第13話 視える男、もらう

毎日朝8時に1話更新します。

*****


 僕の呟きが聞こえたのか、安心院さんはにこやかに「思慧ちゃん!」と、本人を呼ばわる。

 遠くの方から「何ですー?」と聞こえたかと思うと、パタパタと思慧が麦茶とグラスを持ってやって来た。

「走っちゃ駄目よ」と安心院さんは注意するけど、相変わらず朗らかで。


「あのね、思慧ちゃん。私、晴くんにお守り作ってあげようと思うんだけど。思慧ちゃん手伝ってちょうだい」

「え? ああ、はい」


 軽く頷くと、思慧が僕の近くに腰を下ろす。

 反対に安心院さんが立ち上がり、戸棚から筆と墨壷と半紙を取り出すと、近くの机にそれらを持って行って、何やらすらすらと書きつける。


 何が行われているかよく解らない。

 ぼんやりしていると安心院さんが「思慧ちゃん、出番」と思慧を呼んだ。思慧は立ち上がると安心院さんの側にいき、その半紙を受け取った。


「いつものように」

「ほいほい」


 軽い調子の思慧は、未だ墨の乾かない半紙を捧げ持って跪座の姿勢になる。安心院さんはその思慧の姿を見て、部屋の奥に行ってしまった。


「しぃちゃん、何をしてるんだ?」

「うーん、お守り作り? 俺の力をちょっと分けてお守りにするんやて」

「……なんか、オカルトだな」

「オカルトて……。まあ、ほら、師匠は神社の関係者やし、略式のお守り作りみたいなもんや。効けばええんちゃう?」

「それはそうだけど」


 僕は見える方だけど、宗教には懐疑的なんだ。

 神様は何もしちゃくれない。助けを請うて救われるなら、僕は悪霊や妖怪に追い回されたりしない筈だ。お賽銭だって子どもの頃はケチっちゃいなかったし。

 でもどんなに祈ったって、助けを求めても、見える事だけは変わらず。そりゃ神様とか宗教に懐疑的にもなるさ。


「当たるも八卦当たらぬも八卦よ、晴くん」


 ひたりと足音もさせずに安心院さんが戻って来た。手には神楽鈴。

 半紙を捧げ持った思慧の前でしゃなりしゃなりと、安心院さんは鈴を鳴らす。すると思慧を取り巻く黄金の輝きが、半紙に少しずつ宿る。


 そして思慧の纏っていた光が徐々に丸くなると、フワフワと半紙の上で大きくなっていった。その大きさは最初水風船位から、人の頭くらいの大きさになり、やがてマンホールくらいになる。

 唖然としつつ見ていると、更にその球体が波打ち始めて、今度は半球型へと変わった。それからもプルプル揺れると、半球の平に見えるほうからにゅっと紐のようなものが何本も出てくる。


 その紐のようなものは、よく見れば中心はひらひらと太めのリボン状で、周りから生えるのは細いリボンという感じで。

 フヨフヨと宙を泳ぐ姿は、まるで海を泳ぐクラゲのようだ。

 呆気に取られている僕を他所に、安心院さんの鈴が終わる。


「さて、終わった。晴くん、何が見えてます?」

「え、あ、えぇっと……クラゲ?」

「なるほど。人畜無害の癒し系なのに実際は毒がある……。中々に本質を捉えてるのねぇ」


 笑う安心院さんに、思慧が「お師さん!?」と焦ったように声をかける。

 思慧にも何か見えているのだろうか?

 聞いてみると「見えん」と少し拗ねたように返される。そんな思慧に、益々安心院さんの笑みが深まった。


「その子、思慧ちゃんの力を使って作ったお守りよ。晴くんの感情に連動して、悪いモノを追っ払ってくれるわ。力は強いけれど三日に一回くらいは、思慧ちゃんから力を補充してもらってね?」

「え? どうやって……?」


 理解が追い付かないけれど、そのクラゲはふよふよと思慧の側に寄って行く。そしてひらひらする足なのか、触手なのか、その紐を思慧の身体にゆっくり巻き付けた。

 すると思慧の身体を取り巻く光が、その紐を通ってクラゲに流れる。


 じっと見ていると、満足したのか、クラゲは思慧を放してフヨフヨと僕の方にやって来た。

 どうするんだろう?

 目で追っていると、クラゲは触手の一部を僕の腕に絡め、頭上にふわりと浮かんだ。


「晴? なに見えてんの?」

「デカいクラゲ。透明なのに傘の部分が紫だったり青だったりネオンカラーっぽく光るし、足も光ってる」

「マジか。派手やな」

「でも、クラゲって癒し効果あるし」


 見ているとたしかに心が休まる。

 けれど思慧に見えないって事は、世の中の大半の人には見えないという事でもあろのだ。

 あまり見ていると虚空を見てぼけっとしている不審者に見えるだろう。

 外では気を付けないと。


「さて、仕上げをするから。思慧ちゃん、いつもの場所からお守り袋だして?」

「はいはい」

「返事は一回だけでいいのよ」

「はーい」


 思慧が捧げ持っていた半紙を安心院さんに渡して立ち上がる。

 そして部屋の隅のキャビネットから、神社のお守りに使われている布の入れ物を取り出すと、とてとてと安心院さんに手渡した。


 受け取った安心院さんは、半紙を小さく落ち畳むとお守り袋の中に入れてしまう。

 お守り袋は紺地に金の青海波。

 それを安心院さんが僕へと差し出す。


「はい。持っていると、この子が悪いモノを退けてくれるから。思慧ちゃんがいない時は頼りになるわ。居る時は多分出てこない」

「は、え、えぇっと?」

「お近づきの印に、商売繁盛のご祈祷代わりにね」




 笑顔の安心院さんはそれ以上、お守りに関しては何も教えてくれなかった。

 ただ思慧の「力」から作ったものだから悪いモノじゃないとは言ってたけど。

 そこから後は、安心院さんが鍼灸師として遭遇した不思議な話を利かせてくれて。


 例えば宮大工さんはお社やお寺の工事に入るせいか、妙な怪我の仕方をすることがある、とか。

 棟上げ式をきちんとやったとしても、己の領域に手出しされることを良いと感じない時は、結構な確率で小さな事故が起こるそうだ。


 そして、それが原因でおった怪我は、触れると「なんか妙」という感触を、鍼灸師の手に齎すという。

 その話に思慧が首を捻る。


「そういや、鬼一さんもなんや妙な脈の触れ方しとったな。ちょっと人間離れしとるっていうか」

「!?」


 ごふっと咽る。

 しかし安心院さんはしれっと「あの人もそれ関係だからかしらね?」と返した。



「うん? そうなん?」

「そうよ。その親戚の葛城さんも、引退したけどそうだったの」

「へぇ。人間離れしとる言うたら、晴の身体も大概やけどな」

「あらら。晴くん、まだ若いんだからきちんとメンテナンスしないと」

「晴のメンテナンスは俺がするから大丈夫やで」


「な?」とにぱっと笑顔の思慧に言われていまえば、僕は頷くしかない。

 本当に頼りにしてるし、寄りかかるのは申し訳ないけど。

 そんな僕を見て、思慧はバシバシと軽く背中を叩いて来た。


「俺、経絡覚える時に晴の身体にラクガキさせてもろてん。それで試験はばっちりやってんけど、実際免許とってコイツの身体に針刺したら教本と全然違う反応するからマジびびったわ」

「え? そうなのか……?」

「うん。なんかちょっと色々違って。で、昔の文献とか漁って色々勉強したからな。今はどんな人来ても、それなりに対応できる自信はあんで?」

「そうねぇ。だから私も思慧ちゃんに鬼一さん達を紹介できたんだけど」


 こんな僕でも思慧の役に立っているならいいや。

 その後も色々と教えてもらって、僕のネタ帳には話の種が沢山増えた。

 これなら「あやかしもの」もかけるかもしれない。


 その日は夕暮れの最終バスが来る直前まで、安心院さんの経験談など沢山聞かせてもらって、とても充実した時間を過ごせたのだった。

 それから、三日ほどして。


「おツレちゃん、何とかならないかしらァ?」

「この通りだセンセ、どうか助けてやってくれよ!」


 件の喫茶店で、僕は葛城と鬼一から頭を下げられた。

 それだけじゃない。

 気弱そうな雰囲気の、頭から黒いフードをすっぽり被ったサングラスの男と、透けてフヨフヨ浮いているロリータファッションに身を包んだ妙齢の女性に「この通り」と頭を下げられている。

 カオス!

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