第14話 視える男、期待される

毎日朝8時に1話更新します。

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 多くの触手が垂れ下がる傘の内側に僕を入れて、その頭上でふよふよとクラゲのシェリーが浮かぶ。

 シェリーを貰ってから、僕は思慧がいなくても夜歩きが出来るようになった。その記念にずっと見たかった古い映画のレイトショーを見に行くことにしたんだ。


 思慧はそれにぶすくれたけど、付き合ってくれるって言う。

 いや、ずっと前から思慧は付き合ってくれると言っていたけれど、帰りに正反対の僕の家まで送ってくれるというのが、物凄く申し訳ないので断っていたんだ。


 その待ち合わせが、この因縁ある喫茶店だったんだけど。

 店に入った途端、葛城と鬼一がさっと顔色を変えて、それに驚いた僕の感情に反応してシェリーが大きく触手をうねらせ口を開いた。


 シェリーはクラゲの可愛い見かけに反して、敵というのか僕に害をなそうとするものはクリオネのようにカバっと口を開いて捕食する。 ちょっと怖い。

 けど、二人は一応敵じゃないから止めると、大人しく従ってくれた。


 葛城と鬼一が顔色を変えたのは、僕から馴染みの拝み屋・安心院さんの気配を感じたからだそうな。

 この二人にとって安心院さんは、ちょっと手強い好敵手なようだ。

 それだけでなく、僕の目の前で頭を下げている人物たちの事も原因というか。


「あの、頭をあげてもらえませんかね? えぇっと……花野先生」

『末那識先生……』


 半透明なロリータファッションの女性は、いつか担当さんと話していた花野蜜先生だった。僕はSNSでちょっとかかわった事があるだけなので、本人の顔を見た事がない。でもwebで調べた彼女の顔写真と、目の前にいる女性の顔は瓜二つだ。


 彼女は少し前にお亡くなりになった筈。本物だというのならば幽霊って事になる。

 いや、浮いて透けてる時点でお察しだけど。

 じゃあ、浮いている彼女を抱えるようにして座る、黒ずくめの男は誰なんだ?


 胡乱な視線を向けると花野先生(自称)が、彼にフードとサングラスを取るように言った。

 それに従って男はサングラスとフードを外す。すると金の髪に、碧眼の白皙の美貌が露わになった。

 目が痛いし、明らかに日本人じゃないな。


 そう思っていると、店の照明がオレンジに暗く落とされた。

 そんな中でも彼の鮮やかな碧眼は見事で、それだけに爬虫類のような瞳孔に息を呑む。

 男が、形の良い唇を動かした。


「お気付きでしょうが、私は人間ではなくて……その……吸血鬼なんです」

「……一応聞いておきますけど、ヘマトフィリアとかヴァンパイアフィリアとかではなくて?」

「生まれはフランス革命のちょっと前で、第二次世界大戦以前に日本にやって来ました」

「目立ったのでは?」

「はい。しかし、魔力でその辺りの人間の認知は歪められましたし、何より夜にしか行動しなかったので……。妖怪伝説のある御山や禁足地にいれば、なんとか」


 およそ西洋人といった感じの姿形から、流暢な、それも訛りの無い日本語が零れる。

 なるほど、妖怪もグローバル社会になったもんだ。

 アイスティーを飲みながらそんな事を考えていると、花野先生(自称)が僕のとなりにふよふよとやってくる。


『彼とは子どもの頃からの付き合いでね』


 花野先生(自称)が言うには、彼はアラン・スミシーというのだそうな。

 当然、偽名。

 だってアラン・スミシーというのは映画用語かなんかで「名無しの権兵衛」を表す符牒だ。


 でもそこに突っ込むと話が進まないので無視。

 彼が潜んでいたお山に遠足に行った子どもの花野先生が、その御山で迷子になり、助けてくれたのがスミシー氏だった。


『私、元々霊感があって彼の認識を歪める術が効かなかったの』

「私もあまり食事をしていなかったので、かなり弱っていたんです」

『それでね、私、彼に血をあげたの』

「は!?」


 あまりの言葉に、一瞬目が点になる。

 しかし花野先生(自称)からは『困ってる人に血をあげるのと献血するのって、そんなに違いがあるものかな?』と逆に首を傾げられた。


「うん? いや、え? どうだろう?」

『お腹が鳴ったのよ。ひもじいって哀しいでしょ? だから指先ちょっと傷つけて、「私の血をお飲みよ」って』

「いや、アンパンマンか!?」

『メロンパンナちゃんよ!』

「……あの、おみっちゃん話が進まない」

『おう、めんごめんご』


 思わず突っ込んで、そのせいでスミシー氏に突っ込み返されてしまったが、それは本題じゃない。

 虚無顔をすると、外野で鬼一と葛城が「おツレちゃんの突っ込み力」とか「漫才か!?」とか喋ってるのを丸っと無視して、話が続く。


 結論を言えば花野先生(自称)の血は、霊力が高く健康な人のそれだったので、瞬く間にスミシー氏の渇きを癒した。

 その対価に、スミシー氏は花野先生(自称)の用心棒件語り部になったのだという。


「語り部?」

「はい。私は長く生きているし、人ならざるモノ。歴史の裏側も知っているし、人ならざるモノ達の話も知っている。それをおみっちゃんにずっと聞かせて……」

『楽しかったわ。私の小説のネタの土台は彼の話や体験で出来てるの』

「おお、そうだったんですね……」

「あくまでネタだけ。文章やストーリー構成は全ておみっちゃんの力と才能だった」

『そうね。でもアランがいなかったら書けなかった』


 にこっと晴れやかに言うんだから、それが花野先生(自称)の真実なんだろう。

 とにかく、二人は上手くやって来た。けれど、それはある日突然断ち切られてしまった。

 原因は……。


『この街に、良くないのが来てたんですってね。それらしいの』

「え? でもスミシー氏が用心棒してたのでは?」

『それがね、運悪くその時喧嘩しちゃってて。私がアランを撒いて夜道を歩いてたら、ばったり。なんか黒い影に覆われたなって思ったら、死んでたわ』


 あっさりと告げる花野先生とは反対に、スミシー氏は身体を震わせた。その内嗚咽しだした彼の背を、傍に寄り添った花野先生(自称)が擦る

 彼女の目には後悔よりも、自分のために泣くスミシー氏への慈しみがあった。

「なぜ?」と聞けば、彼女が困ったように笑う。


『だって人間いつかは死ぬじゃん。アランより先に逝くのは決まってたし。でも未練はあるのよ。だからこうなってる訳で』

「未練?」

『うん。アランにご飯……血をあげてくれる人を探さないとだし、それに私の書きかけの小説』


『アレを完結させたい』と、きゅっと唇を噛む花野先生(自称)に、僕はハッとする。

 始めたからには書き終わらせて、世の中に送り出すのが作者の務め。

 それは僕と彼女がSNSで話したきっかけにして、共通認識だったからだ。


 気持ちはよく分かる。しかし……。

 不可能なそれに目を伏せる。

『それでね』と花野先生(自称)の言葉が頭上に降った。


『物は相談なんだけど、末那識先生、代筆してもらえませんか?』

「え?」

『口述筆記っていうか? 私が物語の文章、全部喋るんでポチポチしてもらえません?』

「いや、なんで?」

『だって末那識先生、私の声聞こえてるじゃないですか。もう原稿は3分の2書けてるんで、後の3分の1書いてもらえれば! 原稿料は3分の2が末那識先生でいいんで! お願い!』

「いや、いやいや、いやいやいやいや!? なんで!?」

「私からも、お願いします!」


 がばっと頭を下げた花野先生(自称)と同じく、スミシー氏も頭を下げる。

 その様子を見ていた葛城や鬼一も何故か頭を下げて、まさしくカオスだ。

 というか、スミシー氏が頭を下げるのは理解も出来るが、葛城や鬼一までなんだ?

 二人をじっと見ていると、罰の悪そうな顔で鬼一が口を開いた。


「その嬢ちゃんを殺した奴な。俺らが殺りあったヤツなんだ。嬢ちゃんの遺体に残ってた妖気が、ヤツのものだったんだよ」

「堅気の人達に迷惑をかけるつもりなんて、本当になかったのよォ。でも、私達が取り逃がしたせいで、この子死んじゃった訳だし……」


 責任を感じての事、か。

 だけど、こいつらの尻拭いを僕がやる理由って何だよ?

 いや、でも、物書きとして花野先生(自称)の未練も理解はできるんだ……。


 クソ。

 眉間にしわが寄る。思慧に往診の時に解してもらわないと。

 大きなため息と共に、口から勝手に言葉が零れた。


「まず、貴方が花野先生だという確証が欲しい。そしてその書きかけの小説が見たい。話はそれからだ」

『オッケー!』


 花野先生(自称)は、サムズアップして満面の笑みを浮かべた。

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