第69話 クララ・グリムをお仲間にどうですか?

 集会の場所は、校舎の片隅にある広い一室だった。俺のように、高級貴族たちに付き従っている執事やメイドたちが集まっている。

 俺は軽く頷いて挨拶を交わしながら、テーブルの一角に向かった。

 この学校では、こうして従者たち同士で顔を合わせて懇談をしようというイベントが何度か行われている。


 お互いに、わがまま気儘なお貴族様の機嫌をとる仕事に就くものたち。

 盛大に愚痴をこぼしあって――


 などという会のはずもない。


 ここは、主人の代わって行われる、従者たちの代理戦争。会話で距離を取り合い、主人に有益な関係を結び、価値のある情報を持ち帰る。

 そんな、決して腹を割っていい場所ではない。


 従者の失態が、そのまま主人の落ち度につながるのだから。


 もちろん、それは従者にとっても同じことで、主人への評価がそのまま己の立ち位置を決定づける。


 ……俺、すごく避けられているな……。


 あのシリウス・ディンバートの執事なのは、みんなが知っている。シリウスは避けるべき人物であり、当然、俺もまた避けるべき人物――

 ああ、そうだよな、うん、当然だよなあ……。


 はなはだ不本意ではあるが、俺もまたシリウスと一心同体なのだ。


 とはいえ、めげずに己の居場所を作るとしよう。

 決して目立つ必要はない。複数人の輪にさりげなく混ざりつつ、いい感じの言葉を吐いて場を和ませていく。少しずつでいい、少しずつ、俺という人間を場に馴染ませていく。


 俺のことを組みしやすい人間と思ってくれればいい。

 それだけで、俺の評価は逆転する。


 なぜなら、俺はあのシリウス・ディンバートの従者なのだ。シリウスは悪名高い。それはすなわち、有名という事実でもある。

 有名な人間で、動向には注目しなければならない――

 決して無視していい相手ではない。


 である以上、その窓口である俺には価値があるのだ。


「少し話をしませんか、オスカーさん?」


 にこやかな表情でラフテン侯爵家の執事が話しかけてきた。

 ほーらね?


「もちろんです」


 俺はあらん限りの、にこやかな笑顔で彼を迎え入れる。

 1人目のお客が来れば、あとは問題ない。うまく会話の花を咲かせていれば、勝手に周りから飛び込んでくるから。


「楽しそうですね、私も混ぜてくださいよ」


 2人目、3人目――。

 ふふふ、悪くはない。そらそら、オスカーさんはいい人だよ? 猛犬シリウスに仲良くやれるくらいの善人なんですよ?

 さて、ずいぶんと集まってきてくれた。

 そろそろ頃合いだろう。

 クララ・グリムの話を切り出すとしよう――


「ところで、ダンジョン探索のパーティー集めの進み具合はどうですか、皆さん?」


 気軽な調子で切り出してみたが、執事やメイドたちの目に微妙な動揺が走る。

 当然、彼らは警戒しているのだろう。


 ――どうですか? 私の主人シリウス・ディンバートと組むのは?


 そんな俺の言葉を。

 ここで機を逃せば、執事たちは曖昧な態度をとって輪から逃げていくだろう。誘われたのを断るだけ? 違う。最上位貴族、公爵様の勧誘を断るのだ。それなりの覚悟と胆力が必要になる。もっともいい方法は『誘われない』ことだ。

 なので、彼らの不安をさっさと別の方角へと逃がしてやることにした。


「ははは、意外と仲間集めは順調でして、5人目までは見つかったんですよ。探しているのは、聖職者――です」


 彼らの緊張が消えていく。聖職者以外は興味がないと宣言したので、それ以外の職につく貴族にはリスクがないからだ。聖職者の力を持つ家の執事たちは離脱する危険性があるが、それはどちらでもいい。なぜなら、クララ・グリムを勧誘させたいからだ。勧誘するはずのない連中が消えたところで意味などないのだ。 


「皆さんは聖職者は見つかりましたか?」


 安心した彼らが、それに対する会話を始める。見つけましたよ――なかなか大変です――聖職者は少ないですよね――など。

 俺は適当に相槌を打ちつつ、誰かが決定的な言葉を口にするのを待つ。

 待つ、待つ、待つ――

 来た。


「余っていて、腕のいい聖職者はいませんかね?」


 その質問を待っていた。最悪、自分から切り出すつもりだったが、他人から言って欲しかった。なぜなら、あまり俺が会話をリードした印象を残したくなかったからだ。あくまでも、さりげなく――誰かが始めた会話の流れに従って情報を流す。それが理想だ。

 彼らが聖職者たちの情報を交換しているところで、俺はそっと動き始めた。


「Cクラスに優秀な聖職者がいるという噂を聞いています。どなたがご存知ですか?」


「Cクラスに?」


「ええ……ちょっと名前を知らないのですが……男爵家の娘らしいのですが、相当な腕前らしいのです」


 クララの設定は知っているので、特に問題なく話せる。ちなみに、この男爵家だが、クララが暗躍して乗っ取ったので、実際の血縁関係ではないらしい。


「そんな人物が――」


 これだけの情報があれば、彼らはクララ・グリムに行き着くだろう。

 貴重な聖職者の情報だ。頭に刻み込んで、主人への土産話にすればいい。

 俺は同じような感じで、クララ・グリムの情報を他の執事たちにも撒き散らしていった。

 翌日――

 6人目探しの進捗を確認しに、ルシアのいるC組に向かう。


「ううん……まだ見つからない」


「問題ありません。ともに頑張りましょう」


 そして、さりげなく同じクラスにいるクララに視線を投げかける。

 クララに話しかけている人物がいた。漏れてくる会話の内容からして、どうやら仲間に入れようとしているようだ。

 クララは眠たげな声で、


「ふぅん……そうなんですねぇ……どうしようかなぁ……?」


 と楽しそうにしている。

 ……素晴らしい。聖職者はレアだからな。おまけに、悪童シリウス付きの敏腕執事のお墨付き――これから大人気になるだろう。

 いずれも、執事やメイドを同席させられる高級貴族の誘いだ。

 好きなものを選ぶがいいさ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それから数日後のこと――

 昼休み、シリウスとともに歩いていると、何者かが声をかけてきた。


「あのぉ、ちょっといいですかぁ?」


 声の主は、クララ・グリム。

 ――!?


「少し、お話がしたいんですけど?」


 ……が、それで止まるシリウスではない。興味のない相手には時間を割く必要など1秒もないと思っている男なのだから。

 シリウスが、クララを無視して前に進んでいく。


「……シリウス様の代わりに私が承りましょう」


 俺の視線を正面から受け止めるも、クララの表情に緊張はない。泰然とした、つかみどころのない笑みが浮かんでいる。

 ……クララの件はもう片付いたと思っていたのだけど―― 

 なんの用だ?








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