第8話 視える男、ショックを受ける

毎日朝8時に1話更新します。

*****


 おにぎりの具は鮭と梅。

 豚汁のどんぶりには大きな骨付きの肉がこんにちは。

 漬物はみょうがと昆布ときゅうりに人参で、ほうれん草のおひたしは削りぶしがはらり。


 悔しいが、ここの狐は人間の大半より料理が上手いようで。

 運ばれてきた膳を見て、吉野さんが「はわぁ!」と黄色い声を上げた。

 あれだ、語尾にハートついてる感じ。


「いやぁん、今度食べに来よ……!」

「あらァ、ケーキも美味しんだからァ。楽しんでねェ?」

「はーい!」


 ぱちんっとウインク飛ばしてくるとか、この狐やりおる。

 しかし吉野さんの視線はケーキ……これもなんだか手作りらしく、ココアの入ったスポンジ生地に白いクリームを塗って、その上に落ち葉のようにチョコレートを散らし、サクランボをあしらったもの……に釘付けだ。


 シュヴァルツヴァルト・キルシュトルテ。

 思慧の好きそうな、フルーツの乗ったケーキはそんな名前らしい。

 味に関しては、吉野さんが一口食べた瞬間から黙ってフォークを動かしてるからお察しだ。

 でもそれじゃ打ち合わせにならないから、僕から切り出す。


「妖怪もの……とは?」

「むぐ……あやかしもの、です。ようは妖怪と人間が心通わせるストーリーで……」

「えぇっと……異種婚姻系の?」

「そうですね、それもありかと思います。ドアマットヒロインがこの世ならざるモノ、或いは人ならざるものに愛されて幸せになり、無意識のうちにヒロインを虐げて来たものに誅を下す……とか、昔からある話ですよね」

「たしかに、そういった話は昔からありますね。逆にバッドエンドもありますけど。鶴の恩返しみたいに約束を守らず破局する的な」


 どんぶりの中にはいちょう切りにした大根と人参、ころっとした里芋、臭みの無いゴボウ、つるりとした食感のこんにゃくが入っている。

 その自己主張がないようで結構にある具材を、味噌と出汁が上手く取り持っていた。


 旨い、と思う。

 汁を飲んでホッと一息ついて、今度はおにぎり。海苔はなし。

 嚙み切りやすいから、ストレスを感じない分、食が進む。


 吉野さんはもうケーキを食べ終えたようで、カバンから手帳を取り出して早速メモを書いている。

『あやかし』・『異種婚姻?』とか書いてあるけど、僕はまだ「あやかしもの」を書くなんて一言も言ってない。

 奴らは僕の天敵だ、それを……。


「でね、先生」

「へ!?」

「え? 先生、聞いてます?」

「あ、はい」


 ちょっと現実逃避が過ぎたようだ。

 吉野さんが首を僅かに傾げたのに、僕はほうれん草のおひたしを突く。すると「美味しいですか?」と、好奇心に満ちた声がかかった。

 素直に頷けば、吉野さんは笑う。


「美味しさの前には思考力消えますよね」


 そういう訳じゃなかったんだけど、いいように解釈してくれたので頷いておく。

 吉野さんは笑顔のままで、ぽんっと手を打った。


「そうだ。『あやかし』だけじゃなく、『飯テロ』も組み込んでみるのも良いかも知れません」

「飯、テロ……?」

「はい。美味しいご飯というか。グルメ要素とかそういうのがあるとほっこりするかしら、と」


 どうだろう?

 僕自身は美味しいものは好きではあるけど、食べないで生きていけるならそれでいいと思ってる。

 いや、しかし。


「……興味がないから書けないっていうのは、作家としてお粗末な気がする」

「お! 先生のそういう克己的な所、凄いと思います」

「うぇ……口に出ましたか……」

「ばっちし聞きました!」


 僕は作家なんだ。

 世界に嫌われたって僕は生きてるし、生きてるからには爪を立ててやりたい。

 傷跡を何かしら残すには、この作家という仕事は天職だとさえ思う。


 己の手と頭さえ働けばそれで何とかなるんだから。

 そして一冊でも多く本を出せば、それだけ世界のどこかに傷をくれてやれる可能性が上がるんだ。


 大きく息を吐くと、どんぶりの中身を空にして骨付き肉に歯を立てる。そうすると味噌の味の中に、上質の豚の油の甘味が感じた。


 脂と汁に塗れた指先を見て、何となく舐めとる。

 そう言えば食事と性行為は似ているという古人がいたような?

 ぼんやり考えていると、吉野さんの頬に仄かな朱が指していた。


 行儀悪いことをしたと思う前に、音もなく葛城がおしぼりの替えを僕に寄越す。

 ちらっと意味ありげな視線は行儀の悪さを咎めるヤツだろう。

 おしぼりで手を拭うと「行儀の悪い所をお見せして」と吉野さんに謝った。


「いえいえ、とんでもない! って言うか、末那識先生って本当に意外性があると言うか」

「意外性……?」


 陰キャなのに食べ方が雑って事か?

 疑問に思ったのを察したのか、吉野さんが「こっちのことです」と首を横に振る。

 本人が「こっちのこと」というのであれば、僕がそれ以上何か言う事もない。

 代りに「あやかしものですけど……」と、声を出した。


「あやかしもので、飯テロなら……いけるかも知れません」

「うーん、じゃあ、異種婚姻はちょっと除外で行きます?」

「いや、でも、それは……。ロマンスとかあった方が良くないですか?」

「あったにはあった方が良いかも知れませんが……ドアマットヒロインが報われるって古今東西普遍的な需要はありますし」


「でも……」と吉野さんの目が光った。

 こういう時の彼女は、何か切り札になるようなものを出してくる。

 付き合いは五年程度だけど、それは最初の時から変わらない。


「バディものはどうです?」

「バディもの? えぇっと、コンビを組んで事件解決的な?」

「はい! あやかしと訳アリ人間がタッグを組んで悪い奴らに立ち向かう! 勧善懲悪的かつハートフルなバディもの、どうでしょう!?」


 いや、そんな何処かの番組のタイトルみたいに「どうでしょう?」言われても。

 でも確かに、水戸黄門とか大岡越前とか遠山の金さん的な、勧善懲悪テンプレは息が長く愛されやすい。

 僕も鞄から出したメモに、今までのやり取りを簡素化して書き留める。


 吉野さんの描いてるメモは企画書に、僕のメモはプロットに。

 それぞれ用途が違うから、書き留める言葉は同じではない。

 違う視点で見てることもあるから、あとで企画書を見ると「ああ、そういう風にも見えるんだな」という気付きが得られたりする。 


 とりあえず、今は浮かぶだけ物語の設定を出そう。

 ブレーンストーミングってのの一種で、ここから使えない物は削ぎ落す。そうして僕の物語は出来るのだ。

 そして小一時間それを続けて、ある程度出尽くした所で一旦お開き。


 後日僕はまとめたものをプロットに、吉野さんは企画書にして交換することに相成った。

 時刻は気づけば思慧の治療院が閉まる頃合い。

 連絡を入れれば「待っとって」とSNSのメッセージが返って来た。


「じゃあ、私はこれで失礼しますね」

「あ、はい。今日はありがとうございました」

「いえいえ、お時間いただきましてありがとうございます。連絡は今週中には」

「よろしくお願いします」


 お互い「お疲れ様でした」と挨拶してお別れ。

 宣言通り、彼女は領収書を葛城に切らせて、店から颯爽と出て行った。

 全身から力を抜いてソファーにもたれれば、ニヤニヤと鬼一と葛城が近づいて来る。


「あやかしもの、書くんですって?」

「……聞こえてたのか」

「そらぁ、俺らァ人間よりは目も耳も利(き)くからな」

「ねェ? 恋愛ものにするのォ?」


 二人は吉野さんが座ってた方に腰かけて、ワクワクした目を僕に向けてくる。

 恋愛ものになるか、バディになるかはこれから考えるけど、僕は首を横に振った。

 僕からしたら、それは物凄く違和感のあることだし。


「妖怪と人間の恋愛なんてありえないだろ。精気吸われて死ぬか、その前にお別れかの二択だろうに」

「まあ、たしかにねェ」

「そら、そうだわな」

「あ、でも、精気を食事で補ってあげて、その補った分だけもらうって感じならありじゃなァい?」

「出来んのか、そんなこと」

「やったことねぇから、解んねぇな」


 たしかに飯テロならそんな設定もありだろうよ。

 少し納得しかけたから、内心でメモしておく。

 だが、この設定にすると多分僕が詰む。書けなくなりそうというか。


「無理だな」


 そう感じて頭を抱えると、鬼一からも葛城からも「何で?」と言われた。


「何でって……逆に聞くけど、それってある意味養殖だよな? 僕は養殖の魚に恋愛感情を抱けそうもないし、抱ける奴の心理が想像つかん」

「おっと、そう来たか」

「わァ……」


 二人の目が痛々しいものを見るような目に変わる。

 そして、ポンと二人して僕の肩を叩くと本当に呆れたような笑顔を浮かべて。


「センセーさんよぉ、お前ぇさん物書きなんだろ? ふぁんたじぃって言葉があるだろうが」

「おツレちゃん、フィクションって言葉知ってるかしらァ?」


 ファンタジーな存在に、ファンタジーとフィクションという言葉を聞かされて、僕は脳天に雷が落ちたようなショックを受けた。

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