第68話 闇の巫女クララ・グリムを排除せよ

 シリウスの死亡フラグに関わっている人物――ベラ・ナハトとクララ・グリム。

 ベラの接近を許してしまった以上、クララはどうにかして排除したい。そんなわけで、久しぶりに暗躍モードで動くことにした。

 休み時間になったところで、そっとシリウスの教室を抜け出して、ルシアの教室を目指す。


 なぜなら、ルシアのクラスメイトがクララだからだ。

 教室の後部ドア――主人がいない場合、執事やメイドは後部から入るように指導されている――から教室に入る。


 ……いた。

 クララ・グリムがいる。


 紫色の癖毛が目立つ、背の低い女性だ。机に肘をついた手に顎を乗せて、ぼんやりとした天井を眺めている。まるで周囲の世界から切り離されたようなその姿は、謎めいた雰囲気を漂わせている。

 学校が始まって、新しい人間関係の構築が始まりつつある中、そんなもの関係ないかのように、ぼんやりとしている。


 ……そう、ああいう感じの、掴みどころのない女だった。

 やはり、ゲームと同じくルシアと同じクラスにいたか。排除を考える前に、本当にいるのかどうかを確認したかったのだ。

 これで、この仕事は終わりだ。


「――あれ、オスカーじゃない? どうしたの?」


 俺に気がついたルシアが話しかけてくる。

 都合がいい。誰にも話しかけずに消えた執事など怪しい限り。ルシアと話をして出ていくつもりだった。


「ええ、実は最後の仲間についてどうしようか考えておりまして――」


 用意しておいた嘘をつく。

 適当に話をしてから、教室を後にした。


 これでクララ・グリムの存在は確定したわけだ。

 クララ・グリムはゲーム内でも謎めいた人物だ。


 雰囲気が常に超然としていて、何を考えているのか読めない不気味さを漂わせている。口を開いたと思えば、曖昧で煙に巻いたような言葉ばかり言ってくる。

 シリウス侍らせガールの一員のくせに、シリウスとは一定の距離を置いていて、これといった接触はないように見える。


 最後の最後まで、何を考えているかわからないままだ。

 だが、こいつには『何かしらの危険な設定』があるのは間違いない。


 ネットの考察班によると、シリウスがラスボス化する際に何かしらの暗躍をしているような伏線がちらほらとある、とのことだ。彼らの推理力を持ってしても、それ以上の断言は不可能なので、ゲーム内で解けるようにはなっていない謎だろう。


 シリウスのラスボス化――

 確実にシリウスは殺されて、オスカーもついでに死ぬ展開。

 これだけは絶対に避けなければならない。


 そういう意味だと、ベラ・ナハトよりも危険な存在だと言える。確実な排除が求められる。……ただ、ラスボス化のキーとなる『勇者リヒトへの嫉妬』はリヒトを打倒したことで発生しないはずだ。


 そういう意味では、現状では無害な存在なのだが――

 その『何かしらの危険な設定』そのものに気持ちの悪さがある。わざわざ地雷を放置しておく必要はない。


 さて、クララの存在を確認できたので、次の行動に移るとしよう。


 最もシンプルな方法は、クララが動き出す前に6人にそろえてしまうこと。欠員がいなければ、クララが入る余地はなくなる。

 昼休み、シリウスと別れた俺はルシアと合流した。

 緊張気味のルシアに、俺はにこりと微笑む。


「大丈夫、緊張しないでください」


 ややぎこちない笑顔を浮かべながら、ルシアが頷く。6人目の仲間を勧誘しようとする作戦だ。ただし、実行者は俺ではなく、ルシアだが。

 今朝、クララの存在を確認するために俺は教室に向かい、そこでルシアと雑談をして帰った。

 そのときの話した内容が、これだ。


 ――6人目の仲間を探したい。構成上、回復役がいると助かるのだが、誰かいないでしょうか? できれば、家柄の信用できる人物がいいのですが。


 俺は暗躍ポジションをキープしたいので、ルシアに動いてもらう。

 ルシアを動かすのは、それほど難しいことではない。


 ――いい人を紹介できれば、きっとシリウス様もお喜びになられると思います。


 俄然、ルシアはやる気になったようだ。

 ゲームでは無理やりシリウスに隷属させられていたルシアだが、この世界だと俺の干渉があったせいか、かなり心酔している。シリウスの覚えがめでたくなる、それは彼女にとって強い動機になるようだ。


 ルシアが提案したのは、ゲオルグ・フリースという男爵家の息子だ。ゲームでは出てこない人物だが、ルシアの知り合いらしく、性格のいい優秀な男だと太鼓判を押してくれた。

 教室で友人たちと話しているゲオルグにルシアが近づいた。


「少しいいかい、ゲオルグ」


「うん? なんだ、ルシア?」


「ダンジョン探索のパーティーメンバーを探しているんだけど、興味はあるか?」


「はは、悪くない話だな。ルシアは信用できるから――」


 ニコニコと応じていたゲオルグの声のトーンが下がる。


「……シリウスも、一緒なのか?」


 ルシアがシリウスに近い人間というのは、すでに学内では有名な話だ。


「ああ。私はシリウス様と一緒に組む」


 ゲオルグの表情が一瞬にして、嫌いな食べ物を口にしてしまったときのような悲しげな表情に変わる。


「……悪いが、だったら組めない。お前は信用できるんだけど」


 やはり、か……。

 最悪で傲慢な問題児シリウスと一蓮托生になりたい変態はいないだろう。


「ま、待ってくれ! 誤解だ。シリウス様は確かに噂通りの人だが、その……もう少しマシな部分もある!」


 フォローになっているのか、それ?


「一度だけでも考えて欲しいんだ」


「いいや、ダメだ。ルシア、逆に俺から忠告するよ。付き合う人間はよく考えろ。何が起こるかわからないからな」


 話は終わったとばかりに、ゲオルグが顔を背ける。

 それを知ったルシアも、悄然しょうぜんと肩を落として教室を出ていく。


「お疲れ様です、ルシア様。残念でしたね」


「これくらい全然。まだ心当たりはあるから、期待しておいて」


 ルシアは強い覚悟を秘めているが――

 俺はすでに『さっさと6人で埋めてしまおう作戦』は捨てていた。

 シリウスの悪評が絶対的なネックになっている。試験会場で勇者リヒトをねじ伏せて、入学式で暴言を吐きまくり、それ以前にシリウスの冷酷さと無慈悲さは広く知れ渡っている。

 この学園に来ているのは、いずれは国の未来を背負うエリートたちばかり。

 わざわざ自分の経歴に汚点をつけたいとは思わないだろう。


「頼りにしております、ルシア様」


 宝くじに当たることを信じるように、ルシアにこのルートを託すとしよう。


 そんなわけで、俺はプランBを動かすことにした。

 プランB――別のパーティーにクララ・グリムを勧誘させる。


 ルシアがシリウスの歓心を買いたいように、貴族の歓心を買いたい人間というのは他にもいる。

 例えば、彼らに仕える執事やメイドだ。

 俺がシリウスに付き従っているように、高級貴族の子供には専属の執事やメイドたちがついてきている。

 彼らにうまく情報を流してやればいい。

 人が集まるところには社交がある。そういった執事やメイドたちが交友を交わすための集会もある。

 そこに参加して、クララの情報を流すことにしよう。

 クララは影が薄いので、マークしている貴族は少ないはず。有能な聖職者の情報は垂涎、誰かが主人に伝えれば、即座にクララへの勧誘が始まるはずだ。


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