挨拶して入って来るではないか。

 花野先生が『きゃ!?』と絹を裂く悲鳴を上げて、シェリーを盾にするようにその後ろに隠れた。


「はー、今日もよう働いたで~」

「お疲れ、しぃちゃん」

「おう、晴もお疲れさん。どないやって?」

「あ、うん。僕が引き受けることでまとまりそう」

「さよか。ほしたら俺、お前んちに引っ越すわ」

「へ?」


 にこやかな思慧に、僕はもう一度「へ?」と間抜けた鳴き声を漏らした。

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