第11話 視える男、絶句する

毎日朝8時に1話更新します。

*****


 湯呑に何故か紅茶が入っている。

 いや、僕と安心院さんはちゃんとティーカップなのに、思慧はどうしてか湯呑に紅茶をいれたらしい。

「昔から大雑把なんだから」と安心院さんは笑ってるけど、それでいい……のか?


「俺はお茶は飲めたらええ派やし」

「これだものねぇ」


 安心院さんはおっとりと、思慧のいれた紅茶に口を付けた。

 僕は猫舌なのでゆっくりと。テーブルには持って来た焼き菓子が、綺麗な木の菓子入れに入れられている。

 思慧は早速その菓子入れから、小さなバームクーヘンの入った小袋を取り出して、ビニールの包装を破いた。


「ほんで、どないて?」

「どないって、その……」


 お前の店に千年生きてる狐と天狗が通ってる、とは言えない。

 それで安心院さんに視線で助けを求めると、ころころと彼女が笑った。


「せっかちねぇ。まだ自己紹介をしたところよ。思慧ちゃんの大事なお友達の『晴』くん、でしょう?」

「うん、そう。晴人やで」

「お話は聞いてるから初対面とは思えないけど、晴くんはそうじゃないものね」

「うん? そう? 晴、なんか緊張してる?」

「そ、それは、うん。その、僕は人見知りが激しくて……」


 正確に言うと他人の視線が怖くて、きちんと目線を合わせられないだけの話なんだけど。

「シャイなのね」と安心院さんは流してくれる。

 思慧がむぐむぐと口を動かした。


「大丈夫やって。お師匠さんは晴と同じで視える人やし、それが無くてもお行儀ようしてたら、怒らへんし」

「まあまあ。思慧ちゃんがお行儀悪くても怒った事はないけれど?」

「叱られた事は仰山あんで?」

「襖を足で開ける子なんて、初めて見たもの」


 なるほど、神社の家の人は流石にそんな不調法な事はしないらしい。

 その雰囲気からして安心院さんは、所謂「良い所のお嬢さん」なんだろう。

 けれど、それが何で思慧と?

 ぴこっと頭をもたげた疑問は、そのまま口をするっと抜け出た。


「あの、不躾かもしれませんが……しぃ、いえ、瀬織津君とはどういう経緯で、その……」


 出会ったのか。

 そう聞きたかったんだけど、思慧と安心院さんが顔を見合わせて、少しだけ意味ありげな顔をする。

 何だろうなと思う間もなく、思慧が口を開く。


「昔この御山にオカンに置き去りにされて、迷子になってるとこを拾てもろてん。小学校の卒業前くらいかな?」

「そうなの。あの時はびっくりした。男の子が一人、暗い山道を歩いているんだから」


 二人とも朗らかに言うけども、それってかなりの重大事なんでは?

 驚いた僕は咄嗟に「え? なんで?」と呟いた。

 大体そんな置き去り事件があったなんて、僕は知らない。


 思慧とは小学校も同じだったんだから、そんな事があったら僕が知らない筈がないからだ。

 動揺する僕に、思慧が考えるような素振りを見せる。

 それから頭をワシワシ掻くと「あの頃は……」と前置きして。


「晴が車に撥ねられて、入院しとった頃や。晴が意識不明の時らへん」

「は!? マジか!? え? でも、意識が戻った時にしぃちゃん傍にいたじゃないか?」

「あれはお師匠さんに助けてもろた後やがな。事故って大変やった時に、そんな重たい話しても……って」


 眉を八の字に落として、思慧は苦く笑う。

 そう言えば僕は小学校卒業前に車に轢かれて、一昼夜ほど意識不明の重体だったらしい。原因は例によって悪いモノ。


 良くない霊や負の思念がとり憑いていた車が、僕目掛けて突っ込んで来たんだ。

 そう言えばあの日、思慧は学校を休んでいたはず……。

 僕の脳内で過去と今の言葉が一つの線としてつながった。


「じゃあ、あの日しぃちゃんが学校にいなかったのって……」

「おう。オノレの浮気でラリって、浮気相手と再婚する言うて離婚した癖に、あっちの男にゃそんな気はいっこものぅて捨てられよってな。何回もオトンに復縁したい言うて迫ったらしいわ。ンでオトンからも相手にされんかったよって、俺に『お母ちゃんに戻って来てほしい』言うてくれってな」

「学校行く前のしぃちゃんを捕まえたのか?」

「迷惑な話やで。『死にさらせ、クソボケカス!』言うて大喧嘩やがな。したら、この御山に俺を置いて、自分だけ車に乗ってさっさと消えよってな。ほんま腹立つ」

「良く、無事で……」

「うん? まあ、それは……」


 口ごもる思慧に、安心院さんが穏やかに言葉を引き継ぐ。


「私、お山に山菜を採りに入ってたの。そこでね、小さい男の子をみつけたのよ」

「なるほど……」


 思慧を見つけた安心院さんは、自宅に連れて帰って事情を訊いたらしい。

 それで思慧の親父さんに連絡したけれど、一向に繋がらなくて最後の手段で僕の家に電話を掛けたとか。

 そしうたら僕の家では僕が跳ねられててんやわんやだった……と。


「晴の親父さんが迎えに来てくれたんやけど『申し訳ないけど、思慧君。晴のとこに荷物とか届けに行っていいかな?』言うて、俺もお前のおる病院に連れてってもろたんや。息子が事故に遭って意識不明やのに……。俺、晴の親父さんとお袋さんには頭よう上がらんわ」

「え? ああ、そうか? いや、あの人達いつも困ってる人は助けろって僕に言うし。その延長上だろ? 気にすることない」

「そう言えんのは、お前も我が事より他人を助ける人間やからや」


 そうだろうか?

 僕は困ってる人は助けなさいと言われて育ってきたから、そんなもんだと思っただけなんだけどな。


 つまり、意識が戻って思慧が傍にいたのは、父が思慧を迎えに行ってから僕の病院に来たからだったわけだ。

 なるほど、それは知らない筈だ。


 因みに僕はその事故で打ち所が悪かったせいで意識不明にまでなった癖に、脳出血とか大怪我を負ったという事もないし、打ち身と捻挫くらいで特に重篤な事は何もなかったり。


 あと、思慧の母親はその事件で安心院さんが手を貸して、二度と思慧の前には現れないようにしたそうな。

 思慧の父親にしても、高校を出てから全く会っていないとか。まあ、うん。


 何となく口に苦いものを感じて紅茶を啜る。

 適度な温度のそれを飲み干すと、丁度安心院さんも飲み終えたようで、思慧がすっと立ち上がった。


 カップを片付けるんだろう。

 手伝いを申し出ると「肝心な話聞けてないやろ?」と、ここに来た目的を思い出さされた。


「思慧ちゃん、麦茶もってきて? お話すると喉が渇くから」

「はいはい」


 後ろ手を振って、思慧はキッチンに消えていく。

 僕はこの隙にと居住まいを正す。安心院さんがこてんと首を傾げた。


「あの二人、生きてるのよねぇ?」

「は、はい? 生きてるって、怪我を治させるためにしぃちゃんを紹介したんですよね?」

「ええ。でも、貴方に正体を知られたら殺されちゃうって忠告したのに」


 事も無げにいう安心院さんに、僕の方がドキッとする。


「え? いや、なんで僕に知られたらって……?」

「誓約で人間には反撃できないように縛ったし、貴方も知ってるように思慧ちゃんはとても強い。存在するだけで悪いモノを消滅させられる子が、明確な殺意を持って気脈を弄れば、如何な千年越えの妖怪でも太刀打ちなんて出来ないものよぅ」


 たしかに思慧は強い。

 思慧の治療院に鬼一がいた時、声を掛けられて恐怖は感じたものの、圧力は狐のいるカフェで駆けられた時より遥かに感じなかった。

 それはあそこが思慧の明確な縄張りだったからだろう。


 それほどに思慧の力は強力なんだ。

 だけどそれと僕が何でつながるのか?

「全然分かりません」と僕の顔に書いてあったのか、安心院さんが笑う。


「そりゃあ、思慧ちゃんが貴方に害なすものとしてロックオンしたら、あの二人だってただじゃすまないもの」

「うん? え? つまりあの二人が身バレしたらやばいのって、思慧じゃなくて僕ですか?」

「ええ。『思慧ちゃんの側には視える人がいるみたいだから、身バレしちゃだめよ?』って」


 なんてこった。

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