第9話 視える男、ネタを掴む

毎日朝8時に1話更新します。

*****


 存在がファンタジーでフィクションな奴らから「ファンタジー知ってるか?」とか「フィクションてご存じ?」とか言われるなんて。


「なんという屈辱……!?」

「どないしてん?」


 ソファーに崩れ落ちた僕に、元気に「まいど!」と現れた思慧が胡乱な目を向ける。

 僕が受けた屈辱を話したいけども、それを話すと奴らとの約束を破ることになるから言えない。

 代りに思慧にお冷とおしぼりを持って来た葛城が答えた。


「おツレちゃん、お馴染みの担当さんに『あやかしもの』で『飯テロ』書いてほしいって言われてたわァ」

「へぇ……あやかしって妖怪か? んで、飯テロ? お前、食いモンに興味ないのに……」

「『興味がないから書けませんていうのは、作家としていかなものか……』ですって」

「お前……わざわざ苦労を自分でしにいくやなんて……」


 思慧の呆れに労りの混じった複雑な声に、僕はソファーに預けていた身体を起こす。

 とりあえず葛城に「ここでの話は無暗に話さないくれ」とだけ釘を刺す。

 何処の誰の目や耳があるか解らないし、僕には作品の事を外に漏らさない義務がある。

 告げれば、葛城が「了解」とひらりと手を振った。

 それを横目に、思慧が「それにしても」と腕を組んだ。


「お化け屋敷に連れ出したり、かと思ったら『あやかしもの』て……。担当さん無茶振りが過ぎへんか?」

「あ、それと今回の人は別会社。今度のは僕のエッセイの方の……」

「へ? 何人も担当さんがおんの?」

「そりゃ会社が違えば違うよ」


 苦笑いで言えば、思慧は今気が付いたかのように「そうか」と呟く。

 というか、思慧は僕の本を読んでたろうか?

 待合室の暇つぶし用に何冊か渡した記憶はあるけれど。

 そんな事を思い出していたのが伝わったのか、思慧がジト目で僕を見た。


「エッセイは読んでるで」

「エッセイは?」

「ホラーは興味ないねん」


 言い切った思慧に、ごふっと近くで大人しくお茶を飲んでいた鬼一が咽た。


「お、おい。センセ、そりゃ薄情ってもんじゃねぇかい?」

「そうかて……興味ない俺が買うより、興味ある人の手に渡って大事に読まれる方がええんやないです? なあ、晴?」

「まぁね。読まないよりは読まれた方が良い。だから暇つぶし用に待合に置かせてもらってるんだろう?」

「ああ、読んだ後『続き読みたくなって買いました!』いう御客さんもおんで?」

「それは嬉しいな。ありがたやってやつだ」


 鬼一と葛城が僕と思慧を見比べて、奇妙な顔をする。

 僕達は互いに自分のペースを乱さない。仮令(たとえ)友人がハマったものでも、自分がハマらなかったら押し付けない。


 思慧はホラーにはとんと興味がないから、僕の本だったとしても読まない。

 興味が湧けば僕の家にある「奇書大全」とか言う古今東西の「奇書」……レヒニッツ写本やヴォイニッチ手稿など世界の奇書を紹介した分厚い本を、徹夜して読むほどだ。


 だから思慧が僕の本を読もうが読むまいが、それは思慧の嗜好の問題で、僕の書く文章が拙いとかそういうことじゃないから、気にすることじゃない。

 どっちか言えばエッセイを読んでることの方が驚きだ。

「僕のエッセイ、しぃちゃん読んでるんだ?」と、素直に驚いたことを伝えると思慧は口の端を上げる。


「エッセイはお客さんと話すネタになるねん」

「ああ、そういう……」

「せやで。……ああでも、そやったら一個くらい晴に還元せんとあかんかな?」

「うん?」

「いや、あやかしものいうたら、俺ら鍼灸師は割とそういうのに遭遇しやすいんやて」


「ぐふっ」と、鬼一が再びコーヒーを喉に詰まらせた。それだけじゃなく、カウンターの方からも皿を引っ繰り返したような音が聞こえる。

 僕もちょっと驚いた。今まで思慧からそんな話は聞かなかったから。

「どういうこと?」と聞いて、随分と氷の解けた紅茶を口に含む。茶葉の香りも味も、かなり薄い。


「いや、単純に東洋医学って医術がまだ呪術に分類されてるころからあったから、その思想とかが治療の根幹思想として組み込まれてたりすんねん。その繋がりか、わりと妙な事に気が付いたり、感じたりする人が多いらしい」

「らしいって、しぃちゃんは?」

「俺のことは晴知ってるやん。そう言うのはなんも解らんて。師匠にも俺は『蹴散らせるけど、それだけ』言われてるし」


 ケタケタと笑う思慧に、そっと伺えば鬼一と葛城がほっとしたような顔をしていた。

 そりゃそうか、この二人は身バレしたら死ぬらしいし。

 それよりも、一つ気になることが出来た。


「師匠に言われたって……?」

「あ? 言ってへんかったか? 師匠も晴と同じで、視える人や」

「いや、初耳」

「そうか? まあ、俺は師匠に出会う前に晴と出会(でお)てたから、そんなモンが視える人もおるいうんが解ってたさかい。師匠にもどんな風に視えるのか聞いた時に、俺は蹴散らすしか出来ん言われた」


 なるほどと、納得する。

 僕は思慧には何が視えてるかを話すことがあった。それは僕の余人には原因不明に見える体調不良を、思慧が治してくれるから。


 小さい頃から何度も話しているから、思慧は僕の話を口を挟まず聞いてくれていた。

 それが本心から疑わずのものか、僕に合わせて信じている振りをしてくれてるのか、僕には解らない。

 でも、そうか。思慧は思慧なりに僕の世界を理解しようとしてくれていたのか。


 嬉しいけれど、同時に羞恥に襲われる。

 思慧は僕の話をきちんと受け止めて、僕の世界を視れないまでも知ろうとしてくれていた。なのに僕ときたら、本心から信じてくれてはいないんだろうなんて見切りをつけていたんだから。信じていないのはどちらだって話だよ。


 僕は思慧を侮ってた訳だ。

 恥かしさに胸を焼かれて内心でのた打ち回る。

 そんな僕の内面の事などお構いなしに、思慧がいい事を思いついたとポンと手を打った。


「次の日曜、お師匠さんに呼ばれてんね。晴も行こ!」

「え、や、なんで……?」

「俺のお師匠さんやったら、鍼灸師のその手の話仰山知ってるはずやし。『あやかし』の話のヒントになるやしらんで?」

「それは……でも……」

「それにお師匠さんとこ実家神社やさかい、商売繁盛のお祓いしてもらったらええやん」

「それ、お祓いじゃなくてご祈祷……」

「そうとも言う」


 言い間違いの訂正に胸を張る思慧に、横で微妙の顔の鬼一が「そうとしか言わねぇやな」と呆れたように呻く。

 思い出したけれど、彼らは腕利きの拝み屋から思慧を紹介されたと言っていたが、思慧は鬼一を師匠から紹介された客だと説明してくれた。


 そして思慧は師匠は僕と同じく視える側の人間……。

 もしかしてと思わなくもないけれど、それを知ったとしてどうする?

 そんなもん──。


「ネタになりそうなら、是非」

「ええよ。お師匠さんに連絡しとくわ」


 頷くと、思慧は「ちょっとトイレ」と立ち上がって、店の奥へと入って行く。

 この店、トイレは一番奥に設置してあるらしい。

 当分席に戻ってこないだろうと思ったのか、葛城が僕の側にやって来た。


「会うの?」

「ああ、ネタになるなら持って来いだ」

「こっちの世界に近くなるわよォ?」


 葛城の顔には困惑が浮かび、鬼一も「そうだぞ」と苦虫を噛み潰したような顔をする。

 コイツらに囲まれたら気絶するくらい怖がってた僕が、自ら怪異に近付こうとするのが理解できない。反応としてはそんなところか。

 僕はにたりと笑った。


「お前ら『地獄変』って知ってるか?」

「地獄変?」

「芥川かい?」

「ああ」


 地獄変というのは絵仏師・良秀が芸術のためにあらゆるものを犠牲にし、ついには愛する娘まで焼いて、けれどそれすらも自らの糧にして恐ろしくも素晴らしい物を描き上げる、そんな話だ。


「人間はな、身を削ろうが命を削ろうが何をしようが、これと思ったものには何でも投げうつんだよ。僕は物語を綴るためなら、命だって身体だって削ってやる。お前らに近くなろうとも、怖かろうとも、そんなのどうだって構うものか」


 僕の言葉をどう思ったのか、葛城も鬼一も不気味なものを見るような顔をしていた。

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