第12話 視える男、不貞腐れる

毎日朝8時に1話更新します。

*****


 ころころと本当におかしそうに安心院さんは笑った。

 僕が奴らの正体を知った経緯を話したんだけど。

 眦に浮かんだ涙を指先で拭うと、笑いをこらえて「災難だったわねぇ」と言う。

 でもやっぱり堪え切れずにまた笑いつつ、僕に「ごめんなさいね」と安心院さんは詫びた。


「どんなに友好的でも妖怪とか怪異と言われる存在だと解ったら、思慧ちゃんは絶対に戸惑わずにあの二人を消滅させると思ったの。だから晴くんにバレないように接触しない方向でって言う意味で言ったんだけど、ちゃんと伝わらなかったのね。あの二人には後で電話して、きちんともう一度いって聞かせるから、安心してちょうだい」

「一応、あの二人の『人間に手出ししない』っていうのは信じますけど……」

「怖いのはたしかよね。分かりました、その辺もお説教する」


 受けおってもらったから、少し安心した。

 けれど、ほんの少し疑問が沸く。

 思慧は少なくとも妖怪に悪さをされて事が無い筈で、お客さんには親身になる方だ。


 あの二人が客として節度を保って通うのであれば、殺すような事にはならないだろう。

 それなのにどうして思慧が彼らを容赦なく消すんだろか?

 口にすれば「そりゃそうよ」と安心院さんは静かに言った。


「だって、妖怪よりも何よりも晴くんの方が思慧ちゃんには大事だもの。晴くんに少しでも怖い思いをさせるなら、それは思慧ちゃんにとって憎い訳でなくても敵。消滅させる理由は……そうね、妖怪だからで十分よ」

「いや、そんな……。僕は害を与えられなきゃどうでもいいし……」


 嫌いだけど。

 でもそれを言うなら僕は人間も嫌いだ。

 妖怪も人間も僕に構わないでいてくれたらどうだっていい。


 思慧は親切なんだ。こんなどうしようもない僕に、何くれと構ってくれる。

 そんな親切な男が、怪我を負って困ってる妖怪でもなんでも、僕がただ怖いと思うからって害することなんてある筈がない。


 寧ろ「今困ってるから、勘弁してやってくれ」って言いそうだし、僕は害がなければそれを飲むだろう。

 けれども安心院さんは僕の言葉に静かに首を横に振った。


「たとえ困っていても見ず知らずの妖怪の『害をなさない』なんて言葉より、思慧ちゃんにとって晴くんの『怖い』の方が重いし、貴方が仮令『ちょっとくらいなら我慢する』と言っても、貴方が『我慢する』状況がもう思慧ちゃんの気に障るの」

「気に障るって……」


 そう言われても、我慢なんて子どもの頃からずっとだ。

 大概の人は怪異も悪いモノも見えやしないし、話した所で解決なんかしない。思慧は僕のために動いてくれるけど、四六時中一緒にいる訳にはいかない。


 思慧には思慧の人生がある。

 僕が黙って我慢してれば四方八方丸く収まるなら、それで良いじゃないか。

 思慧だって振り回さなくていいなら、それに越したことはない。



「僕は我慢は得意なので……。あの二人には恨みもないし」

「そういうところを思慧ちゃんは心配してるんじゃないかしら」

「?」

「貴方、放っておいたら我慢しすぎて消えてしまいそうだもの。ふらっと此の岸から彼の岸に渡ってしまいそう」

「いや、生きてる限りは自分で渡ったりはしませんけども……」


 今のところ、長生きしたい理由はないけど積極的に死にたい理由もないし。

 そんな事を口に出しはしないけれど、安心院さんは困ったように眉を落とした。


「貴方、思慧ちゃんのことを親切と言うけれど、そうさせるのは貴方なのよ?」

「え?」

「貴方昔、いじめにあう思慧ちゃんを助けたんでしょう?」

「ああ、はい。幼稚園の頃。僕はしぃちゃんがいじめられてるなんて知らなかっただけで……。知らなくてやった事なんか、助けたことに入らない」


 本人にも同じことを言ってる。

 知らなくてやった事なんか、恩に着る必要なんかないんだ。

 誰が相手だろうと多分僕は同じように話したろうし。


 そこに特別なことなど何一つないんだから、思慧はそんな事をいつまでも引きずる事なんてないんだ。

 それなのに、アイツはまだそこにこだわってるのか。

 それで貧乏くじを引かされて、僕なんかの安否確認やら請け負わされるなんて。


 思慧ならいくらでも仲良くなりたいって思ってたやつはいたろうに、その全てを遠ざけて僕を助けてくれる。

 助けられてるのはいつだって僕の方で、思慧はその人生の貴重なリソースを僕みたいなクズに費やしてしまってるんだ。


 僕はいたたまれなくなって、きゅっと自分の手を抓る。

 癖だ。

 どうしようもなく生きてることが恥ずかしくなった時、いつもこうしてやり過ごす。

 それに気づいた安心院さんが、僕にもう一度首を横に振って見せた。


「小学校の時にも、同じことがあったのよね? 思慧ちゃんから聞いてる」

「小学校?」

「ええ。訛りを理由にあの子を仲間外れにしようとした子たちがいたそうね?」


 言われてたしかにそんな事があったのを思い出す。

 子どもって奴は置き換えが下手くそなんだ。

 人生における経験が少ないから、自分がされたことがない事は慮れない。


 小学校低学年なんか最たるもので、あの頃クラスの数名が思慧の訛りを揶揄って遊んでいた。

 それに対して思慧が冷めた反応しか返さないものだから、馬鹿にされたとでも思ったんだろう。

 奴らはクラス全員を巻き込んで、思慧を無視し始めたのだ。


 最初こそ従わなかった連中も、思慧を無視しなかったら「お前も無視する」なんて言われて怖くなったのか段々と思慧に対する無視はエスカレートしていった。

 僕にも勿論思慧を無視しろって言ってきたけど、僕は断った。


「『君らには想像力がないのか?』ですってね」


 安心院さんの声にはっとする。

 僕はいじめを持ちかけて来た奴らに、そう告げた。

 だって何もしていないのに日々追い掛け回され、攻撃されて、気持ちが休まらない苦しさを想像したら、どうして無視したり小突いたり、そんな事をしようとしようと思える?


 彼らは知らないだけなのだ。

 嫌われるという事がどれ程苦しくて怖い事なのかを。

 本当のことを言っても信じてもらえないだけでなく、見えない奴らからの攻撃も無視されて助けてもらえない。それがどれ程恐ろしくて悲しい、辛い事なのかを。


「『自分がそんな事をされたらって想像してみろ。苦しくて辛いし悲しいんだ。想像力があったら、そんなことできない。なんでそんな事も解らないんだ』って。貴方小さい頃から賢かったんだって、思慧ちゃんがいっつも自慢するのよ」


 そう告げた僕はめでたく翌日から思慧の代わりにいじめられるようになったけど。

 あんなものには教師は役立たずで、僕がいじめから解放されたのはエスカレートしすぎて僕が右手骨折っていう大怪我をしたからだ。

 そこまでやる気はなかったんだろうな、と思ってる。


 因みに僕をいじめて階段から突き飛ばして怪我をさせた主犯の子どもは、そのすぐあと慰謝料云々を支払って転校していった。

 取り巻きも事件の事が学校中に広がったせいで、新たないじめの対象になったらしい。


 正義感ぶって僕をいじめた連中をいじめるクラスメートにドン引きして、益々人間不信に拍車がかかったのが後遺症と言えばそうだ。

 けど、そんなことはどうでも良くて。


「……え? いや、なんでしぃちゃんがそれを知ってるんですか?」


 絶句する。

 その時思慧は、その現場に居なかった……筈だ。

 だって奴ら、思慧がいないのを見計らって僕を呼び出したんだしな。


 何で? why? why Japanese people?

 じゃない、なんでだ?

 危うく某芸人さんのギャグまで引っ張り出すほど、僕は混乱していた。


「貴方と一緒に帰ろうと思って探してたら、貴方をいじめっ子連中が連れて行くのを見たんですって。で、隠れて付いて行ったら、その言葉を聞いちゃったそうね。恥ずかしがってたわ。一瞬でも貴方が自分をいじめる側に加担するんじゃないかって思った事を」

「や、それはしかたないです。しぃちゃんは悪くない。僕怖がりだし、小心だし、そんな姿見てたら誰だってそう思う。うん」


 そんな事で僕がお前に怒ると思ったのか。

 僕は少し不貞腐れた。

 なんだ、気にしぃめ。

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