第67話 女暗殺者は悪役貴族の軍門にくだる

 戦闘開始の合図と同時、二人は素早く動き出した。

 斬撃の応酬――

 ……ベラの動きはなかなかのものだ。シリウスは余裕をかまして明らかに手を抜いているが、それでもそこら辺の騎士ならば相手にもならない強さはあるだろう。そのシリウスと互角に戦いを見せているのだから。


 シリウスの暗殺を命じられるだけのことはある。


 シリウスくん、暗殺されておしまい! 執事の俺、解放! となるかどうかは不明なので、シリウスには勝ってもらいたいところだ。

 なぜなら、以前から感じている『シナリオの悪意』があるからだ。

 ゲーム内において、シリウスが死ねばオスカーも必ず死んでいる。その影響がないとは断言できないのだ。シリウスが死んで全ておしまい、俺の命もおしまい、では困るのだ。

 

 興奮したシリウスの声が聞こえてくる。


「はっはっは! なかなかやるじゃないか、なあ!?」


「私の強さに価値を見出せた?」


「ははは! その程度で、と言わせてもらおうか!」


 シリウスがギアを上げていく。

 今までは速さや手数、トリッキーさで優っていたベラが、シリウスのゴリ押し戦法に押されていく。


「……くっ……!?」


「どうしたどうした!? その程度か、あぁん!?」


 ご機嫌な様子のシリウスがさらに攻撃の圧を高めていく。

 ……やはり、強い。

 勇者リヒトを超えるまで強くなったシリウスだと、ベラも太刀打ちできないか。


 きぃん!

 澄んだ音して、ベラのショートソードが跳ね飛んだ。その手を離れて虚空へと舞う。シリウスの一撃に耐えかねたのだ。

 それはまさに、皆の意識が奪われた『転換』のときだった。

 シリウスの口元は勝利への期待で歪み、生徒らや審判の視線はショートソードへと向かい、哀れな対戦者に同情する。


 その一瞬の、空白の時間。


 油断していなかった俺の目はとらえた。一瞬の隙を逃さず、空いたベラの右手が己の髪の毛を撫でて、そこから、髪のように細長い針を取り出したことを。


 やはりか!


 ベラは暗器使いなのだ。体のあちこちに暗殺用の武器を隠し持っている。だから、模擬戦という『相手だけは必ず刃物を持たない』条件は彼女にとってありがたいルールなのだ。

 ……暗器を出してくるから気をつけろ、とシリウスに伝えたかったが――


 あの悪役貴族はそれを拒否したのだ。

 お前の助言など不要だ、と。


 ああ、その油断がお前の寿命を短くする!

 あれはただの針ではない。たっぷりと猛毒が塗ってある凶悪なものなのだから!


 ……だけど、まあ。

 そう、俺も思うのだ。


 ――今のシリウスであれば、この程度の不意打ちなど意に介さないだろうと。


 あくまでも、俺がベラの情報を流そうとしたのは確実を期すため。そんなものがなくてもどうにかなるだろうとは見ていた。

 だから、あの場では引き下がったのだ。


 シリウス・ディンバート、お前ならそれくらいはできるのだろう?


「はっ!」


 高笑いを上げるシリウス。さらに動きが加速する。

 警戒するのはダガーを持っている左手のみ――それを助長するかのように、ベラもダガーをメインに攻めかかる。右手の毒針を隠し持って。

 シリウスが、雷鳴のような一撃が振り下ろす。


「うぐあっ!?」


 どんな劣勢にも眉色ひとつ変えなかったベラがうめき声をあげて後ずさる。その右手首が異様な方向に曲がっている。

 残酷な光景に、歓声を上げていた生徒たちの声がやんだ。


「待て! 終わりだ! 止まれ!」


 審判が慌てて割り込む。

 シリウスは追撃をしない。棒立ちになったまま、苦悶の表情を浮かべているベラに薄笑みを浮かべている。


「シリウス! これはどういうことだ! やりすぎだろう!」


「やりすぎ? やりすぎだと……? はっはっはっは!」


 野獣のように大笑いした後、その視線をベラに向けた。


「おい、お前。俺はやりすぎたか?」


「……いや、問題は、ない……」


 確かに、問題はない。毒の刃を向けた以上、どれほどの反撃を受けたとしても問題にはならない。

 言外に、もしも納得しなければ、お前が毒の刃を向けたことをバラすと言われたのだ。ベラにできる返答は決まっている。


「だ、そうだ。審判」


 ニヤニヤとした笑顔を審判である教師に向ける。この嫌らしい感じが実にシリウス仕草である。

 教師は渋面を作ったが、それ以上の処罰は口にしなかった。


「勝者シリウス! ベラ、医務室で治療してもらいなさい。あと、シリウス!お前の態度は見過ごすにはあまりある。今日のこと、内申書にも厳しく残すからな!」


「ははは、もうすでに真っ黒なものに1行足されたところで意味なんてないね」


 ヘラヘラと笑う。

 うん……入学する前からすでにシリウスの内申点は最低最悪だろうな。そんな生徒はきっと、シリウス以外にはいまい。


「ベラ・ナハト。それなりの使い手だったなあ、貴様に合格点をくれてやる。お前が望むのなら、俺の手下にしてやろう。無論、俺が怖くて怖くて仕方がなくて、ブルっちまったのなら無理にとは言わないがな」


「…………」


 ベラはショートソード回収の合間にさりげなく毒針も回収すると、何も答えることなく闘技場を後にした。

 その日、医務室に向かったベラが教室に戻ってくることはなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌日の朝――

 ベラが教室に入ってきた。シリウスにへし折られた右腕は包帯で吊っている。


 ……ちなみに、この世界の回復魔法は『ゲームの世界のような、1発回復する感じ』のものではない。傷口や骨折をふんわりと接合する感じ――というか。治っているが、あまり激しく動かすことができない感じ、だとでも思うといい。なので、安静のためにしばらく腕を固定することはよくある。


 例外は聖女の回復魔法で、これだけは大概の傷を一撃で治すだけの効果がある。さすがは神の寵愛を受けた存在というところだ。

 さすがは神の寵愛を受けし存在だな。


 ベラの姿を見た瞬間、学生たちの視線が彼女に集まる。あの問題児シリウスと立ち回ったのだから、当然か。


 シリウスもまた、ニヤニヤしながら興味深げな視線を浮かべている。

 立ち向かってくるのか、尻尾を巻いて逃げるのか――

 どっちだ、とその嫌らしい視線が問いかけている。


 ベラはいずれの視線にも反応を示さず、冷めた表情のまま一歩を踏み出す――

 シリウスの元へと。

 一昨日と同じく、ベラはシリウスの前に立つ。


「仲間になるわ」


「手下になる、だろ?」


「ええ、もちろん、それで構わない」


 ……5人目の仲間が決まった瞬間だった。

 真っ向勝負で勝てないと判断し、懐に飛び込んでチャンスを伺う形になったか。

 ベラが暗殺を狙ってくるのは間違いないので、油断できないな……。一応、昨日の夜もシリウスに考え直すように言ったのだが、聞く耳を持たなかった。


 ――くくく。俺がその程度で殺される器だとでも?


 そして、こう続けてきた。


 ――不安であれば、お前が命を賭して守ればいい。なあ、有能な執事オスカー?


 やれやれ、面倒ごとを……それが嫌だったから、反対をしておいたのだが。

 せめて6人目のクララ・グリムの参加だけは見送りたいところだ。ベラに関してはいつの間にか話が動いていたので手が打てなかったが、クララに関しては手を打つとしよう。

















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